違うモノが出そうね

 神聖国・都の郊外



『王になれば……』と頭を抱え蹲る熊にユリーさんが駆け寄り、『叔父様。気を確かに』などと声をかけている。僕の囁きにだいぶ心が動いているようだ。

 少数で虐げられてきた人ってスポットライトを浴びると暴走しがちだからな。


 ぶっちゃければここであの熊が国王を目指すも良し、目指さなくても良い。

 何故なら僕にはアテナさんという伝手がある。

 あの人が女王になっても良い。むしろする気満々だ。


 ただ場合によっては宰相派が面倒だ。右宰相の派閥は最大勢力だから少しでも削りたい。

 そこでこの熊だ。この熊に神聖国の変態……特殊な趣味の人たちが集まり第三勢力となれば三つ巴となる。

 そして地方部族の方も独立を叫び出せばそれ以上に勢力が増える。


 右宰相が最大勢力であってもこの国の全てを敵にすることは不可能だろう。上の人たちが全員都の出身だとしても末端の人たちがそうとは限らない。場合によっては都より故郷を取る人たちだって出て来る。

 そうすれば右宰相派は弱体し……僕の理論は完璧だ!


「張良の再来かっ!」

「あんたの場合は跳梁跋扈の類よ」

「ほうわっ!」


 小さな拳が僕の股間に……悪魔よ。それはアカン。アカンのだ。

 股間を押さえて蹲る僕を腕を組んだポーラが見下ろしていた。


「ふんっ! あんたは少数派の苦しみを知らないのよ!」

「苦しみ?」


 苦しみだけなら現在進行形で味わってます。

 股間のゴールドなあれがジンジンと……マジで泣きそうです。誰か回復魔法とかありませんか?


「そうよ。アンタは何も分かっていない」


 片目を閉じて悪魔が何やらポーズを決める。


「私のようなオタクだって色々と苦労して来たの」

「でもオタクは“オタク文化”として市民権を」

「得たわ。でもそれが何だと言うのよ!」


 なぜ怒る? 市民権を得ているのなら良いことだろう?


「全く分かっていない。全部をオタクで処理される私たちの苦しみをっ! 具体的に言えばジャンルごとにそれぞれ違うのよっ! それを全部オタク文化って……そんな暴論はある? ならキリスト教はキリスト教なのだから全部同じとか言ったらそれぞれの宗派が怒るわ! 怒った挙句にその間違いを正そうと戦争になるわよ! 十字軍の復活よ!」

「そこまで?」

「そこまでよっ!」


 悪魔の叫びに軽く引く。今の相手のテンションに正直付いていけない。


「ジャンルごとにそれぞれ違うのよ!」

「だからって」

「なら宗教で括ったらキリスト教もイスラム教も仏教も一緒なの?」


 だから宗教を持ち出すな。色々と危ないから。


「違うでしょう? 違うのよ! だからオタクでまとめるなと言いたいの!」


 どうした悪魔よ? ストレス過多なのか?


「ジャンルで違うからっ! だから私はあの馬鹿と決別したのよ!」


 馬鹿って始祖さんですか? まさかジャンルで争いになったとか言わないよね?


「違うからっ! 方向性だからっ!」


 バンドの解散理由第一位を口にするな~!


「つまり私が言いたいのは、それぞれのジャンルがあるのだから一括りにするなってことよ!」


 言い切った悪魔は満足げだ。

 それは良い。それは良いが、


「……悪魔さん」

「何よ?」


 熱弁し終えた悪魔に対し、僕は冷ややかな目を向ける。


「結局何が言いたいの?」


 ゆっくりと辺りを見渡し悪魔は気づいた。

 自分に全ての視線が集まっていることにだ。


「わたしぽーら。まだごさい。はやくおとなになりたくてせのびをしちゃうおとしごろなの」

「はいアウト~」

「あざ~す」


 立ち上がった僕はとりあえず悪魔の脳天にハリセンを叩き込んだ。




 諸悪の根源たる悪魔を縛りマニカの目の前に放り投げたら、彼女は見向きもしないでペガサス隊の方へと歩いて向かう。

 どうやら小さな子は飽きたと見える。


「アルグ様」

「はい?」


 仕方なくまだ復活しない熊を眺めていたら、脇に壺を抱えたノイエがやって来た。


「美味しい?」

「微妙」


 その割にはパクパクと口に運んでいる。


 無表情で食べるノイエを見ていると自然と興味が湧いて来て、僕はミミズの肉片を1つ貰った。


 アルグスタはミミズをゲットしたぜ~!


「何かグミみたい」

「ぐみ?」

「ん~」


 食べ物に関するとノイエは暴走しがちだからこれ以上の発言は避ける。

 作れないお菓子の話などすればノイエは間違いなく拗ねるしね。


 指で挟むように持つミミズに視線を向け直す。

 ミミズ色したグミにしか見えない。

 弾力が凄くて指で押すと押し戻って来る。


「美味しい?」

「微妙」

「味は?」

「油」


 ノイエに味の感想を求めた僕が間違っていたのか?


 と言ってもこのミミズを……チラリと地面の方に視線を向ければ、縛って放置している悪魔と目が合った。相手は悪魔だ。何故なら片眼を閉じたままだ。


「自称五歳児のポーラちゃん?」

「……わたしぽーら。いじめちゃだめなんだからね?」


 虐めではない。これは味の探求である。


「さあお口を」


 相手を押さえ込んで無理矢理口へ、


「いやぁ~。止めてお兄さまっ! 私の口にそんなモノを無理矢理入れようとはしないで~!」

「黙って口を開ければ良いんだ。抵抗するな。直ぐに終わるから」

「止めて~! そんな汚らわしいモノを近づけないで~!」

「良いから黙って口を開ければ良いんだよ」

「いやぁ~! むぐっ!」


 抵抗する悪魔の口に強引にもミミズの肉片を押し込んだ。

 あくまでミミズの肉だ。ミミズ状のあれではない。途中から気づいたが興が乗ってやり切った。


 吐き出さないように口を押えて……しばらく様子を見ていると、悪魔は諦めたようにモグモグと食べだす。


「……昔と変わらずゴムのような弾力と油の味しかしない食べ物ね」

「知ってたの?」


 口にしていたのを飲み込んだ悪魔が苦々しい表情を浮かべてそんなことを言い出した。


「知ってるわよ。私が罰ゲーム用に作って広めたものだし」


 その罰ゲーム用のモノを口にしているこの悪魔は、ある意味で平等だったのだと思っておこう。


「味を付ければこのままでも食べられなくはないんだけど」


 縛られたままで立ち上がり悪魔がノイエの元へ。


「姉さま」

「はい」

「それをもう少し美味しく食べたいなら軽く炙ると良いわよ」


 悪魔の助言を受けたノイエがまず壺を見て、そして僕を見る。

 黙って壺を持った手を僕の方へ突き出して来た。


「アルグ様」

「はいはい」


 炙るなんてことは出来ないので仕方なく悪魔の拘束を解く。

 エプロンの奥から金網と七輪を取り出し……魔法じゃないのかよ?


「これで十分よ」


 でも炭には魔法で火を付けるのだからこの悪魔は本当に矛盾している。


 網焼きの準備を終えた悪魔は、ミミズの肉を並べて行く。先ほどノイエから貰ったのは小さな肉片だったが、壺の中の肉は基本大きい。文庫本サイズだ。


「両面炙ってから食べると良いわよ」

「はい」


 肉に関しては真面目なノイエだ。悪魔の言葉に従って……あれ? これってあれか?


「ウノ?」

「ミノよ」


 そうそれだ。


「……良い」


 炙った物を口にしたノイエがご満悦だ。

 表情には出ないがアホ毛が嬉しそうに揺れている。


「あ~。何か懐かしい」

「でしょ?」


 悪魔は食べることなく焼きに徹している。

 ノイエがパクパクと口に運ぶがひと切れが大きいので僕は困らない。手元にある分だけでしばらくは粘れる。


「こっちに来てから内臓系って見たことなかったからな~」

「そうね。ちゃんと処理できないとあれって危ないのよ。内臓だし」

「そっか~」


 僕としてはミノヤモツとかよりコリコリ系のハツとかの方が好きである。


「しょう油ダレが欲しくなる」

「諦めなさい。それかしょう油作りに人生を注ぐ?」

「ご勘弁ですな~」


 ミミズを口にしながら……ん?


「つかこれってミミズなの?」


 昔食べたミミズの味は……炭の味だったような?


「はっ! ここが何処だか忘れていない?」


 踏ん反り返る悪魔に僕は気づいた。


「異世界」

「なら答えは簡単でしょう?」


 ミミズっぽい物ってことか。


「まあノイエが嬉しそうなら……ノイエさん?」


 持って来た壺の中身が空になったと知ったノイエが追加を請求しに蹲っている熊を強請りに向かっていた。

 文字通り捕まえて持ち上げて『お肉』と言って揺すっている。


「違うモノが出そうね」

「だね~」


 しょう油が無いならせめて塩レモンが欲しいです。




~あとがき~


 異世界なのであくまでミミズっぽい物です。

 内臓は…ちゃんと処理しないと雑菌だらけなので、肉屋さんは基本廃棄です。

 新鮮な物なら処理すれば食べられなくないのですが…




© 2023 甲斐八雲

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