女性に美形が多い?

「なぁ~」


 欠伸なのか何なのか良く分からない猫の声が静かな空間に響いた。

 魔法使いではないレニーラは……小さく首を傾げる。


「は~い質問」


 シュッと手を上げ声を上げるが、アイルローゼとホリーは頭を抱えて沈黙している。

 上げていた手を下すのもあれなので辺りを見渡すと、毒娘ことファナッテと目が合った。


「異世界人?」

「レニーラ」

「おうおう」


 保護者と化しているパーパシに叱られ、レニーラは上げていた手を下げた。


「ご先祖様が誰だって良いでしょ? ファナッテはファナッテなんだし」

「確かにね~」


 その通りだ。先祖の話なんて持ち出されても今の自分たちには関係のない話だ。


「でも魔法使いに魔女の血が……アイルローゼ?」


 膝から崩れ落ちた魔女にレニーラは目を向ける。

 ホリーもまた壁に背を預け、ズルズルと崩れ落ちるように床に座り込む。


 傍から見て2人とも絶望している様子だ。


「あの2人ってどうしたの?」

「たぶんだけど」


 猫の背を撫でているセシリーンが口を開いた。


「あの刻印の魔女の血が自分に流れているかもしれないと言う現実に困惑しているのよ」

「絶望の間違いでしょう?」


 やんわりと言葉を選んだ歌姫に対してパーパシは容赦がない。

 苦悩する2人は今にも床を転がり回りそうな勢いだ。


「ん~。でもでもあれだよね?」


 そんな空気でもレニーラは気にしない。自分のペースで声を上げる。


「後の2人の可能性も?」

「そうね。でも下手をしたら3人の血が混ざっている可能性の方が強いかもしれない」

「そっか~」


 パーパシの言葉にレニーラは大きく頷いた。


 頭を振った刺激が要因となったのか、舞姫はその可能性に気づいた。気づいてしまった。


「誰か外に出れる?」

「どうしたのよ?」

「大変なことに気づいたかもなんだよ!」


 そう。レニーラはそれに気づいてしまったのだ。




 神聖国・都の郊外



「殴らないって」

「ああ殴ってはいない。叩いただけだ」


 事実ハリセンで叩いただけだ。

 君を滅多打ちにしたのは僕ではない。


「実行したのはノイエだしね」


 つまり僕は約束を破ってなどいないのだ。


 スカートの上からお尻に氷の塊を乗せている悪魔が恨めしそうにこっちを見ている。


 睨むな悪魔よ。君は良い友であったが過去の悪行が全て悪いのだよ。


 ちなみにノイエは僕の隣でハリセンをまだ振るっている。どうやらアホ毛での新しい攻撃方法として何かしらの天啓を受けた感じだ。僕にその矛先が向かなければ好きにすると良い。

 ただそのハリセンを出し続けていると僕の魔力が減り続けるからできるだけ早く飽きて欲しいけどね。


「アルグ様」

「ほい?」


 呼ばれ顔を向ければ目の前にノイエの顔が。

 はむっと唇に柔らかな感触が……ノイエさん。今の君とのキスはお肉の味しかしませんよ?


「ん~」


 機嫌良さそうなノイエと長いキスを交わして解放された。


「ん」


 で、旦那さんを放置してまたお嫁さんはハリセンを振り回す。

 まあ良いんですけどね。


「んっ」

「ん?」


 吐息をこぼしてノイエがハリセンを落とす。

 その瞬間にハリセンを消した僕を褒めてあげたい。


「ノイエ?」

「……」


 スルスルとノイエの髪の色が青くなった。まさかのホリー再びか?


 しかし目の色が違う。こっちは赤だ。


「出れた」


 辺りをキョロキョロしたノイエは立ち上がり、自分の体の具合を確認するように腕や足を動かす。


 お~い。お嫁さん。というか貴女は誰ですか?


「どちらのお姉さんでしょうか?」


 実はお兄さん? ノイエの魔眼の中には数人男性が居るとも聞くしな。

 ただ女性の園に男性か……ハーレムが作れていないとなると地獄だろうな。


 と、僕の声に気づいた彼女がこちらを向くと頭を下げてきた。


「初めまして。私はパーパシです」


 あら? 礼儀正しい。ただあのパーパシですか?


「童て、」

「あん?」

「ごほっごほっ」


 凶悪な視線に屈したわけではない。


 女性に対して『童貞殺し』は禁句だよな。うん。禁句だ。僕は空気を読める男ですから。


「それでパーパシさんはどうして外に?」


 これ。これが重要です。


「ええ。レニーラに頼まれて」


 あの問題児に?

 パーパシは地面の上で寛いでいる悪魔に体を向けた。


「刻印の魔女」

「な~に?」

「質問があるのだけど?」


 頬杖をついて両足をブラブラさせながら悪魔がパーパシの様子を見つめた。


「もしかして『この世界の人は少なからず魔力を持っているのでは?』とかかしら?」

「ええ。その通りです」


 どうやらその質問のために出てきたらしい。


「って、みんな持ってるの?」

「ええ持ってるわよ」


 軽く返事して悪魔が尻の上の氷を消した。


「何故氷を消した?」

「それは寒くなったから」

「そうか」


 なら納得だ。


「で、つまりこの大陸に住まう人たちは全員魔女の血が?」

「どうかな~。全員は言い過ぎかも?」


 掴みは要らなかったか? 以外にもすんなりと悪魔が口を開いたぞ?


「発想が逆なのよ」

「はい?」

「だから逆なの」


 問われて少し考える。逆とは何が?

 それはあれだ。全員に伝わったわけじゃない。


「もともと全員が持っていた?」

「その通り」


 体を起こした悪魔が地面の上に座った。


「この世界の、この大陸に住まう人たちは少なからず魔力を持っているのよ」

「それはお前たちが暗躍したとかじゃなくて?」

「違うわよ」


 やれやれと悪魔が肩を竦めた。


「お前はそれでも地球人か?」

「元ね。この体はこの世界の人のだけど」

「忘れていたわっ!」


 忘れるなって。


「ならこの世界に来て疑問に思わなかった?」

「疑問?」


 この世界に来て感じた疑問は、


「女性に美形が多い?」

「それは異世界あるあるだから問題無いわ」


 問題視しろよ? 不自然だろう?


「そのカラクリを説明するには結構長い時間を必要になるけど聞く?」

「遠慮します」


 長くないなら聞いたんだけどね。


「それ以外にも気づかない?」

「ん~」


 何がある?


「小柄な大人が多い?」

「大丈夫よ。大きいのも居るから」


 答えになっていないような気がする。


「それと小さいのは始祖の趣味ね」

「趣味が関わるとそんな進化の法を無視するの?」

「するわよ。それと今の答えで一歩正解に近づいたわよ」


 近づいたの?


「降参」

「諦めが早いわね」


 ため息を吐いて悪魔が苦笑した。


「簡単よ。この世界には伝染病が無いの」

「はい?」

「だからウイルス性のあれよ」


 それが無いとどうなるの?


「実はアンタ馬鹿でしょう?」

「否定はしない」


 認めよう。僕は勉強ができない方の人でしたが?


「お前だって腐っていたんだから勉強なんて」

「これでも学年3位には必ず入ってたわよ」

「おおう」


 今までに味わったことの無い敗北感が半端ない。


「そんな頭のいい私が馬鹿に教えてあげる。人の進化にはウイルス感染が重要な働きをしていたって研究結果があるの」

「ふ~ん」


 興味が無いから知りません。


「でもこの世界にはウイルスが存在していない」


 ん?


「それだと進化は?」

「止まっているわね」


 素直に悪魔が認めた。でも、


「魔法が存在するこの世界なら進化とか必要なくない?」

「ま~ね。でもその進化を妨げているのが人が持つ魔力だとしたら?」

「はい?」


 魔力が進化を阻止している?


「つまり魔力が悪い?」

「悪かないわよ。魔力を持っているから人は病原菌に犯されるリスクがかなり減っているんだから」


 マジかっ!


「そうじゃなければこんな避妊具の無い世界なんてあっという間に性病の坩堝よ」


 うわ~。それはそれでマジで嫌な世界だな。


「この世界の住人は少なからず魔力を持っているから病気になりにくいのよ。それで良いかしら?童貞殺しさん?」

「あん?」


 黙って聞いていたパーパシの表情が凶悪に。

 とりあえず相手に抱き着いて突進しようとしている動きを制した。




~あとがき~


 異世界に美形が多いのは…イラストの都合じゃないの?

 悪役なんてオークの親戚とかかーがの親戚とかだしねw


 レニーラに促されて外に出てきたパーパシさんです。

 えっと…どうするんだろう?




© 2023 甲斐八雲

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