珍しいお肉?

 神聖国・都の郊外



「ご無礼のほどお許しいただきたい」

「いいえいいえ。ウチなんてもう」


 馬上からの挨拶を失礼だと気付き飛び降りた相手が僕の前で跪く。

 ちょいちょい忘れがちだけど、元とは言え王子と会話をするなら、目の前の騎士さんのような対応が正しいんだよね。


 ユニバンスの騎士って基本自由人ばっかだしな~。

 あれ? 自由人はウチだけか? 他は……他など知らん。


 でだ。片膝を着いて首を垂れる相手には悪いが、僕の背後の状況を見たら『異国の使者って?』と首を傾げてしまいたくなる。

 ノイエがポーラを抱え、マニカが拗ねてしゃがんで地面の小石を指で弾いている。


 こんな人たちがユニバンス王国からの使者ですって……普通に考えたら大問題じゃない?


「ですがポーラ様から聞いたお話ですと、ご使者様たちは右宰相に捕まり」

「あ~うん。そうだね」


 そうだったね。捕まって色々とされました。僕はトイレの素晴らしさを再確認しました。

 今度からは必ず使う時に『お願いします』で、使い終わったら『ありがとうございました』と心の中で言うことにしよう。トイレが居るから僕らは垂れ流さないで済むのだ。


「だから再会ができたことでみんな羽目を外しちゃってるみたいでね」


 我ながら苦しい言い訳だ。でも何故か相手はうんうんと頷いている。


 基本良い人なのか? 神聖国って忘れた頃に真面目な人が出て来るんだよな~。

 そう言えばアテナさんは無事だろうか?


「再会を喜び合うことに形など必要ないと私は思います。もし邪魔であれば一度本隊に戻り時間を置いてから再度挨拶に伺いますが?」

「あ~。大丈夫かな? ただはしゃいでいる人たちを生暖かく見ていただければ」


 うん。生暖かく見守っていただければ幸いです。


「で、改めて貴女の名前を伺っても?」

「はい」


 立ち上がった女性騎士はフルフェイスの兜を外す。


 どうして顔を隠しているのに相手が女性なのか分かるのか……とても簡単だ。鎧の胸の部分にボリュームがあるからだ。それに穿いているのがスカートだ。生足に鉄の脛当てだ。悪くない。


 兜を外した相手はやはり女性だった。何と言うかアラブ系な彫の深い感じの美人だ。


「神聖国軍所属ペガサス遊撃隊で副官を務めていますユリーと申します」


 神聖国の作法だろうか? 右手を胸にあてて軽く会釈して来た。


「これは丁寧に」


 僕の挨拶は終わっている。ユニバンスの元王子っす~と名乗ったら相手の対応が変わった。

 まあポーラの兄ですと言った時点で相手は驚いていたけどね。


「良くぞ御無事で」

「あ~うん」


 ただ僕らが囚われていたことを知っているらしく……色々と面倒臭い。

 しいて言うと真面目過ぎる。だからこの人を僕に押し付けて逃げたな悪魔め?


 ノイエさんノイエさん。ちょっとその抱えている悪魔の尻をマニカに向けて……そうそういい感じです。

 そして気づけマニカっ! 気づいたかっ!

 今なら大丈夫だ。軽いお仕置きという名の躾だ。


「もきょ~!」


 悪魔がまた素っ頓狂な声を上げた。何よりマニカのあの迷いの無さも凄い。

 普通直でスカートの中に手を入れるか? スカートの上からお尻を撫でるくらいからのスタートじゃないの?


 マニカに常識を語っても意味が無いだろうから……ユリーさんが物凄く生温かな視線になってる~!


「済みません。みんな嫌な目に遭ったせいか」

「……そうですか」


 生温かな相手の視線が少しだけ変わった。

 僕に向けて来ている視線は普通だと思いたい。大丈夫。まだ真面目に会話しているはずだ。


「恥ずかしながら私たちの隊も女性だけですのであのようなスキンシップはたまに」

「そうですか」

「普段は隊長が厳しく律しているのですが、厳しい分だけどうもその反動で」

「分かります」


 何ごとも厳しいばかりではダメなのです。

 息抜きが出来ない職場は監獄と同じ。だから僕は常に息を抜ける時間を設けるようにしています。と言うか厳しく出来ないんだけどね。


「ユリーさんは何故ウチのポーラと?」


 あの悪魔にかどわかされましたか?


 でしたらご安心を。現在進行形で罰を受けていますから。


「いいえ。任務で……申し訳ございません。ここからは軍事機密でして」

「そうですか。それは失礼を」


 機密なら聞きたくない。聞きたくないが1つだけ教えて欲しい。


「その機密に自分たちは関係していますか?」

「ご安心ください。あくまで神聖国内のことですから」


 微笑んでユリーさんはそう返事をしてくれた。


 良し。安全は確保された。この国で色々と暴れる予定が変更を余儀なくされまくっているし、そろそろ一回どこかで落ち着いて……ん?


 ニョキっとノイエが僕とユリーさんの間に姿を現した。

 彼女が抱えている悪魔はかなり残念な表情をしている。嫁入り前の妹が外で晒して良い表情ではないな。


「アルグ様」

「はい」

「お腹空いた」

「そっか」


 お腹が空いているようには見えないがノイエが『空いた』と言うなら空いているのだろ。


 僕がユリーさんと話している様子に嫉妬したわけじゃないんだよね?


「知らない。お腹空いた」


 ノイエはトコトコと歩き出し、慌てて彼女を抱きしめて押さえる。


「ノイエ。それはダメだ」

「どうして?」

「どうしても」

「……」


 アホ毛~! そのアホ毛を使って何をしようとしているかはっきり言ってみなさい!


「新鮮なうちに」

「はい。アウト~!」

「むう」


 ノイエが拗ねるが仕方ない。

 彼女はユリーさんが乗って来たペガサスを材料にしようとしているのだ。


 それだけはダメだ。そのお肉は食べちゃいけないヤツです。


「今は?」

「これからも」

「むう」


 ノイエの頬が膨れるが……強引に行く気は無いらしい。


「失礼ながらアルグスタ様」

「はい」


 不穏な空気を感じたらしいユリーさんが控えめに提案して来た。


「本隊になら戦時食ですが多少の食料が」

「ほらノイエ。滅多に食べられない戦時食だよ~」

「食べられない?」


 滅多に食べられないと言うレアリティーにノイエのアホ毛が嬉しそうに揺れる。


 たぶん滅多に食べられないと思うよ? だって神聖国の戦時食でしょ?


「ちなみにその戦時食って?」

「はい。この国の西側で多く獲れる……」


 何故かユリーさんの視線が横へと流れた。


「大変珍しいお肉を加工したものです」

「珍しいお肉?」

「うっ」


 瞬間移動チックな動きでノイエがユリーさんの前へ。その顔をくっ付かんばかりに相手に寄せてその目を覗き込んでいる。で、死に体の悪魔は僕の腕の中だ。


「……生きてるか?」

「ばけ……もの……」


 ガクッと悪魔が気絶した。うん知ってる。マニカが化け物だってことぐらいはね。


「珍しい?」

「……はい」


 そしてノイエのマンツーマンディフェンスを食らうユリーさんは若干涙目だ。

 珍しいけど言いにくい類の肉なのかな? そんな感じがするよ。


「まあウチのノイエは人の肉以外でしたら何でも食べるので、」

「野菜は嫌」

「……野菜炒めでご提供して頂ければと」

「アルグ様の……ばか」


 ダメですノイエさん。怒って拗ねてもちゃんと野菜も食べなさい。

 お~い。アホ毛で耳を塞がない。こっちを見なさい。


「えっと……ミミズの肉でも大丈夫なのですか?」


 恐る恐るユリーさんがそんなことを言ってきた。


「ミミズ?」

「あれか~」


 どうやらミミズは初めてらしいノイエがアホ毛を揺らす。


 何気に僕はミミズを食べたことがある。

 その昔、近所の爺さんが『これが効くんだって』とか言ってミミズを焼いた物を食べたことがあるのだ。プラシーボ効果なのか確かに効いたけどね。うん。


 あの日の夜……僕が初めて右手とお友達になった日だとも言う。


「美味しいの?」

「どうだろう?」


 確か雑菌対策としてカラカラに焼いたモノを口にしたからね。

 今にして思うと本当に大丈夫な食べ方だったのだろうか?


「カラカラになるまで油で揚げたモノを戦時食として口にしています」


 あら? 異世界でも食べ方は同じなのね。


「だってさ。食べる?」

「はい」


 流石ノイエだ。肉に対しては貪欲だな。




~あとがき~


 作者さんは一般的にゲテモノと呼ばれる類のものをそこそこ食しています。

 姿焼き系だけはマジ勘弁ですが…意外と食べられる物もあってビックリです。


 ヴァルキュリアの乙女さんたちの副官はとても真面目です。

 それで隊長は? あれは色んな意味で…




© 2023 甲斐八雲

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