どんな話が聞けるのかしらね?
「にぃ~」
「よしよし。本当にファシーは愛らしいわね」
「にぃ~」
脱力しきった我が子を抱いているセシリーンの表情は、甘えん坊な我が子に対してデレデレに甘くなっている母親のそれであった。
元々母性が強めなセシリーンであったが、今は自身が妊娠していることもあり割増しで母親になっている。そしてそんな“母親”に甘えが止まらないのはファシーだ。
母の足に抱き着き抱き枕にして甘えて居る。
傍から見れば仲の良い親子だが。
「へいお頭っ! ご注文の死体でさっ!」
「……ご苦労」
駆けこんで来た舞姫ことレニーラは、背負っていた死体を床に向かい放り投げる。
ドサッと床の上に落ちた女性は死体のようだ。
一応生きてはいるが精神が死んでいるのだ。
その様子に『ひっ』とファナッテが悲鳴を上げるが、こちらも姉性と言うべき感情を出しているパーパシが優しく抱きしめて庇っていた。
「じゃあ私は軽く走りに」
「そこで正座」
「……走りに」
「正座」
逃げ出そうとしていたレニーラは渋々魔眼の中枢の隅で正座した。
難しい話は頭痛の元になるから聞きたくなかったのだが、それを許してくれるほどホリーは優しさを持ち合わせていない。
女王と言うか支配者然とした感じで中枢を支配しているホリーは足元の死体を爪先で軽く踏む。
一瞬ビクッと痛みで体を震わせたが反応はそれだけだ。
「あら? 貴女の好きそうな話だからせっかく呼んだと言うのに……無視するとはいい度胸ね?」
パキバキと指を鳴らしホリーは自身の長い髪の毛をワラワラと動かす。
「ダメ」
今にも魔女を殺しそうな雰囲気の殺人鬼に声を上げたのはファナッテだ。
「あん?」
「ひっ」
凶悪な視線で睨まれたファナッテはパーパシの胸元に顔を隠す。
「ホリー。余り過激なのは?」
「はんっ! それの魔法に比べれば私の魔法なんて可愛いモノでしょう?」
「そうだけど」
絞める。穿つ。斬るに特化しているホリーの魔法は確かに見た限りファナッテの魔法と比べればだいぶ可愛いモノだ。
何せファナッテの魔法の場合、どんなタイプの毒が出て相手が死に至るのかは運次第なのだから。1つだけ決定していると言えば確実に死ぬぐらいのことだろう。
「で、何がダメですって?」
グリグリと死体である魔女を踏みつつホリーはファナッテを睨む。
増々怯えた彼女はパーパシに抱き着きながらも、僅かな隙間からその顔を晒す。
「お姉ちゃんを踏んじゃダメ」
「はんっ! こんな役立たず」
「ダメ」
わざとグリグリと踏みつけるホリーに対し、ファナッテは半ばまで顔を出す。
「貴女が何を言っても反応しないのに、こんな死んでいる魔女を庇うの?」
「……うん」
コクンと小さく頷いた。
「どうして?」
「だって……頭を撫でてくれたから」
「それだけで?」
「うん」
あの時は今とは違い毒を垂れ流していた。
それなのに赤毛の魔女は頭を撫でてくれたのだ。それがどれ程嬉しかったか。
「イジメないで」
「そう。なら取引しましょう」
「ちょっとホリー?」
「パーパシは黙ってて」
流石に今の流れから良くないことが起こると判断したパーパシが言葉を挟む。
が、ホリーとて邪魔が入ることは想定済みだった。
「私とファナッテの取引よ?」
「……」
スッと目を細めたパーパシが動くと同時にホリーも動いた。
相手の祝福の動きはある程度予想がついている。何より対処法など想定の範囲内だ。
「はうっ」
「お姉ちゃんっ!」
ファナッテを抱えていたパーパシが苦悶の表情を浮かべ全身を震わせる。
その様子に焦ったファナッテは迷うことなくホリーを見た。
「聞くから。何でも言うことを聞くから」
「良く出来ました」
クスクスと笑いホリーは自身の髪に宿した魔力を止める。
スルスルと床へ向かい流れ落ちる青い髪は……ホリーの背後に立つパーパシの分身体からも抜け落ちた。
パーパシが分身体で自分の背後から攻撃して来るであろうことを予測したホリーが張った罠にまんまと引っかかった感じだ。パーパシは自ら突進しホリーが仕掛けていた剣山のような髪の毛と衝突して全身に穴を掛けたのだった。
「お姉ちゃん。大丈夫?」
「わ、たしは……ぐぅっ」
流石のパーパシも全身を貫かれた経験はない。故に痛みで言葉を詰まらせる。
「お姉ちゃんたちを助けてっ!」
「何でも言うことを聞くなら、ね」
「聞くからっ」
必死のファナッテは……基本彼女は純粋だ。
幼女のような純粋すぎる心を持った人物である。だからこそ迷うことなく口走ってしまう。
大陸屈指の知能を持つ相手に対し、『何でも言うことを聞くなら』と言う言葉を吐く相手に対し、彼女は迷うことなく約束してしまう。
「ならこの魔女から足を退けてあげる。それにパーパシにはもう攻撃をしない。ただしそっちが攻撃をして来たら反撃するけど?」
「うん」
パーパシに抱き着いてファナッテはもう攻撃させないからと体現して見せる。
「ならその対価として貴女には……をしてもらおうかしら?」
「それをしたらいいの?」
相手の提案にファナッテは小さく首を傾げて問う。
難しい話ではなかった。
ただそれをするとなると……チラチラとファナッテは視線でそれを確認する。
「ええ。良いわよ」
相手の望むことを理解しているホリーはあえて認める。
「貴女がちゃんとしてくれるなら後は自由で良いわよ。どうする?」
「うん。する」
断る理由が無い。だって良いことだらけだから。
「約束だよ?」
「ええ」
ホリーの微笑みにファナッテは元気な笑顔を見せる。
その様子にセシリーンは抱きしめている我が子の耳元で『あんな大人になっちゃダメよ』と言い聞かせ、正座に苦しむレニーラは『ホリーってばやっぱり酷いわ~』と半ば呆れさせる。
周りの視線など気にしないホリーは顔を上げ、そして死んでいる魔女の頭部付近に足を降ろして告げた。
「さあ。ここからは、刻印の魔女の魔法講座の時間らしいわよ」
何処か楽し気に殺人鬼は歌う。
「黙って聞きなさい。これは命令よ」
知的好奇心を満たす内容……それを前にしてホリーの好奇心は絶好調だ。
そしてもう1人。
ムクッと起き上がった死体……アイルローゼは、焦点定まらぬ様子でフラフラと頭を動かす。
その頭部に手を置いたホリーは、グリっと魔女の顔を妹の目が捕らえている映像へと向ける。
「どんな話が聞けるのかしらね?」
妖艶に唇を舐め……ホリーもまた映像へと目を向けた。
~あとがき~
ごめんなさい。本当にごめんなさいっ! 五体投地で土下座以上の謝罪を。
説明回の予定が中の人たちの会話が長く、そして執筆時間も少なかったので。
明日はちゃんと説明します。頑張ります。本当に。寝不足でフラフラですが
© 2023 甲斐八雲
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