遊んでる時間、ない

 神聖国・都の郊外



「食べた」


 ノイエが満足気に報告して来た。

 無理矢理回収して来たミミズを全て炙り焼きにして……ノイエさん。その辺の石をひっくり返して見つけたミミズはたぶん種類が違うから食べられないからね。


 だがお肉に関しては諦めることを知らないノイエはミミズを探しフラフラとし始める。まあその間は変な暴走をしないから安心と言えば安心だ。


 ノイエが彷徨う姿を目で追っていると、ようやく熊が復活したらしい。

 延々とユリーさんに説得されて……あの様子だと変態王国の建国は成らずかな。


「そうだ。そうだなユリーよ」

「そうです叔父様」


 納得し合い2人で熱い握手を交わし……そしてユリーさんは笑顔のままで何故か腰に佩いている剣に手を伸ばす。


「で、叔父様」

「どうしたユリーよ?」


 あの笑顔はめっちゃヤバい系の笑顔だ。

 僕は知っている。ウチの国のフレアさんが良く見せた笑みだ。笑顔という仮面の下に般若の仮面が存在している系だ。


 あの熊、死んだな。


「叔父様がどんな結論に至ったかもう一度仰っていただけますか?」

「うむ」


 姪の怒りを感じていない熊は鷹揚に頷いてから口を開いた。


「王になるのは大変に魅力的だ。その魅力に何度も屈しそうになった。だが気づいたのだ。

 この隊の運営ですら面倒臭くてユリーに丸投げする自分が国王になったとしたら、国の執務をユリーに丸投げするのは目に見えている。結果としてユリーが法を作ることとなる。その法で自分が満足することができるだろうか?

 きっと無理だろう。今だって姉に似たユリーの煩い説教を聞きながらの日々。とても耐えられん。法の名の下にもっと面倒な仕事を押し付けて来るに違いない」

「……そうですね」


 にっこり微笑んで彼女は剣を抜いた。


「何故剣を抜く?」

「分かりませんか?」

「ああ」

「でしたら」


 キラリと刀身が光った。


「死んで貴方のご両親に直接聞いて来て下さい。何故叔父をこのように育てたのかと。私が真剣に怒ってたと」

「待て。待つのだユリー。落ち着いて話を、」

「問答無用です」

「本気だ~!」


 剣を振るって熊を追い回すユリーさんは……まあ煩いとか言われたら怒るよな。

 あんな熊を支えて彼女も彼女なりに苦労をいっぱい背負っているのだろう。


 でだ。


「悪魔よ」

「何よ?」


 使い終えた金網と七輪をエプロンの裏に戻しつつ悪魔がこっちを睨んで来た。何故睨む?


「これからどうする?」

「知らないわよ。今回の私は基本傍観者だし」

「ガッツリ動いてない?」


 貴女は矛盾という言葉を知っていますか?


「仕方ないでしょう? 馬鹿な弟子が『お兄様とする時に向けて』とか言ってあの化け物の行為を直で食らったんだから」


 ポーラさん? 何度も言っていますが、貴女のお兄ちゃんは義理とは言え妹に手を出すエロゲーの主人公的な鬼畜ではありませんよ?


「腰とか抜けてて使い物にならないけど呼ぼうか?」

「いいえ。そのまま休ませててください」

「よね~。まあリーアと比べれば……遜色無かったかな」


 お~い。視線が遠いぞ? それにその名前って召喚の魔女だろう?


 ああ。あれは同性愛者だったと何度か悪魔から聞いたか。


「ただリーアは問答無用で玩具を突っ込んで来るから……その点あっちの化け物の方が優しいわよね。この体もまだ散らされてないし」

「何が?」

「純潔」


 口にしようとしていたお茶を僕は思わず吹いた。

 そんな僕の様子を見て悪魔簿笑いながら指差しポーズを決める。


「この純潔はお兄様のために取ってあるんだからね!」

「ツンデレ調で変なことを言うなって」


 軽く咽せつつ辺りを見る。


 気づけば遠くで熊が真剣白刃取りを実演している。

 ユリーさんは結構本気で叔父の抹殺を考えているようだ。


 そして他の騎士さんたちは……半数ぐらいが休憩中かな? ペガサスに水や飼い葉を与えて……あれ? 残り半分は?


「あっちでハーレムが出来上がっているわよ?」


 僕の視線に気づいたらしい悪魔がとても恐ろしいことを。


 主人が誰だかは分かる。あの変態を野放しにしておいた僕のミスだ。

 何よりそんなハーレムは危険だ。今すぐにでも、


「録画は?」

「バッチリよ」


 悪魔と握手を交わしここは様子見を誓い合う。

 決して好奇心に負けたわけではない。は~い。負けました。


 で、ウチのお嫁さんはあっちの岩に張り付いて何をしている?


「勉強じゃないの?」

「何の?」

「そのうち実演してくれるわよ」

「……」


 実演だと?


「ノイエ~。こっちに戻って来なさい。こら~! アホ毛で耳を塞がない! 聞こえているのは分かっているんだぞ!」


 こっちの声を無視してノイエは覗きを継続する。何て羨ま……けしからん。


「戻って来ないと」

「はい」


 そろそろお願いのネタが無くなりつつあるが、それでも説得しようとした瞬間にノイエが戻って来た。


 どうした急に?


「アルグ様」

「はい?」


 彼女は何も言わず視線をゆっくりと下に向ける。丁度僕の股間付近で動きが止まった。


 って、ノイエさん。こんな場所で何を考えているの?


「時間と場所を考えてノイエ」

「無理」

「大丈夫。ノイエは出来る子だから」

「無理」

「そこを頑張ろう」

「無理」

「最初から諦めたら」

「あれは無理」

「……はい?」


 ノイエの視線は僕の股間を通り抜け、地面の方を見ている感じだった。


「ノイエ?」

「……」


 ジッと地面を見るノイエが顔を上げ僕を見た。


「アルグ様」

「はい」

「逃げよう」

「はい?」


 まさかのノイエから撤退宣言ですと?


「悪魔さん。ウチのお嫁さんが変なんですけど?」

「大丈夫よ。こんな時は」


 何故か胸を張って悪魔が空に顔を向けた。


「メーデー。メーデー。衛生へ~い!」

「何でやねん」


 思わずツッコんでしまった。


「ならこっちね。この中にお医者様とかいらっしゃいませんか~!」

「そっちに居るって言うねん」


 ノイエの中にリグが居るって。


「なら」

「遊んでる時間、ない」


 まさかノイエに遮られるとか?


「ノイエがっ」

「お姉さまがっ」

「「真面目だとっ!」」


 衝撃的な展開に僕も悪魔もビックリだ。

 でもノイエは真面目だ。何故かアホ毛が蝶々結びをしてリボンのようになっているが。


「2人とも逃げた方が良い」

「ん?」


 2人とも?


「ノイエは?」

「頑張る」


 拳を握って……お嫁さん?


「ノイエが逃げないなら僕も逃げたりは、」



 ズンッ!



 突然大地が飛び跳ねた。


 大きく縦に揺れ……倒れなかったのはノイエのおかげだ。

 悪魔は転んで背中を打ったらしく地面の上で悶え苦しんでいる。


「えっと今のは?」

「出て来る」

「はい?」


 また地面を見つめだしたノイエにはそれが見えているのか?


「ノイエ。何を見てるの?」

「……」


 僕を見たノイエがアホ毛の蝶々をヒラヒラと羽ばたかせる。


「とっても大きな」


 また彼女の視線が僕の股間を見た。


「それと同じヤツ?」


 それが事実だとしたら僕は間違いなく大陸の端にまで逃げることでしょう。


 どこの奇祭のご神体ですか?




~あとがき~


 何度も煩く言っていますがノイエは馬鹿な子ではありませんからね? 頭の良さなら…誰に匹敵するんだろう?

 少なくともシュシュやレニーラよりかは頭は良いですね。比べる相手を間違っているなw


 そんな訳でノイエがそれに気づきました。

 地下から這い出て来るそれは、アルグスタの息子のような…なんでやねん!




© 2023 甲斐八雲

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