あの子たちを蔑まないでよっ!

 神聖国・都の郊外



 まずは落ち着けと言いたい。そして突進を止めなさい。


 暴れたっていいことなんて無いんだよ?


 何よりあの悪魔の言葉を買って喧嘩したってろくなことにならないんだから。


 経験者が語るよ?


 あれは好きなだけ好き勝手させて……これこれ悪魔よ。僕が必死に抑えているのに尻を叩いて煽るな。余計に暴れる。


 全力で制するお嫁さん……パーパシが悪魔に向かい手を伸ばし顔を真っ赤にしている。

 その頬には涙すら見える。本当に怒っている様子が手に取るように分かる。

 まあ実際怒っているわけだけど。


「あの子たちは確かに異性を知らない年齢だったけどっ!」


 悪魔に向かい両手を伸ばしパーパシは親の敵にでも出会った感じで口を開いている。


 それは貴女の価値観であって早い子は早いかもしれないよ?


 一瞬ツッコミを入れるか悩んだが止めた。

 間違いなく火に油だ。僕とてそれぐらいの空気を読める人である。


「私のことを好きなだけ悪く言うのも構わないけどっ!」


 その言葉はダメだ。あの悪魔は許可を得たとばかりに文句を言って来る。


 見ろ。腰振りが勝利のタコ踊りに変化した。


「私を蔑む言葉であの子たちを蔑まないでよっ!」

「……」


 パーパシを制したままで考える。考えた。


 結果としてまず正面から相手の腰に抱き着き制している体勢を……はいごめんなさいね。ちょっと回ります。


 抱き着いたまま半周回ってパーパシを羽交い絞めにする。


 って暴れるな。抵抗するな。


 鎧の上から相手の胸をガッツリ掴んでロックする。

 確り掴めば相手の動きを制しやすい。


 で、だ。


「ポーラ」


 タコ踊りをしている悪魔に対して僕は努めて真面目な声を発した。


「後でごめんなさいするから許してね」

「何をする気、むごっ!」


 余裕を誇っていた悪魔の声が途切れた。


 何をするって決まっているだろう?


「パーパシの味方かな?」


 全力で放った重力魔法の直撃を受けた悪魔が地面に対して釘付けとなった。

 粘着テープで捕獲された家庭内害虫のような哀れな姿だ。


「何を?」


 捕まえていたパーパシが驚いた様子で僕を見る。

 まあ今まで必死に抑え込んできた人物が味方へと寝返れば驚くだろう。


「ごめんなさい」

「……えっ?」


 謝罪の言葉と頭を下げる僕に対しパーパシの戸惑いは止まらない。


「何も知らずに僕も君のことを悪く言う言葉を口にしていたから」


『童貞殺し』とパーパシが呼ばれるようになった理由は、彼女が殺した子供たちの保護者たちのやり場のない怒りが招いたことだ。僕もそう認識していた。


 けれど彼女の中でそれは違う意味を持っていた。


「亡き子供たちを蔑む言葉を使っていてごめんなさい」

「えっあっ……」


 拘束していた相手を放し、今一度手は足の位置へ運び腰を追って深く頭を下げる。


 死者に鞭打つような行為を『許せるか?』と聞かれれば『相手次第でしょ?』といつもの僕なら答える。けれどパーパシが殺した子供たちを蔑むことを僕は許せない。だからの謝罪だ。


 ずっと戸惑っていたパーパシは、小さく息を吐くと……軽く鼻を啜って背筋を伸ばした。


「私に謝らないで欲しい。謝るとしたら子供たちに」

「うん分かった」


 それが正しい。正しいからこそ実行しないといけない。


「これが終わったらノイエと温泉の前に子供たちへの謝罪が先かな」


 スケジュールがキツイが知らん。行くと決めたから行く。


「……本当に謝りに行くの?」


 これこれパーパシさん。言った自分が驚かないようにね?


「行くよ。何なら今すぐ行きたい気分だしね」

「……呆れた」


 呆れるようなことを言った記憶は無いんですが?


「貴方は本当にお人好しの馬鹿みたいね」


 酷くない?


 苦笑したような、苦しそうに見える表情でパーパシは言葉を続ける。


「でもレニーラはそんな貴方だから好きになったとも言ってたわ」


 まさかのレニーラの惚気っすか?


「それにどんな我が儘も聞いてくれるって」


 どんなは無理だ。

 あの馬鹿は……トンっとパーパシが僕の胸に額を押し付けてきた。


「ごめんなさい。私がただ吐き出した言葉にこんなに真摯に向き合ってくれた人が初めてだったから……」


 視線を下げれば足元でポツポツと雫が落ちて乾いた地面に黒い模様を作っていた。


「今まで誰も貴女たちの言葉を聞く人が居なかっただけでしょう?」

「そうね……そうね」


 ポツポツと雫が落ちる数が増えた。


「なら我が儘をお願いして良い?」

「叶えられる範囲ならどうぞ」

「うん」


 顔を上げたパーパシは泣いていた。

 泣いてはいたがその表情は必死に笑おうとしていた。


「あの子たちに舞姫の踊りを見せてあげたいの」


 おおう。ハードルのたっかい我が儘が来た~。


 レニーラがその手のイベントを嫌うって知っていますか?


 あの舞姫は真面目な場所で踊ることを拒否るんですよ。


「ならレニーラを説得してくれれば」

「あれが自分で踊るって言ってたわ」

「マジで?」


 コクンと彼女が頷いた。


 だったら話は別だ。


 そっと両手で相手の頬を掴み、赤い瞳の奥を覗き込む。


「踊れよレニーラ。もし拒否したらノイエにこのことを全部説明してお前への悪口をしばらく言わせるからな。最低でも5日以上は覚悟しろよ?」


 ノイエの姉たちにとってこれ以上ない脅しのはずだ。

 これを聞けば流石のレニーラも拒否ることはしないだろう。


「あ、の~。にい、さまっ」

「ん?」


 呼ばれて覗き込んでいたパーパシの瞳から視線を……あっ!

 地面に張り付いている悪魔が全身をビクビクと痙攣させていた。


「出ちゃうっ! もう出ちゃうっ! ポーラの中から色んなもの、エロエロエロ~」


 重力魔法を解除する前に悪魔の口から色んなモノが溢れ出ていた。




「ぐふっ……そんな脅しに……屈するレニーラちゃんだと、思ったかっ!」


 床に両膝を着き、前屈みの姿勢がそれ以上崩れないように両腕を伸ばして支えにしているレニーラの様子はどう見ても完全に屈していた。


 完敗だ。あの言葉は卑怯を通り越してズルいモノだ。


 致命的なダメージを受けている舞姫に向け、セシリーンは我が子のように愛しているファシーの頭を撫でつつ口を開いた。


「なら踊らないの?」


 ビクッと先進を激しく痙攣させ、レニーラはよりガクガクと体を震わせる。


「……あはは~。今回はパーパシと約束していたからね。今回だけだよ。うん。今回だけだから」


 腹の底から声を絞り出すことによって勢いをつけたレニーラは立ち上がった。

 両膝がガクンガクンとあり得ないほど震えているがそれでも立ち上がったのだ。


「だからパーパシ~! 早く戻って来てっ! ちょっとその場所を私に譲って!」


 魔眼の中心で腰を掛けた状態のパーパシの体をレニーラは何度も叩く。

 今にも外に出なければ死んでしまうと言いたげな声を上げて必死に叩く。


「旦那君にちょっと文句を……そう文句を言いに行くだけだから! ノイエを使うのはズルいから! 卑怯だからっ!」


 泣きながらパーパシを叩くレニーラは真剣だ。


 たぶん彼は今回ばかりはこの不真面目な舞姫を無理矢理にでも踊らせる気なのだろう。

 そうで無ければ彼女が半狂乱に陥ると分かっているほどの強い言葉を使わない。

 彼は何だかんだで優しくて甘い人だからだ。


「本当に良い人よね?」

「にぃ~」


 魔力切れで脱力しきっている猫が弱々しい声を上げる。


 この場所を出て誰も来ないようなところで丸くなって眠るのがこの猫の本来の姿だが、今のファシーは部屋を出て行くほどの体力も残していない。完全な出涸らしなのだ。


 優しく我が子の頭を撫でてやり、セシリーンは恐慌状態のレニーラの言葉に耳を傾けた。


「何でもするから~! 何だってするから~! だからノイエに言わないで~!」


 薬としては強すぎたのかもしれない。あのレニーラが本当に必死だ。


「お、ねえちゃん」

「何かしら?」


 ヒタヒタと裸足で床を歩いて来た相手の声にセシリーンは顔を向ける。

 隣に座った相手は、甘えるように抱き着いて来た。


「寒いの?」

「平気。でも」


 甘えて来る彼女は何処か怯えている。

 それを察したセシリーンは僅かながらに体を動かし、寄って来た甘えん坊の頭を撫でてやった。


「平気よ。毒は出てないから触れても」

「……」


 ファナッテは何も言わない。言わずに震える手を伸ばして来て抱き着いて来る。


《これはこれで可愛いわね》


 クスクスと笑う歌姫は、抱きしめている猫の尻尾がファナッテの太ももを叩いている事実に気づかない振りをした。


 どうも長女の猫はまだ甘えたい盛りのご様子だ。




~あとがき~


 この小説名物、キャラが暴走して話が違う方向へ。

 マジで困るんだけどアルグスタからすれば、魔法の話と姉たちの話を天秤にかけると姉たちの方を優先するからな~。

 結果として作者が後で色々と苦しいことになるんですけどね。


 パーパシの願いを叶えるのも決定です。

 ちなみにまだパーパシはおちていませんからw




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る