それでも3割ぐらいなのよ

 神聖国・都の某所



 波のような……とは言っても大陸に住まう大半の者たちが波を知らないが、それはまるで大地が波打ったかのような衝撃を持って神聖国の都を襲った。


 国盗りを進行していたサーブとしても初めて味わう衝撃に、机にしがみ付いて必死に耐える。


 地震は稀にあるが、ここまでの揺れはそうは無い。

 建物が砕けてしまいそうな音を発する様に室内に居る者たちは生きた心地がしなくなる。


 だが波はゆっくりと治まり、建物は衝撃に耐えた。

 調度品やガラスなどは床に散乱し酷い状況だが、それでも建物自体は耐えてくれたのだ。


「……報告を」


 恐怖で声が喉に張り付きちゃんとした言葉となって口から出て行かない。

 軽く咳き込みサーブは改めて声を発した。


「報告をっ! どうしたのだっ!」


 けれどその場に居る者たちは、皆サーブと同じ条件だ。

 何が起きたのかなど分からない。分からないが、1人だけ声を発した。


「左宰相の企みでは?」

「「……」」


 全員がその声にハッとする。


 報告ではあの男はこの国に名を残す大悪人になると……そして今の揺れだ。状況からして左宰相だったゴルベルが関係していることは間違いない。


「ゴルベルを早急に連れて来いっ!」


 サーブもまた彼を犯人だと断定し部下に命じる。


 今はまだ都の混乱しているだろうから問題は無いが、落ち着けば必ず原因究明を求めるだろう。

 その時に誰でも良い……むしろ全ての罪を押し付けられるゴルベルの存在は有り難い。


「生きて連れて来いっ! 良いなっ!」

「「はっ」」


 サーブの声に反応し何人かが一斉に部屋を出て行く。

 その姿はまるでこの場から逃れる機会を伺っていたような……事実そうなのだがサーブは気づかなかった。


「被害報告をしろ」

「では調査に」


 また数人が走って逃げ出す。

 次の命令を待つ部下たちにサーブは大きく息を吐いて椅子に座り直した。


「この混乱に称して左宰相派が何か仕掛けて来るかもしれない。捜索は?」

「継続して行っていますが、なにぶん人手が」

「必要な数を連れて行けばいいだろうっ」

「ですが将軍が大半を引き連れ」

「っ!」


 部下の言葉にサーブは握った拳を机に叩きつけた。


「ならば元兵士や民兵に命じて捜索させよ」

「はい。ですがこの混乱では」

「それをどうにかするのがお前の仕事だろうっ!」


 激高しサーブは“無能”な部下を指さした。


「出来ないならばお前のような者は要らん! 今すぐにでも自害してしまえっ!」

「「……」」


 主の言葉に部下たちは全員下を向く。


 今の言葉をゆっくりと胸の内で噛みしめ……そして飲み込んだ。

 沸々と湧き上がる感情を押さえながらも彼らは我慢する。今は我慢を続ける。




 都の地下通路



「良くも崩れなかったものだな……」


 死に体とも言える体に鞭を打ち、ゴルベルは1人地下通路を進んでいた。

 大きな揺れを食らいはしたが、ゴーレムたちが作った通路はその揺れに耐えてくれたのだ。


 壁に手をつき息を整え……ゴルベルは唇を噛んで前を向く。そして足を動かす。

 本来ならここから先の仕事はブゲイに任せるはずだった。押し付けると言っても良い。

 長年自分のような愚かな主人に仕えてくれた幼馴染に全てを託すはずだった。


 でも彼は居ない。

 この場にではなく、この世に居ない。

 ならば自分が進むしかないのだ。


 最期の仕事を……あの年若き女王陛下に事の次第を告げ、自分の首を刎ねて貰う。

 大罪人を処刑した女王陛下は『民』たちから絶大なる信を得ることだろう。それに地方の部族が合流すれば右宰相派がどんなに頑張ってもそう簡単に討つことはできない。


 後は……若者たちが頑張れば良い。


 問題があるとすれば、蘇ったあの存在がこの国にどれほどの災いをもたらすかだ。

 そればかりはこれからの流れに全てを委ねるしかない。


 無責任この上ないが。


「もう皆は旅だっただろうか?」


 朦朧とする意識の中で彼は呟く。

 封印を解くのは自分の仕事であり、残りの仲間たちはあれを引きずり出す贄となる手筈だ。


「先に行くはずが……後から向かうことになるとは……」


 冥府魔道に向かい仲間たちが慌てて駆け出して無ければ良い。

 自分を探して……あり得そうで笑いが込み上がって来る。


「でも向かわなければ、な」


 相手が走って向かっているのなら、それ以上の速度で追えば良いだけのことだ。

 簡単なことだ。だからあと少しだけ……苦笑しながらゴルベルは足を動かす。


 あと少しだけ生きられれば良いのだ。女王の前で力尽きることが出来たのなら最良だ。


 けれどもう彼の体は限界を迎えていた。

 足から力が無くなり、両膝を床に落とす。


 前のめりで倒れ込んだ彼は……薄くなる意識の中でそれを見た。

 ゴーレムが自分に向かい歩いてくる姿をだ。




 都の郊外



 めっちゃ揺れたわ~。

 で、何が起きたの?


「大きいの」


 だからノイエさん。何処を見ての発言かを……述べなくても良いです。


「後で」


 蝶々にしているアホ毛をパタパタとさせつつ、ノイエが僕の股間から視線を外す。


 あの~お嫁さん? 後でってこの後ですか? それとも帰国してからですが?


「両方」


 欲張りさんだな~。あははは~。


 救いを求めて地面の上で横になっている悪魔に視線を向ける。


 悪魔って契約をすれば不可能を可能にしてくれるんだよね? だったら僕に無限の体力をっ!


「相手はするのね」

「だってお嫁さんが求めているから……って君も何気に僕の心を読んでませんか?」

「……お姉さまが出来るなら私にだってできるわよ。基本魔法なんだし」


 ん?


 準備運動を始めたノイエが勝手に走り出しそうな感じには見えないので、まずは疑問を解消しよう。


「ノイエって魔法使えないんでしょ?」


 有り余る魔力を武器にしているのがノイエだ。その理由は彼女の頭の中で魔法陣と言うか魔法に必要な詠唱や図式などが処理できないからだ。

 ちなみに僕も処理できないので、両腕にプレートを入れて魔法を使っているなんちゃって魔法使いだ。魔道具を使っている魔法使いと言っても良い。


 で、ノイエの場合はその祝福からプレートを埋めても体の外に吐き出されてしまうので、プレートを体の中に埋められない。魔道具を持たせて魔力を流し続ける使い方をすれば固定砲台にもなるが、それだったら自由に戦わせた方が強い。


 ただし大規模の術式魔法は除く。

 そんな物をノイエが使えば魔道具が耐えられる限り何発でも撃つことができる。

 チートだが連発できるような物を作れる人が……居たな。2人ほど。


「あん? アンタ馬鹿?」


 僕の思考が終わるのを待っていたかのように……有名なセリフをありがとう。

 ただし地面に寝っ転がって言うべき言葉ではない。世界中のファンに五体投地で謝罪しろ。


「お姉さまの恐ろしい所は無意識で不可能を可能にするところよ」

「はい?」

「だから意識すると魔法は使えないってこと」

「……」


 衝撃的な発言に言葉が出て来ない。

 ウチのお嫁さんは本当にチートキャラですな。


「そもそも大陸屈指の魔力タンクよ? それが常に腹ペコ状態なことを疑問に思いなさいよね」


 ごめんなさい。普段からノイエの腹ペコはもう1つの祝福のせいかと。


「私がだいぶ私用で使っているけど」

「おい待て?」

「待たない。それでも3割ぐらいなのよ」


 それだって結構な数のような?


「普段のお姉さまは3割程度しか“自分”のために使ってないしね」


 ふ~ん。それでも6割か。6割なの? あれほどの無茶をして6割なの?


「仮にノイエが10割の魔力を振るったらどうなるの?」


 悪魔は僕の問いに応えずまず起き上がった。

 パンパンと土埃を払って……何故か肩を竦めて鼻で笑う。


「絶対にあり得ないけど、たぶん地面を殴ればこの神聖国が半分近くクレーターになるんじゃないの?」


 ウチのお嫁さんは本当にっ!


 完全な不意打ちに僕は身を屈める。悪魔の小さな拳が僕の股間を、


「……何をする?」

「ん? 少しイラっとしたから“全力”で殴っただけよ」


 お前は鬼か?


 前のめりで倒れ込み……何故か僕の方が五体投地で謝罪の姿勢となっていた。




~あとがき~


 ノイエが常に腹ペコなのは常時魔力を消費しているからです。

 だからお腹が減りますが、お腹が減らない場合もあります。

 その辺の秘密を知っている刻印さんはイラっとしたわけです。


 さて…そろそろあれの登場です。

 どうやって倒すのか作者ですら謎のあれが…




© 2023 甲斐八雲

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