悪は滅せられたわ

 神聖国・都の郊外



「姉さま。これで顔を……全身を拭いてください」

「イヤ」

「だったらそこに座ってください」

「はい」


 ちょこんと石の上に座ったノイエをポーラがピカピカに拭き上げる。

 流石ユニバンス印のメイドだよ。完璧だ。


 ちなみに悪魔とポーラの見極めは簡単だ。

 悪魔は必ず片眼を閉じている。右目に浮かんでいる金色の五芒星を隠すためだ。

 つまり両眼を開いているのはポーラである。


「こんな場所まで汚して」

「はい」

「……」


 こらこら妹よ。こっそり懐に押し込んだタオルは何だ? 回収? もちろん後で洗濯するんだよな?


 こっちを見ろ。否見るな。こんな情けない兄を見ないでおくれ。


 グッタリと腰抜け状態のお兄ちゃんは大変哀れな姿である。

 同情するならタオルと下着を頂戴な。


「もう良い?」

「せめて下着を」

「あっちに転がってる」

「姉さま?」

「邪魔だっただけ」


 そうだね。僕を抱えながらポンポンと脱いで行ってあっと言う間に全裸になってたし。

 ビックリだよ。それから流れように僕を襲って来た手際の良さも込みでね。


 何とも言えない表情でノイエと僕の下着を回収しに行ったポーラは……だからポーラさん? その懐に押し込んだ僕の下着をどうする気ですか? 洗濯するんだよね?

 こっちを見ずに返事をしろ!


「姉さま。ならこちらの新しいモノを」

「イヤ」

「姉さま?」


 ポーラの手を逃れたノイエが僕の元に来ると抱き着いて来た。


 これこれノイエ様。現在の僕はまだ汚れているから抱き着いちゃダメだよ?


 そう……汚れてしまったのだよ。僕はもう。


「大丈夫」


 僕を汚した張本人は本当に気にする様子を見せずに甘えて来る。


 だってノイエだもん。祝福のおかげで新陳代謝が半端ないノイエさんは全身を泥だらけに汚しても5分もあれば汚れが全て取れて落ちてしまう。どんなチートかと思う。


 ただし服や下着、鎧などはその範囲外なので着替えは必要だ。

 つまりノイエは全裸であれば決して汚れないのだよ!


 存在自体がチートだな。本当に。


「アルグ様に甘える」


 言ってノイエはポーラの制止を無視して全力で甘えて来る。スリスリと猫のようだ。


「もう。姉さま」

「知らない」


 アホ毛で耳栓をしてノイエの甘えが止まらない。


「あんなに凄かったのに……」


 ポーラが頬を膨らませて拗ねながらノイエの服を畳んでいく。

 だから僕の着替えとタオルを求めます。


「凄かったって何が?」


 気にはなったのでポーラに質問はする。出来ればそこのタオルを下さい。


「姉さまの魔法です」

「ノイエは使えないでしょう?」

「姉さまの姉さまです」


 舌足らずな喋りを止めたポーラは口調はまだ聞きなれないな。

 まあ慣れていないだけでこっちの方が聞きやすいけど。


「って誰か出てたの?」


 そう言えばカミーラの無茶振りはどうなった?


 戻って来たノイエに即襲われたからすっかり忘れていたよ。


「ファシー姉さまが」

「ああ。そう言えば猫が何かしたって悪魔が怒ってたな」


 魔法の歴史をどうとかこうとか。


「はい。ファシー姉さまはアイルローゼ姉さまでも不可能なことをして見せました」

「マジで?」


 あの先生が出来ないことをしただと?


「はい」

「で、何をしたの?」

「魔法の同時使用です」

「同時使用?」


 それって無理ゲーなの?


「出来るでしょう? 僕だってこうして重力魔法と風船魔法を同時に使えるよ?」


 風船魔法と言うのは僕が命名したシャボン玉のことだ。

 ただし両方ともアイルローゼのプレートを使った術式魔法だけどね。


「……それで良いなら私なんて同時に百の魔法を使えるわよ」


 右目に模様を浮かべた悪魔がため息を吐いた。


「ちなみにお姉さまなら千は余裕」

「凄いな」

「えっへん」


 棒読みでノイエが胸を張る。

 だからその形の良い胸を隠しなさい。絶対に覗いている奴が……あの変態はっ!


「フラッシュ!」

「なぎゃっ! 目がぁ~!」


 悪魔が輝くと物陰から変態の悲鳴が木霊した。やはり覗いていたかあの変態よ。


「悪は滅せられたわ」

「ならお前も消えておけ」

「……痛い」


 ミニハリセンを威張って胸を張っている悪魔の後頭部に投げつけておく。


「で、ファシーが何をしたって?」

「だから魔法の同時使用よ」

「ん~」


 それの何処が凄いのかが分からない。


「ノイエがちょいちょいやってない?」


 そうなのだ。僕に甘えているお嫁さんがそんなことをしているわけです。


「あ~はいはい。説明してあげるから、まずは服を着ろ!」


 何故かパンツを投げつけられた。




 服を着る間もノイエが甘えて来て大変だった。

 まず自分が着てからノイエに着せて……変な趣味に目覚めそうだったよ。本当に。


 それから甘えるノイエに抱き着かれて一緒に座る。

 ただしノイエは異世界召喚の魔法陣を呼び出すと中から大量の肉を取り出した。


 それをどうしたお嫁さん? 全部買ったの? お金は?


 ああ。そう言えば萎んだオッサンを拾って来た時も都に買い出しに行ったんだったね。その時のお金を回収して無かったね。


 まあ全部使っても問題無いんだけど、これを全部買えるほどのお金を渡してたっけ? 神聖国の都って物価安い? そんなことは無い?


 まあ悪魔の証言はあてにならないけど。


 ノイエが焚火を起こしベーコンを焼きだす。

 それでも僕の片腕をガッチリホールドしている。甘える気満々らしい。


「まず詠唱の魔法と術式の魔法が別系統なのは知っているわね?」


 黒板と教卓まで準備した悪魔が踏ん反り返る。

 失礼な。それぐらい知らない僕とでも思ったか?


「あれがこれしてそれしているやつでしょ? でも自分の知識があっているか不安だから確認するために説明することを許してやろう」

「何でそんなに偉そうなのよ?」


 気のせいです。さあ語れ。


「はぁ~。まあ良いか」


 深いため息を吐きだした悪魔が何故か自分の肩をポンポンと叩いた。

 すると右腕を軽く上げて宙に文字を綴る。その文字を押し出して何かした。


「詠唱系の魔法は始祖が作ったの。で、術式系の魔法は私が作りました。今みたいに『描く』ことに特化しているのが私が作った魔法と思えば良いわ」


 なるほどなるほど。


「で、今の魔法は何をしたの?」

「あまり聞かれたくない話になるのよ」


 つまり盗み聞きに備えた感じかな?


「で、詠唱を基本にした『口』を使う魔法が始祖の魔法。私たちは詠唱魔法って呼んでいたけど、今では普通に魔法と呼ばれているわね」


 なるほど~。違います。知っていたからね? ホントウダヨ?


「ちなみに召喚の魔女は両方を使っていたわ」


 何となく分かる。どっち付かずな感じだったんだろうな。


「で、私の術式系統は威力は弱いけど連射可能だったりと効率を求めた感じなの。

 もちろん威力重視の魔法陣を使った大規模魔法とかもあるわよ? それだって魔力をドカ食いするって弱点もあるけど」


 良く分かる。

 君はノイエが居ないと実現不可能って言う魔法をポンポンと作り出す馬鹿だもんね。


「それで始祖の馬鹿が広めていたのが詠唱系ね。早口言葉を自慢しているような系統よ」


 何か早口言葉に恨みでも?


「あん? 私は昔っからあの早口言葉ってヤツが苦手だったのよ。何か文句ある?」

「僕も苦手かな~」

「友よ」


 悪魔が握手を求めてきたので固く握り返しておいた。


「それなのにあの始祖は自分の早口言葉を自慢気に……だからこっちはそんなの要らない魔法を追及して錬金術をベースに術式魔法を作ったのよ」


 うわ~。過去の事実を紐解けば、ただの痴話げんかですか? 痴話ではないか。ただの意地か。


「つまり術式魔法が連射可能なのは効率を求めた結果?」

「そうとも言えるし、違うとも言えるわ」

「どっちやねん」


 謎かけは止めろって。


「まあ簡単に言うと人って普通1つの魔法しか発動できないのよ」

「簡単すぎて訳が分からん。詳しい説明を求む」

「これだから下等民族は……戦闘力5ぐらい?」

「その喧嘩買った」


 悪魔に向かってハリセンを投げつけておいた。




~あとがき~


 甘えん坊モードのノイエには理由がありまする

 だってお姉ちゃんの命令なんだものw


 語ったことがあるような無いような…この世界には大きく分けて魔法の系統が3つあります。

 詠唱魔法。術式魔法。異世界魔法です。

 それ以外は傍流だと思って貰えれば。混ざったハイブリット系もありますがそれも傍流です。


 次回は説明回ですね。たぶん




© 2023 甲斐八雲

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