そして2人は沈黙した
ゆっくりと立ち上がったそれは……自分の状態を確認する。
ペタペタと掌で体に触れながら。
《行かなくちゃ》
全裸であること以外自分の体に“異変”が無いことを疑問に思いつつ、それでも歩き出す。
だって……向かわなければいけないからだ。
「ペラペラと……」
壁に寄り掛かっていたホリーは小さな不満を口にする。
その声を聞き逃さなかったのはセシリーンだ。
「どういうこと?」
「何でもないわよ」
「ホリー?」
普段から目を閉じているセシリーンは何処か微笑んでいるように見えるが、今のその表情は笑ってなどいない。何処か怒った感じに見えるのは眉間に皺が寄っているからだろう。
「怒った表情をしていると顔が老けるわよ」
「ホリー?」
歌姫の声にホリーは軽く頭を掻いて魔眼の中枢を見渡す。
現在この場所に居るのは5人だ。約5人だ。
若干1人は落ち着きがないので踊りながら出て行ってしまうから今は居ない。
「ファシー?」
「シャーっ!」
怒りを身に纏っている猫に声を掛ければ、案の定な返事が戻って来る。
必死に探していた相手が外に居るのだ。戻って来たらどんな風に殺してやろうかと……先ほどから体を動かし余念がない。これにお使いを頼むのは無理だ。
「ただ……」
視線を動かしたホリーはちょこんと座っている人物を見た。
「何でパーパシがここに?」
「……何となく?」
彼女はホリーの問いに小さく首を傾げる。
自分でもどうしてこの場に居るのか良く分からないままパーパシは外の様子を見ていた。
元気に動き回っているノイエを見ているのは色んな意味で癒されるから悪くはない。が、場違い感が半端ないのでそろそろ逃げ出そうかとも思っていた。
「ねえパーパシ」
「はい?」
「1つ聞きたいのだけど」
スッと目を細めたホリーの様子から、背筋に冷たい何かを覚えたパーパシは捕食者のような相手から逃げられないと悟った。
「貴女の祝福って……」
相手の言葉は想像の斜め上だった。上だったがたぶん可能だ。理論上は出来るはずだ。
しばらく考えて導き出した答えをパーパシはホリーに伝える。
「上出来よ。なら何をすれば良いか分かるわよね?」
「えっと……」
「分からないの?」
ワラワラとまるで生きている蛇のように蠢きだしたホリーの長く美しい青い髪に……パーパシは特上の笑みを浮かべて立ち上がった。
「レニーラ見つけて行ってきますっ!」
「呼んだ?」
パーパシの声に反応したかのように丁度レニーラが中枢へと来た。
ダッシュで舞姫を確保したパーパシは、ホリーに向け元気よく口を開く。
「この馬鹿を連れてサクッと探してきますっ!」
「はい。逝ってらっしゃい」
「何だか分からないけど、命の危険を感じるんだけど~!」
レニーラの首根っこを掴んで駆けて行ったパーパシの背を見送り……ホリーは視線を魔眼の外へと向ける。
お腹をサスサスと片手で擦っている妹は、相変わらずだ。
「ねえホリー?」
「何よ?」
しつこく声をかけて来る歌姫に目も向けず、ホリーは自分の頭の中で思考を加速させる。
「これから何が起きるの? それとパーパシのあれって?」
「……念のためよ」
そう。あくまで念のためだ。
思いホリーは苦笑する。
本当に自分は嫌な性格をしていると自覚している。常に最悪を想像し、それの対処を考える時に……外の彼や妹のような考えが出来ない。
最優先すべきは、家族の無事だ。
だから常にそれを考えてしまう。
《周りの被害なんて気にせずに……本当に私は酷い女よね》
自覚はしている。何より自分の肩書として未来永劫付きまとうのは『殺人鬼』だ。
《それでも守りたいのだから仕方ないでしょう?》
大切な彼や妹を、家族を……守りたいのだから。
「歌姫。ちゃんと外の様子を伺ってなさいよ。それも特に遠い方を」
「えっ? ええ」
ホリーの指示にセシリーンは戸惑いつつも応じる。
現状この中枢を支配しているのは間違いなく彼女だからだ。
「で、猫」
「シャーっ!」
「……」
小柄な人型の猫が両手両足を広げて精いっぱい威嚇して来る。
正直に言えば勇ましいと言うよりも愛らしい。自分と同じ年齢のはずなのに……それもどうかとホリーは真剣に悩んでしまった。
「邪魔はしないで。必要だったら外でマニカとの戦いに備えてて」
「ニャーっ!」
クイクイと指で中枢の外へと続く通路を指さすホリーに猫は威嚇しつつも動き出す。
本人としては怒り狂い決戦を待つ戦士のような勇ましさを表現しているのだろうが……素直に従い出て行く猫の様子はやはり可愛らしい。
無条件でフリフリと猫耳や尻尾が揺れているせいもあるが。
「ねえホリー」
「何よ?」
「……ファシーがどんどん猫になって行くのが不安なんだけど」
我が子の行く末を案ずる母親のような言葉にホリーは相手に視線を向ける。
子を宿しお腹を大きくしている歌姫の様子を見ると……ホリーとしては何も言えなくなってしまう。何故ならその姿はどう見ても“長女”の成長を不安視する母親にしか見えないからだ。
「今度外に出たら彼と相談でもしようかしら?」
「ダメよ」
「どうして?」
「だって」
歌姫の問いに苦笑するしかない。
ホリーはその表情を若干呆れた物にしつつ返事をする。分かり切っていることをだ。
「アルグちゃんのことだから『可愛いからもっと頑張って猫に近づけるように』とか言いかねないわよ?」
告げられた言葉を胸の内で反芻したセシリーンは、深いため息を吐きだした。
「……そうね」
認めるしかない。何故ならそれが彼だ。
自分の不得意としているものやことでなければなんでも受け入れてしまう。
そうで無ければ誰が自分たちのような脛に傷しか無い者たちをああも気軽に受け入れようか?
精神的に何かが破綻していると言えばそれまでだが、それでも彼の優しさは間違いない。
一度守ると決めれば、彼は家族以外であれば全てを敵に回す。
「何よりアルグちゃんって無類の猫好きみたいだし」
「……」
否定はできない。出来ないが、
「でもアイルには」
「可愛いモノが好きなのよ」
重ねて来た相手の言葉にセシリーンは静かに頷くしかなかった。
事実だからだ。
「まあそんな優しい彼に甘えて居る私たちにも問題があるんでしょうけど」
ホリーは壁に寄り掛かり妹の目を通して外の様子を見る。
地面に蹲る彼を立ちあがらせた妹が……何やら請求している。感じとしては食べ物だろう。
「さっきあんなに食べたのに」
外の声が聞こえるセシリーンは愛弟子の様子に苦笑いだ。
「仕方ないでしょう? 魔力を使ったんだから」
「えっ?」
「あっ……」
失言とばかりに自分の口を手で覆ったホリーは、きつく口を閉じる。
「ねえホリー? さっきの」
「知らないし言わないわよ。余り周りに知られたくないことだから」
「どういう意味?」
「そのままよ。だから追及されても私は言わない」
完全に拒絶の姿勢を見せる相手に歌姫は説得を諦めた。
こうなってしまえばホリーの説得など無理だと分かっているからだ。
「なら1つだけ教えて?」
「……」
相手は何も答えない。それでもセシリーンは言葉を続けた。
「それはノイエや旦那様が傷つかなくて済むこと?」
ホリーが頑なに拒絶する理由など簡単だ。それなりの付き合いであるセシリーンですら直ぐに思いつく。何故ならホリーは誰よりも『家族』を愛する人だからだ。
だがホリーは何も答えない。口をきつく閉じ……ゆっくり開いた。
「逆よ。だから知られたくない」
「分かった。なら今聞いたことは胸の奥にしまっておくわ」
「そうしておいて」
そして2人は沈黙した。
~あとがき~
最期に『にゃ~』と言う可愛らしい声を聞きながら…とか書きたくなっちゃうのがこの作者の悪い所です。頑張って耐えましたw
秘密がいっぱいのノイエですが、ある一定数の秘密を解読し把握している人が2人ほど居ます。
刻印さんとホリーです。アイルローゼがもう少し頑張れかな?
面白大好き刻印さんはある程度口を滑らせますが、ホリーは基本沈黙派です。
だって弱点にもなりかねないことをどうして発表する必要があるの?
そんな訳で彼女は自分が推理し把握しているノイエの秘密を基本公表はしません。
刻印さんの暴走をむしろイライラしながら見ている感じです
© 2023 甲斐八雲
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