にぃ。にい。にぃ

「にぃ。にい。にぃ」

「なん。なん。なん」

「……」


 母親が奪われそうなのを本能で察した猫の尻尾攻撃が止まらない。


 対する甘えん坊も片手で太ももを打つ尻尾を払って……ある意味で似た感じの2人である。そう考えれば可愛らしさが2倍になったと思えば心穏やかになる。


 見えない目を弓にしてセシリーンは愛らしい2人の甘えん坊を抱きしめた。


「もう。2人してお母さんを困らせないの」

「にぃ」

「なん」

「……」


 抱きしめられても2人の攻防は止まらない。

 流石はこの魔眼の中で生きる者たちとも言える。基本精神が図太い。


「止めなさい。2人とも」


 少し強めに声を発すると2人は軽く息を飲んで争いを止めた。と言うよりも歌姫の声で軽く三半規管を震わされて気持ちが悪くなったのだ。


「良い? 喧嘩ばかりしていると」


『あんな風に……』とばかりに具体的な例を見せようと、行動で示すためセシリーンはゆっくりと顔を動かす。


 まず顔を向けたのは2人の死体だ。自分たちの体に流れる『魔女の血』の何かに気づいたのであろう2人の知恵者は、頭を抱えたままで死んでいる。肉体ではなく精神が死んでいる。

 あれは悪すぎる例だ。見本にしてはいけない。


 ゆっくりと視線を巡らせると暴れる舞姫が居た。


「お願いだから戻って来てよパーパシ~! ノイエと旦那君に説明したいの! 説明するの! 今回は本気でするって伝えるだけだから、お願いだから~!」


 泣き叫んでいるのであろうその姿が良い例なのか?


 無理がある。あれも悪い例だ。


 ただレニーラの姿を見たのであろう2人の甘えん坊がモジモジとし始めた。


 そのことを疑問に思ったセシリーンは軽く舌打ちをして空間の状況把握に努める。

 舌で発した振動波の反射で対象の状況を……どうしてあの舞姫は泣き叫びながらパーパシの胸を揉んでいるのだろうか? 謎過ぎた。


「ん~。耳痛い」

「あら?」


 最近聞いていなかった声にセシリーンは顔を動かす。


 僅かに伝わってくる音から相手がグシグシと目を擦っている様子が伝わる。そんな眠そうな声を常に発しているのは、自慢の娘か彼女ぐらいだ。


「枕にする場所が無い」


 リグだ。常に寝る場所を求めている天才的な医者だ。

 そのスタイルから小さくて大きいと揶揄されているが。


「ならあっちの枕を使って」

「ん?」


 自分たちの場所を奪われまいと増々抱き着いて来た2人の甘えん坊に対して微笑みながら、セシリーンは床に転がっている死体の1つを指さす。

 リグの保護者である人物だ。


「あの枕は柔らかさが足らない」

「それって私が太っているということ?」

「違う。アイルが痩せすぎているだけ」


 それならまあ許せるか?


 暫し熟考をしセシリーンは今回のみ大目に見ることとした。

 トコトコとやる気のない感じで歩き出したリグは、保護者ではない人物の足を枕にする。ホリーの足だ。


「中々に冒険するわね」

「死んでいるなら大丈夫」


 グリグリと頭の位置を確認し、リグは一度その身を起こした。


「生きてる?」

「貴女医者でしょう?」

「うん」


 軽く手を動かしリグは相手の脈を計る。


「まっ良いか」


 何が良いのか分からないが、リグはその頭をホリーの太ももに乗せた。


「アイルは枕にしないの?」

「体勢が悪い」

「そうね」


 うつ伏せと仰向け……枕にするならどちらが良いのか判断したリグの答えが仰向けのホリーだっただけだ。


「それでこの2人はどうしたの?」

「色々あって精神が死んでるわね」

「ん~。で、レニーラがあっちでパーパシの胸を揉んでいるのは?」

「いつもの病気よ」

「ん~」


 それで納得されるレニーラも……それなりの付き合いだからとセシリーンは深く追求を止めた。


「で、なんであの薬師が外に出てるの?」

「……」


 問われてセシリーンは軽く首を傾げた。

 そう言われればパーパシがもう外に出ている必要はない。


「どうしてかしら?」

「ボクに聞かないで」


 相手の言葉は最もだ。故にセシリーンは悩むが、何故か抱えている2人の甘えん坊が距離を寄せて話し合う様子に意識が向いてしまう。


「大きい」

「にぃ」

「あれはひきょう?」

「にぃにぃ」


 どうやらリグのことで意見交換している様子だ。


 ただしファナッテの苦情はセシリーンとしては納得いかない。

 自分よりも大きなモノを持っていてリグに対して不満など言語道断だ。

 ファシーのような慎ましさを覚えて欲しい。今更無理だろうが。


「何で戻らないのかしらね?」

「ならばお答えしようっ!」


 その声に魔眼の中枢に居る者たちの目がフラットになる。

 何故なら相手は生ける問題児だからだ。


「って人数多すぎ! 魔女まで居たら……あ~も~」

「うごっ」


 文句を言い出した問題児はまず2人の死体問題を解消する。


 何をどうしたのかは分からない。歌姫の感覚としては問題児が両腕を振るったことで2人の死体が消えた感じだ。

 そして枕を失ったリグが後頭部を床に叩きつけ、痛さで目を回していることぐらいだ。


「これで問題無く……そこの舞姫はどうしたの?」

「いつもの病気よ」

「そっか」


 セシリーンの答えに問題児……刻印の魔女は納得した。


「あの薬師にはしばらく外に居て貰います」


 重大発表とばかりに声を発した魔女に対し反応は皆無に近い沈黙だった。


「へいへい。ノリが悪いぞ君たち」

「と言われても」


 呆れつつセシリーンは2人の甘えん坊を撫でてあげる。


「理由は?」

「そんなのかんた~ん」


 クルクルとその場で回りだし、魔女はビシッとポーズを決めて停止した。


「だってあの薬師……絶対に力を隠している気がするのよ」


 断言気味の言葉にセシリーンはため息を吐いていた。




~あとがき~


 執筆時間に困ったら魔眼の中に逃げるのが癖になって来てます。ごめんよ~。

 本来ならリグはもう少し後で出てくる予定なのでしたが、作者の都合で前倒しです。


 ガッツリ残業からの出社時刻を早めるコンボはマジ禁止にした方が良いと思います。

 文字通り寝て起きたら出社時間やん(泣)

 GWとかマジ無くなれば良いのに…毎年体がボロボロにされるだけやねん…




© 2023 甲斐八雲

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