自分は男なので

 神聖国・都の郊外



 モクモクと……上る煙は狼煙のよう。


「ようではなくて狼煙です」

「ですか~」


 ユリーさんが準備した焚火に丸めた布を放り込んだ。

 着火してモクモクと紫色の煙が……やはり狼煙ですか。あはは。


「お肉」

「ひぃっ」


 恐怖に震える声を上げ、ユリーさんの全身が震えだす。

 彼女の背中に張り付いたノイエの圧に負けたユリーさんが、緊急用の集合合図である狼煙を上げてくれたのだ。


 あれ? マニカは?


 気づけば清楚系痴女の姿が消えていた。そして持って歩くには重くなった妹はあそこに置いておいたんだけど……何処に消えた?


「もがぁ~!」


 一瞬大岩の向こう側から悪魔の声がしたような……気のせいだろう。気のせいにしておこう。あれに関わると僕が不幸になる。

 何よりあれはノイエが手を下さないと止まらない。


「で、そっちは?」


 悪魔を忘れて視線を戻せば、


「もう直ぐです。本当です」

「お肉」

「もう直ぐですから~!」


 ユリーさんが本気で泣いていた。

 視線を向けたことでユリーさんと目が合うが、こっちに救いを求められましても……悲しいことに暴走したノイエは僕でも止められない。止める術が無い。


 姉妹そろって暴走一家だな。姉妹だからか?


「ももんがぁ~!」


 物陰から悪魔の叫ぶ声がする。

 モモンガは可愛い生き物であって叫び声ではない。だから悪魔も可愛い生き物を愛でているのだろう。そう思おう。


「あ~。何か癒しが欲しいです」


 流石に愛らしいノイエが目の前に居ても今の状態は軽く引く。

 ユリーさんに抱き着いた無表情のノイエがまるで幽霊のようだ。


「あ~。本当に癒しが欲しい」


 思わずそう口から言葉が溢れていた。




「ユリー。無事であるか?」

「おじ……隊長っ!」


 狼煙を上げてからしばらくするとペガサスの一団がやって来た。

 その間にウチの妹は大人への経験値を物凄い勢いで稼いだようだ。ただし同性に限るが。


 はて? 今の挨拶の中で、不思議な単語が聞こえた気がするが気のせいか?


 ユリーさんが駆け寄るのを合図にわさわさと翼を動かしたペガサスが約50頭ほどが着地していく。鎧を見る限り全員が女性のようだ。胸の部分が双丘に加工されている。

 彼女の説明だとペガサス遊撃隊とやらは“女性だけ”の部隊らしい。納得だ。


 狼煙に反応しての行軍だったのかペガサスたちがグッタリ疲れている感じにも見える。

 そして何故かノイエが元気になった。


 あの中の弱って居る個体を食べようとか企んでいないだろうな?


 頑張れペガサスたちよっ! ここで根性を見せないとウチのノイエさんが君たちを食料にしてしまう!


 ノイエを背中に張り付けたユリーさんは、ひと際大きなペガサスに乗り着地した『隊長』と呼んだ人物の元へ駆け寄った。


 ウチのお嫁さんのアホ毛が隊長さんのペガサスを確認し、指折り数えだす。

 だから何人前を確保できるかとかカウントしないの。アホ毛で僕の指摘に驚いたりしないの。


「無事であったか?」


 若干の疑問形は彼女がノイエを背負っているからだろう。そんな日もある。


 ひと際大きなペガサスから飛び降りた隊長さんが……あれ? 僕の目がおかしいのか?


 ペガサスから降りたのに頭の位置がそれほど変わらない。

 むしろ重荷から解放されたペガサスが『助かった~』と言いたげな雰囲気を漂わせている。

「にい、さま……」

「ほむ?」


 完全に燃え尽きているポーラが死にそうな声で僕に呼びかける。


 安心しなさい。ここであった出来事は全て悪い夢です。あっちで悪夢の元凶が美味しそうに水を飲みながらユリーさんに張り付くノイエを慈愛に満ちた表情で見守っているけど、今の僕も決してあれに負けない心構えでいます。表情は悟りきっているように見えるかもだけどね。


 大丈夫。お兄ちゃんも色々と垂れ流す苦労を知っているから妹の後処理くらい苦も無く出来ます。今の君は赤子のような感じで僕に全てを委ねれば良いのです。それで万事解決です。


 いそいそと全裸のポーラを拭く手を再度動かす。


「あのひとが、たいちょうの、どみとりー、さんです」

「そっか」


 体を拭く手に反応してしまうポーラは全身がほんのりと汗ばんで来て……これって拭く意味あるのかな?


 取り急ぎ汚れ切ってしまっている顔と胸と下腹部を拭いてあげる。


 これは介護だ。介護だから変なことは考えない。慈愛に満ちた……治療行為の一環ぐらいのノリで自分を誤魔化す。

 ノイエが相手だったらここまで考えずに喜んでやるんだけど、やはりポーラ相手ではそれが出来ないのは彼女が僕の妹ポジションだからだろう。


 拭き掃除を終えてポーラに下着やら新しいメイド服やらを着せて行く。


 あっちではノイエが『お肉。お肉』と連呼し、ユリーさんが『早く戦時食をっ! 副官命令ですっ!』と騒いでいる。

 ユリーさんが出来るだけ姿を隠していてと言っていたが、カオス状態に突入してからの合流は僕的に辛い。


 傷は浅い内にあっちに合流した方が……ポーラさん。何故にガーターベルトを装着させようとしているのですか? これしか替えが無い? だったら靴下とか履かずに、それはメイドの矜持が許さない? 我が儘ちゃんだなっ!


 全速力でポーラに服を着せて確認し、ようやく僕は物陰から立ち上がった。


「いけませんアルグスタ様っ!」

「はい?」


 立ち上がった僕に向けユリーさんが強めの言葉を放って来た。

 事前に彼女から仲間と合流している間は隠れてて欲しいとか言われていたがそこまで怒る?


 理由は『男性は刺激が強すぎる』からって。

 だから僕がポーラの相手をしている隙にユリーさんが戦時食を受け取ると。


 一斉にペガサス騎士さんたちが僕を見る。あれだけ大きな声で言えばそりゃそうだ。

 そして一斉に騎士さんたちが隊長さんに飛び掛かろうとするが、それよりも先に相手が飛んでいた。


 物凄い跳躍力だ。

 漫画キャラのような……ノイエ以外であんな跳躍を披露する人物が居るとは思わなかった。


 全身鉄製の鎧を身に着けているせいか、着地の際はだいぶ座り込んで衝撃を殺していた。が、すぐさま立ち上がり全速力で僕の元へと駆けてくる。

 鎧を着た熊が迫って来るような迫力に圧倒されて後退するが、悲しいことに物陰としていた大きな岩が僕の後退の邪魔をする。


 ヤバい。逃げられない。


 目の前まで来た熊が右腕を突き出し……背後の岩が砕けた音がした。


「貴方が異国の使者殿か?」

「あっはい」


 相手の圧に屈して素直に答える。

 背後が砕けたがまさか壁ドンだと?


「自分は神聖国軍所属のペガサス遊撃隊の隊長をしているドミトリーと申す」

「あっどうも」


 グイグイと相手の圧が、フルフェイスの兜が近づいて来る。

 聞こえてくるのは相手の言葉と荒い鼻息が。


「平民の出なので礼儀作法は大目に見て欲しい」

「大丈夫です」


 逃げたい。何か絶対に相手の気配が怪しすぎる。

 でも背後の岩は崩れたが腰から下の部分が鎮座しているせいで逃げられない。


 崩れた岩に両方の踵をぶつけて後方に弓ぞりな体勢だ。完全に退路を断たれたっ!


「では」

「はい?」


 何が『では』なの? そして壁ドンしていた右腕がどうして僕の腰を抱くの?


「詳しい話はベッドの上で」

「いやぁ~! マジで助けて~!」


 貞操の危機だ。良く分からんがホリー並みの肉食獣が目の前にっ!


 救いを求めポーラに目を向けるが、彼女は笑顔で『裏切りましたよね?』と目で語って来る。


 君の場合は同性じゃないかっ! 僕の中では百合はセーフ。セーフなのです!


 ならばと一応マニカに目を向けるが、何故か笑顔で首を掻っ切るジェスチャーを。


 百合好きだろ~! ウチの馬鹿兄貴ぐらい大きいけど抱いてあげなよ~!


 ノイエは? ウチのお嫁さんは?


 必死に探す視線の先では、大きな背負い袋に上半身を突っ込んだノイエのお尻がっ!


 嫁~! もう少し周りの目を気にしてってこの場に居る異性は僕だけか~!


「ダメです。僕には愛しいお嫁さんが居るのでそんな気軽に異性を抱くことなんてっ!」

「問題無いっ!」


 力強く相手が答え、腰に回された腕が僕を引き寄せようとする。

 と、空いている左手が動き相手の鉄製の兜を引き上げた。


「自分は男なので」

「もっと嫌~!」


 兜の向こうに……本物の熊が居た。




~あとがき~


 カオス回避がむしろカオスへw


 ドミトリーは男です。そしてユリーの叔父です。この辺の詳しい話は本編で。



 最近ストレス過多で作者さんが若干鬱気味です。

 小説を書くことが気晴らしになっているので執筆は続けますが、ブツッと何かが切れてしまったらしばらくお休みするかもしれません。


 ここ数年で精神的に一番の大波が…辛い




© 2023 甲斐八雲

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