何をもって平等かっ!
神聖国・都の郊外
「あははは~! 中々面白いなお前は~!」
「ぐりゅりゅりゅりゅ~!」
槍を持った長身の女性と人間を辞めている女王陛下が殺し合いをしている。
それをアテナは生温かな視線で見つめていた。
流石アルグスタの仲間だ。あんな化け物を前に臆することなく喜んで戦っている。
はっきり言って怖いぐらいだ。と言うか怖い。怖すぎる。
「アーブさん」
「はいアテナ様」
「絶対に、ぜ~ったいに私の傍から離れてはいけませんからね。絶対ですよ?」
「畏まりました」
股間の太い物をバルンバルンと震わせて戦うアーブにも色々と言いたくはなる。
でもアテナはそれを微笑んで受け流した。
生き残るためには自分が嫌だと思うことも受け入れる必要があるのだ。
それをこの短い旅で確りと学んだ。短くても密度が濃かったおかげだ。
「……」
「逃げちゃダメですよ」
逃走を計ろうとするリスのニクを少女の肩に乗せアテナはとりあえずで考え始める。
何をどうしたら自分は無事に解放されるのか? そもそもこのおかしな空間と言うか、非現実から逃げ出すことは出来るのか?
「だから逃げちゃダメですよ」
また逃走を企んだリスの頭を捕まえてアテナは相手の目を見る。
「一緒に苦楽を共にして来た仲間じゃないですか? そうですよね?」
瞳の奥に黒い何かを感じさせるアテナの視線にカクカクカクとリスは怯えながら頷き続ける。
相手のその様子にアテナはニンマリと笑った。
そんなアテナに抱かれている少女は……何も言わずに相手にしがみついた。
少なくとも彼女と一緒に居れば死ぬことはなさそうな気がしたからだ。
「叔父さ……隊長っ! いけません。その腕を放してください」
「黙れユリーよ!」
駆け寄って来たユリーさんが熊にしがみ付いて……頑張れ。頑張ってくれ。
「ですが彼に手を出せば外交上の問題にっ!」
激しく抵抗する熊に対し、ユリーさんはその腕にしがみ付いて……アカン。圧倒的な戦力差を感じる。これは不利だ。負け戦だ。
「案ずるな姪よっ!」
何をどうすれは安心できるのだろう?
「自分の恋心で相手を陥落させれば外交問題になど発展しない!」
するわけねぇ~!
目の前の熊は言葉が通じない系の熊でした。
「発展しますから! 誰が叔父様のような男性をっ!」
「黙れっ!」
今まで以上の大声を熊が放った。
「この体は世を忍ぶ仮の姿。本来の自分は誰が見てもその視線を奪ってしまうほどの」
「叔父さまは私が生まれた時からずっとそのままです。誰に聞いてもそのままです。何なら生まれた時から体毛の多い子だったとお婆様の証言もっ!」
頑張れユリーさん。
ほんの少しだけ盛り上がったテンションがマイナスに突入した僕を救えるのは君だけだ。
実は美人というのは熊の妄想か。
「分かっていないのは周りの方だっ!」
グワンっと振るう腕にユリーさんが飛びかける。
頑張れ姪っ子! 僕の貞操のために!
「自分は生まれた時からとても美しい女性の心を持っていたのだっ!」
はい?
「同世代の男の子を見れば胸が高鳴り、整った顔立ちの男子を見れば恋心で胸がキュンキュンと騒ぎ散らす。私は、私は……誰よりも男性を愛しているのだ~!」
大絶叫で物凄い告白をしているぞ。この熊?
「知ってます!」
自身の危険を顧みず、ユリーさんが熊に飛び掛かる。
知ってるんだユリーさん。つまりこの熊は昔からこうなのか?
「軍の浴場で欲情した叔父様がどれ程の問題を起こしたのか、この隊に居るもので知らない者は居りません」
「何を言うかっ! 男性が男性の風呂に入り何の問題があるっ!」
「……股間のあれを大きくして」
「血行が良くなったのだから仕方あるまい。男なら誰にでもある生理現象だ」
ごめん。無い。僕の人生で大浴場に居る野郎共を見て興奮したことは無い。
「宿舎では若い男性の部屋へ夜這いに向かい」
「違うっ! あれは添い寝だ。部下がぐっすり眠れるようにという上司の配慮だっ!」
自己防衛が凄いなこの熊。もう何百と同じツッコミに対して同じ問いをしてきたんだろうな。
「だから軍を追われこの部隊に飛ばされたのでしょうっ!」
「違うのだっ! 皆がこのドミトリーの内面を理解していないのだっ! のう使者殿っ!」
「……はい?」
熊がこっちを見つめて来た。キラキラと光り輝く瞳で。
でもその風貌は熊だ。それか映画とかで見るバイキングだ。口髭と言うか、顔の大半が毛に覆われているタイプの熊だ。子供が見たら恐怖で泣き叫ぶかもしれないほどに怖い。
「同性を見てドキッとしたこともあろう?」
「あはは。全く無いです」
「照れ隠しを」
「本当に全然」
「嘘を吐け」
「事実ですが?」
「お主は狂っているぅ~!」
「お前がじゃ~!」
絶叫に対し絶叫で応じる。
僕は間違っていない。絶対に目の前の熊が狂っているのだ。
「やっぱり叔父様だけが異常で」
「異常ではない。この世の中が間違っているのだっ!」
姪の正論を叔父は全力で否定する。
「仮にこのドミトリーが狂っているとしよう。だがその狂っている者も平穏に暮らせる世を作るのが施政者の務めであろう! この国で言えば宰相や女王陛下の役目であろう! 弱き者を救う世を作ると言うのは詭弁なのかっ! ならば二度とそのようなことを口にするなっ! 期待を持たせ裏切る行為こそ人としての悪である!」
ん~。言ってることは間違っていないんだけど、ね。
「ならオッサン」
「何であろう使者殿?」
熊の猫なで声とかマジで辞めて。全身に鳥肌が立つから。
「仮に今から僕がこの国の王となり、男女平等な法を施行したら従いますか?」
「無論だ。平等であるならば」
自信満々で頷いて来た。なら、
「今日から平等のために女性たちと一緒に行動してください」
僕の発言に熊が目を剥く。と言うか別名現状維持とも言うけどね。
「いや少しぐらい男性が居ても……」
「男女平等です。平等なので割合に対して文句を言わないでください。その代わり貴方の姪御さんには男性の中にたった1人で行動していただきます。これで割合も一緒ですね」
熊の目が絶望に染まる。
「沢山の男性の中に1人ですか?」
そしてユリーさんの様子は半々って感じだ。興味と恐怖かな?
「それは姪のが身が不安だ」
そのツッコミは予想済みだ。
「大丈夫です。その場に集めるのは全てまだあそこも大きくならない男の子ばかりとしましょう」
「何と羨ましい……ではなく」
今、本音が出たな?
「そして貴方の隊には男性が好きで好きで仕方ない年を召した女性ばかりを集めましょう。これで年齢の差も解消ですね」
男女平等です。
「何故だ~!」
「平等が宜しいのでしょう?」
「違うこれは平等ではない!」
熊が全力で吠えた。
「一方的な押し付けだっ!」
「失礼な」
何と失礼な言葉だろうか?
「貴方が望んだのは『世の平等』でしょう?」
「そうだ。だが今使者殿が口にしたのは違う。それは平等ではない!」
「平等ですよ?」
気でも狂ったか? 何を言っているんだこの熊は?
「何をもって平等かっ!」
「はい。だから最初に言ったじゃないですか?」
僕はちゃんと最初に言いました。『僕がこの国の王となり』ってね。
「つまり法を作るのは僕ですから、あくまで僕から見た平等になるのは当たり前なのです」
誰も『全員の意見を取り入れて』なんて言ってないしね。
そもそも全員の意見を取り入れた平等なんてあり得ませんから。無理ゲーですから。
「それを貴方から見て不平等だと言うのであれば貴方が王になれば良い」
とても簡単なことです。
自分が少数派だと言うのであれば、同志を集めて力を得れば良いのです。
ただ僕の発言が屁理屈だと言うことは分かっている。
それは一向に構いません。だって話の本筋は違うのだから。
「どうです? 貴方が王になってご自分が望む平等を……ぶっちゃけ好きに国の法を作っても良いんですよ?」
「法を作る?」
「ええ。そうです」
悪魔の心を身に宿し、僕は熊に囁きかける。
「貴方が王になれば王宮に自分の好みの男性を常に侍らせて……後はしたい放題じゃないですか?」
「だがそれは平等とは……」
「何を言いますか? 法を作るのは王の務め。王の作った法に逆らう者は平等に罰を与えれば良いのです」
「平等に?」
「ええ。平等に」
さあ乗ってしまえ。熊さんよ。
~あとがき~
前に努めていた会社の寮にドミトリーさんのような人が居たそうな。
寮の入浴時間になると始まりから終わりまでずっと居座り男性の股間を眺めているという。
ぶっちゃけ周りの人たちはその視線が嫌で、彼との入浴を拒否するわけです。人によっては会社側に苦情を言って解雇して貰うように働きかけます。ですが昨今の流れですとそれは『人権侵害』に該当すると言うことで会社側は他の人たちに我慢を強いました。『見られても我慢して欲しい』ってね。
当たり前ですが我慢できない人たちは次々と辞めて行き、会社側は人材不足に。最終的にはその人を『素行不良』と言う名目で雇止めしましたが…これがこれからの行く末なんですよね。
とりあえず大浴場と公衆便所は廃止して、全て個室対応にするしかないですかね。
もちろん通路も別々で他人と一切出会わない形にしないとです。それが誰にも迷惑を掛けない方法だと思います。
で、費用? それを口にするなって。トイレなんて全部有料にすれば良いじゃん。
少数の意見をくみ上げると言うことはそう言うことなんだからさ
© 2023 甲斐八雲
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