倒すのが面倒になる

 神聖国・都の郊外



 長い髪で人だったモノを掴み食らう化け物に対し、カミーラは隙なく魔槍を構える。


 だが相手はそんな相手を無視して人を食らう。

 髪の毛を巻き付けては自分の後頭部へと運び音を立てて咀嚼していく。


《気分の悪い》


 流石のカミーラとて相手の行為を見て何も感じないわけではない。

 相手が何を食料とするのかまでは文句を言うつもりはない。ただ自分の“部下”だったモノを食らうことが許せないのだ。


「まだ食らう気か?」

「……」


 相手は何も答えない。ただ後頭部に部下を運んで食らい続け、本来の口は自分の親指の爪を噛んでいるように見える。


 女王だという相手の行動が把握できない現状としてカミーラはある種決断を下すこととした。

 目の前の存在は生かしておいても今後ろくなことはしない。見てて分かる。


 ならばこのまま殺してしまった方が……魔槍を握る手に力を籠め、振り上げた足を後方へと引いた。

 飛び退くことで相手との距離を取ったのだ。


「おいおい……」


 不意に起きた変化にカミーラは呆れた声を放つ。


 彼女としては求める強者は出来るだけ“人の形”をしている者の方が良い。だが目の前の相手は……余り望まない類の存在に変化するようだ。


 メリメリと音を立てて女王の背中が割れているのか、代わりに腕や肩が体の正面へと追いやられてくる。


《背骨を中心に割れている?》


 カミーラの見立ては間違っていない。

 厳密に言えばその割れた背中から何かが這い出ようとしているために、女王は自分の腕や肩をどんどん前へ前へと動かしているのだ。

 その様子はまるで蛹から何かが羽化するような……実際はそんな美しい物ではないが。


 女王の背中から這い出たモノ……それは人の胴体だ。腕や足なども出て来る。

 どうやら後頭部の口らしい部分が顔になり、目の前の化け物は自分の大きくしたのだ。


 倍ほどの身長になった女王は立ち上がる。

 ゆっくりと振り返りカミーラを見た。ただ見たといっても相手の目は見つけられないが。


「中々に人間を辞めているな? 何をどうしたらそんな醜い化け物に?」


 背中に嫌な汗をかきながら、カミーラは相手を軽く見上げる。


 人の胴ほど太い両足に、腕は左右に2本ずつ。上が長く下が短い。

 そしてその顔は後頭部を中心に左右に分かれ鋭い歯が所狭しに並んでいる。

 本来の胴体は縮んだように丸くなり、新しく後頭部の辺りにぶら下がっているようだ。


 初めてお目にかかる化け物に……流石のカミーラも苦笑を浮かべた。


「喋れないのか? それとも喋る知能もないのか?」

「……ガガガ、ギギ」


 不快な音が響いた。

 どうやら相手は喋ろうとして自分の歯で不快な音を発したらしい。


 軽く顔を顰めたカミーラは、上唇を舐める。


「喋れないならそれでいい。むしろ煩いから口を開くな」


 告げて軽く魔槍を振るう。


「あとそれ以上大きくなるな。倒すのが面倒になる」


 宣言しカミーラは笑った。


「この私に軽く恐怖を感じさせたのだから、少なくとも簡単に倒されたりはしないで欲しいね!」


 とても楽し気に魔槍を握りしめカミーラは相手に向かい突貫を開始するのだった。




「アーブさん」

「はいアテナ様」


 自分の警護を、まだ残っている女王陛下の部下たちを蹴り飛ばしている相手を見てアテナは軽く笑う。と言うか半ば呆れ果てて笑うことしかできないのだ。


 こんな現実的でない恐怖の塊でしかないモノは見せない方が良いと、名無しの女の子にはギュッと抱き着いて顔を上げないように命じてある。

 顔が体に触れ口の部分が少女の呼吸で熱くなってしまうが、それは我慢する。


 だってあれはとても見せられない。

 はっきり言うと軽く漏らしてしまうかと思ったぐらいに怖い。


「今日一日で私の中の色々な物が壊れてるんですが」

「ご心配なくアテナ様」


 恥ずかしい格好をしていても流石ドラゴンスレイヤーだとアテナは純粋に相手のことを、


「自分ももう何が現実か分からずとりあえず迫って来る者を蹴り飛ばして現実逃避しています」

「……そうですか」


 どうやらドラゴンスレイヤーでもこの現実は処理しきれないらしい。


 スゥっと大きく息を吸ったアテナはとりあえず天へと顔を向けた。


「アルグスタさま~! ノイエさま~! ここに~! 貴方たちの大好きな~! 異常なことが待ってますよ~!」

「……アテナ様?」


 ひと通り叫んでから、アテナは辺りを探す。

 少し遠い場所に見覚えのある生き物がいた。リスだ。リスのニクだ。


「アーブさん」

「はい」

「あの生き物を私の所に。生きたままで」

「畏まりました」


 畏まったアーブは適当に周りの敵を蹴り飛ばすと、急ぎ肉の元へ行き……リスを回収して来た。


「お久しぶりです。おニクさん」


 受け取ったリスを全力で抱きしめ……アテナは相手の尻尾に自分の顔を埋めた。

 必死に抵抗を見せるニクだが、それをアテナは許さない。全身全霊の力を発揮して相手を抱く。


「私の何かが元に戻るまでこのままで~」


 どうやらアテナもまた現実逃避を選択したらしい。




~あとがき~


 ふたくち女と見せかけてのメタモルフォーゼ!

 女王様は本領を発揮し、流石のカミーラもマジモードです。


 そしてアテナとアーブは…現実逃避開始です。

 色々と脳内で処理しきれなくなったんでしょうねw




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る