大人しく座って待っていろ
神聖国・都の郊外
《このままで良いのか?》
それは震え蹲っていた。
自分は最強のはずだった。
今の順位だって上に居る者たちが上手く立ち振る舞っているからこそだと……媚びを売るのが上手い結果だと思い信じていた。
何故なら自分は強いのだ。狂竜の力は決して弱い物ではない。
周りから『姑息な力』と言われているのもただのやっかみだと信じていた。
けれど、
《このままでは……自分の身が》
危うい。
このまま戻れば間違いなく自分は『役立たず』の烙印を押され、力を奪われ、そして……それは嫌だ。断固拒否だ。
ならどうすれば良い?
答えなど簡単だ。
それはゆっくり立ち上がり辺りを見渡した。
自分より強い者……は、遠くで戦っていた。
近くで戦っているのは自分同様に操る力で駒にされた人間とそれを蹴り飛ばす人間だ。
あれはダメだ。あれの力を得たとしても自分は強くなれない。
《ならば……やはり》
危険な賭けだ。自分の命を擁する賭けだ。
それでもそれを信じるしかない。やるしかない。
震える足を動かし、地面に転がる人を蹴り飛ばしそれは前へと進む。
狙うは最強の女だ。あの女を食らってその力を得れば自分はまだ強くなれる。強くなれるのだ。
必死に足を動かしそれは近づいた相手に向かい飛び掛かった。
背後からの気配でそれを察知しカミーラは無意識の状態で体を動かす。
視線を向ける必要もない。こんなにも殺気を振りまいて馬鹿の所業かとも思う。
『殺す』と言う意思が強すぎて嫌でも気配を感じられるのだ。
現に相手は飛び掛かった標的に避けられ哀れに地面の上を転がっている。
「ああ。忘れてた」
本気でその存在を忘れていたカミーラは丁度良い機会だと額の汗を拭う。
女王だったモノも突如姿を現した存在に攻撃の手を止めている。
太い鋼のような両腕……複数ある腕の攻撃が止まったおかげでカミーラは休憩ができた。
拭った袖が血で汚れたのは仕方ない。
目の前の人間辞めている存在は中々強い。ここ最近では最上級だ。
身長が同じ程度であればもう少し余裕をもって戦えるが、やはり身長差は相手を有利にする。
「お前はこれが終わったら相手をしてやる。向こうで確り休んで強くなっておけ」
カミーラとしてはそれはただの本音だ。
強い相手と戦いたい。それがカミーラなのだ。
けれど相手は……竜人はそんなカミーラを知らない。
自分がまた馬鹿にされたのだとそう思っても仕方がない。
「ふざけるなっ!」
だからそれは立ち上がり吠えた。
目の前の人間に向かい、下等種である人間に向かい叫んだ。
「この狂竜の力を持つ自分が人間如きに負けるわけがないっ!」
「あーあー。分かった分かった。強いんならそれで良い。だからそっちで大人しく座って待っていろ」
「どこまでこの、何っ!」
叫ぶ竜人は自分の体が何者かの手によって捕まられたのを知った。
自分を押し潰そうとしている硬くて太い腕に呼吸を止められそうになりながら、必死に抗い顔を向ければ……それは醜い化け物だった。
女と戦っていた……刃のような歯がズラリと並ぶ開かれたままの口がグングンと迫り竜人は増々慌てた。
「ふざけるなっ!」
吠えて抵抗をするが相手の力が強い。
全身を振るわせるが……相手の口が眼前にまで迫る。
「食おうと言うのか? この狂竜を宿す、このっ」
何やら名前のような物を言っているようにも聞こえたが、相手の頭があっという間に咀嚼されてしまったせいでカミーラの耳では聞き取れなかった。
バキバキと硬い竜の鱗を食らう女王とか言う化け物を眺め、カミーラは少しだけ後悔した。
今あれが食らっている竜人がまだ何か隠し技でも残していたらもう見ることができない。
そして何より、
「ちとヤバいな」
強者故にカミーラは感じていた。
竜人を食らった女王が……増々人間を辞めて別の生き物の領域に突き進んでいる気配をだ。
「倒せるかどうか」
軽く唇を舐めて魔槍を構える。
「分からなくなって来たなっ!」
ただ彼女は嬉しそうに化け物が獲物を食い終わるのを待った。
「アーブさん」
「はいアテナ様」
迫ってくる相手をまた蹴り倒しアーブは主人の声に反応する。
「どうして彼女は待っているのでしょうか? 今攻撃すれば、」
見る見る姿を変える相手に槍を向けたまま動かない女性を見つめ、アテナは軽く首を傾げる。
やはりアルグスタの仲間だけあって変な人なのかと本気で不安になった。
「きっと異国で広く信奉されている騎士の矜持ではないでしょうか」
そんなアテナに対しアーブはそう答えた。
「矜持ですか?」
「はい。ああして強くなるのを邪魔するのは万死に値すると……そう言う教えがあると昔本で読んだことがあります」
答えはしたがアーブとしてはそれは少し恥ずかしい言葉だった。何故ならば、
「それって確か三大魔女の行いを絵本にした?」
どうやら女王陛下も知っていたらしい。
照れ隠しにアーブはまた蹴りを放って数人を吹き飛ばす。
「……自分は文字の方は少し」
炭焼き職人に文字は要らない。炭を焼く技術があれば良いからと……こうなるのであればもっと真面目に学び、本ぐらい確りと読めるようになっておけば良かったとアーブは後悔した。
そんな彼に対しアテナはポンと胸の前で手を叩いた。
「でしたらここを無事に逃れることが出来たら私が教えてあげます。だから確りと守ってくださいね」
何気ない提案だったが、それはアーブからすれば最高級のご褒美だった。
両親が『守れ』と命じた相手を守り、その挙句にご褒美まで。
「分かりました。アテナ様」
犬ならば尻尾でも振りそうな感じだが、アーブには尻尾は無い。
代わりに股間のあれを大きく震わせ彼は蹴りを放ち続ける。
天然で人を誑しこんでいるアテナはある意味で女王になる才能を秘めた存在なのかもしれない。
~あとがき~
存在を消して震えていた竜人が覚悟を決めて…まさかの餌に!
食べてパワーアップするのは竜人だけでは無いのです。
で、変身中に攻撃をするのは万死に値します。
三大魔女がそんな蛮行など決して許しません。
絵本にまでして広く教えた行為です。
まあノイエなら問答無用で攻撃しますけどねw
© 2023 甲斐八雲
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