新しい感覚に目覚めそうっ!

 神聖国・都の郊外



 落ち着こう。まだ慌てる時間では……ググっと巨大な蛇の山が動いて見えたのは気のせいだ。気のせいだったら気のせいだ。

 向こうから慌てふためくの模範的な行動を示すペガサスさんたちが飛んでくるけど気のせいだ。


 ああ。またこの場のカオスゲージが高まるよ。


「そこの変態」

「私のことですね。分かっています」


 事実を告げているのに股間を冷やしている変態が諦めムードを漂わせる。失礼な。


 その昔ある人が言っていたよ? 諦めたら試合終了だって。だから事実を受け入れてしまいなさい。


「これ以上余計な出来事が増えると僕がパンクしそうなので、ちょっとその辺で死んでて」

「本当に酷い人ですねっ! 親の顔が見てみたいですっ!」


 親の顔ですか……パパンは今日も元気にメイドの尻でも撫でているのだろうか?


「父親は国王で母親は反逆の罪で処刑されていますが?」

「えっ……え~」


 思いもしないカウンターを食らった感じの変態さんが複雑な顔を見せて……自ら進んで地面の上で横になると仰向けの状態で胸の上で手を組み目を閉じた。


「煮るなり焼くなり好きにしてください」

「食べる場所が少なそうだから要らない」

「ノイエ様みたいなことをっ!」

「失礼なっ!」

「失礼よっ!」


 僕と無関心を装っていたパーパシがほぼ同時に叫んでいた。

 

そして何故か彼女と見つめたい歩み寄って握手する。


「ノイエはどんなにお腹が空いていても」

「人の肉を食べたりはしません」


 流石同士よ。良く分かっていらっしゃる。


「その変態とかいう生物に天罰でも」

「合点」


 仕方ない。ノイエの姉の命令だもん。

 どんな罰を……あれ? 気づけば地面に横たわっている変態がモゾモゾと動いている。


「アルグスタ様。好きにして良いとは言いましたが、こんな場所でそんな激しく」

「何を妄想で欲情している変態よ? 僕は何もしていないぞ?」

「そんな……だったら誰が私の太ももを?」


 誰も君の太ももなど興味を持っていない。


 仕方ないのでダイナミックかつ迷いも見せずに変態のスカートを全力で捲る。


 目が合った。何故か目が合った。

 きっといきなりスカートが退いて光が差し込んできたから驚いた相手がこっちを見たのだろう。


 そしてなんて丸々と太った立派な蛇だろうか……蛇? どこから?


 不意に辺りから野郎どもの呻き声が。


 これこれマニカ君。何か余計なことをしていますね?


 視線を巡らせるとマッチョ集団の何人かが股間を押さえて座り込んでいた。


 大事件勃発か!


「寝る邪魔をするんじゃないよ」


 今度は姐さんの……はい?


 僕の視線と思考が追い付きません。


 目を向けた先ではカミーラの串が地面から何本も生えている。それは良い。問題はその串に刺さっているのが丸々と太った蛇なのだ。

 ビチビチと抵抗を見せるが……蛇の体が弛緩してお亡くなりになりました。


「って何事よ?」


 よくよく見れば地面からニョキっと蛇が顔を覗かせ、僕の視線の先に居たマッチョの股間にかぶりついて大惨事を引き起こしている。


「危ない兄さまっ!」

「うっほ」


 ポーラの声で慌てて飛びのくと丁度僕が立っていた股間付近を銀色の棒が……ちょっと待て悪魔よ。つかお前悪魔だろう? こっちを見てその閉じている瞼を開け。


「いやんやお兄様。こんな場所で大胆な。ポーラの唇が欲しいというのね?」

「その口に馬糞でも押し込んでやろうか?」


 材料なら上空でホバリングしている羽根つきが提供してくれるはずだからな。


「心より深く謝罪いたします」


 即行土下座で許しを乞うてきたので、今回だけだぞ?


「で、この蛇は何よ?」


 地面からわらわらと雨後の竹の子のように出てくるのですが?


「知らないのお兄様~」


 クネクネと腰を振ってそんなことを告げてくる相手に、イラっとした何かが僕の中で殺意を芽生えさせたよ。


「この地方で有名な毒蛇よ」


 はい?


 一発殴ってやろうかと思っていたら、とんでもないフレーズが。


「落ち着いて話を聞こうか?」

「ならちょっと待ってね」


 タンッと爪先で地面を叩いた悪魔を中心にみるみる地面に氷が広がっていく。

 その氷に気づいた人たちが慌てて飛び乗り……地面から出てくる蛇の蓋になった感じだ。何も出てこない。


「これで落ち着いて話せるでしょう?」

「お前って本当に無駄に優秀だよな」


 高性能と言うべきか?


「褒めないでよ~。そんなに褒めたって私があげられるものはこの子の処女ぐらいよ」

「それは他所で散らすために残しておきなさい」

「全力で弟子が絶望という名の何かに支配されたんだけど?」


 気のせいだ。そうしておけ。


「で、先ほどまでにょきにょきと地面から出てきていたあれがなんだって?」

「だからこの地方だと有名な毒蛇よ」

「ほほう」


 有名な割にはマッチョたちが大変慌てふためいている。


 噛まれた人たちなど『毒? 死ぬの? 死んじゃうの?』などと言いながら、患部を晒して女王陛下ことマニカのもとへ走り『どうかこの毒を陛下の口で』とか……チャレンジャーだな。


 案の定女王陛下をしているマニカは足を動かし踏み潰さんばかりの勢いで振り下ろした。


 今の潰れてない? それはそれでご褒美?


 凄いな君たち。尊敬するよ。尊敬だけね。


 股間を踏まれた仲間を見つめ、マッチョたちは次なるターゲットとして変態に目を向けた。


 というか皆様? お忘れでしょうが貴方達の女王様はそこで横になっている変態ですからね? 蛇が絡みついて亀甲さん的な縛り具合をされているクレイジーな人ですからね?


 何やら話し合いが行われ……マッチョたちは自分の手で毒を絞り出すことを選択した。


 普通そうだよな。普通なら。


「あの蛇を知っている感じの人が大変少ないのですが?」

「でしょうね」


 無い胸を張って悪魔が踏ん反りかえる。


 って偉そうだな? 魔力が残っていれば、お前なんぞまたハリセンボンバーを食らわせるというのに。


「はんっ! 姉さまの居ないアンタなんて、あれが大きいだけのただのジゴロよ」

「よしその喧嘩買った」


 たとえ燃え尽きようがお前を捕まえ尻を千回叩く。


「あは~ん。出来るもんなら、やってごらんなしゃひっ!」


 ズンッと悪魔の身長が伸びて縮んだ。厳密に言うと持ち上がって落ちた。


「蛇の話を続けな。馬鹿者」

「おおう……お尻。私のお尻が」


 お尻を押さえてヨロヨロとよろめく悪魔に追い打ちが……犯人は氷の串だ。


 蛇用の蓋として地面を覆っている氷から氷の串が伸びて悪魔の尻を貫こうと……強度的に無理らしい。尻に当たるとバリンと砕けてしまう。


「あは~。新しい感覚に目覚めそうっ!」

「姐さん。馬鹿が馬鹿なことを言い出したんでそれぐらいで」

「はいよ」


 氷の上で横になり、地面代わりの氷を掌で叩くことで魔法を発動していた姐さんが攻撃を止めた。


「で、悪魔? あの蛇って?」

「冷たいのと痛いのコラボレーションがっ!」

「そろそろ本気で姐さんの槍が飛んでくるぞ?」

「あの槍は後で洗って手入れしておいてくれ。何故だか焼肉臭い」


 カミーラから槍は飛んでこなかった。


 焼き肉臭い原因は……うん知ってる。犯人はノイエですから。

 いつだか槍を突き刺し丸焼きを作っていた日がありましたね。たぶんその時だと思います。


「仕方ないわね」


 何故かこちらが悪いと言いたげな様子で悪魔が肩をすくめた。


「その蛇って数百年前に絶滅したはずの蛇よ」

「ほほう」


 僕はもう誤魔化されない。何故なら何度も騙されているからだ。


 この悪魔がどうして絶滅種を知っている? そんな理由は簡単だ。


「あの蛇を滅ぼしたのはお前だな?」

「いや~ん。わたしポーラ。まだ5才」

「何才だろうが関係ない。絶滅させた理由を吐くと良い」


 どうせろくでもない理由だろうが聞いておいて損はない。


「は~い。あの蛇の毒は遅効性で」


 笑顔で言うことじゃないぞ? 促したのは僕だけどさ。


「あれが体内に入ると大変なことがっ!」


 見なさい噛まれた人たちの表情を……この世の終わりみたいな顔をしているぞ?


「どうなるの?」

「聞きたい? 仕方ないな~」


 何故か僕の方にも『どうしてそんなに嬉しそうに?』と言いたげな表情が向けられる。

 そんなの決まっている。楽しいからだっ!


「あの毒ってとっても強力な精力増強剤になるのよ」

「はい?」

「だから貴方の大好きな赤マムシのドリンク的なヤツ?」


 誤解である。僕はそんな飲み物好きではない。




~あとがき~


 突如主人公たちを襲撃したのは毒蛇です。数百年前に絶滅したはずの毒蛇です。


 のんびりしている主人公たちですが、実は結構危ない状況に陥ってます。

 意図的にそうなるように仕向けている人物が居るんですけどねw




© 2023 甲斐八雲

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