我々は決して負けん!

 神聖国・都の地下



 完全に油断していた。


 何故かつい自分が無敵な存在になってしまったようなそんな気がして……結果として凄く良いものを貰ってしまった。完全に振り抜かれた完璧な一撃だ。一瞬で意識を狩り取られた。

 そう一瞬で意識を……ハッとしてゴルベルはその目を見開く。


 見えるのは天井だ。僅かに視線を巡らせれば、自分の下半身の方に悪霊が居た。


「ブゲイか」


 また従者のように振る舞う彼に救われたらしい。

 その証拠に自分の体をズルズルと引っ張り悪霊から遠ざかろうとしている。


「済まんな。気を抜いた」


 返事はない。ただズルズルと相手は引っ張るのみだ。


「だが案ずるなブゲイよ。次は大丈夫だ。次は勝つ」


 そもそも勝ち負けの戦いではないがゴルベルは胸を張ってそう宣言した。


「でだ、そろそろ止まらんか?」


 余り相手から遠くなるのは……不意に自分の背中を、床と背中の接地面が濡れていることに気づく。

 ヌルッとした嫌な感触に言いようのない不安を感じ、ゴルベルは自身の視線を頭上へ向ける。


 ブゲイが、長い付き合いである彼が……自分のことを必死に引っ張っていた。

 万歳をした格好なのは相手が両腕を握り後退しているからだ。そう。まるで死人のような顔をし、虚ろな目は焦点など定まらずに。


「ブゲイ?」


 ゆっくりと相手の歩みが小さくなる。

 口や目からは血が溢れ出し……それでも主人を逃がそうと、


「ブゲイっ!」


 声を上げゴルベルは立ち上がった。


 ダメージで足が揺れるが気にしない。膝立ちになり、引っ張る者を失った反動で真後ろへ向かい倒れ込む彼の姿を見た。


「どうして、何故だっ!」


 必死の思いでゴルベルは仰向けに倒れた彼に縋りつく。と、違和感を感じた。

 触れた胴体の……胸の部分がベコリと凹んだのだ。


 それは何かとてつもない力を食らい凹んだような……。


 ゆっくりとゴルベルは視線を巡らせる。そして知った。

 悪霊の足元に出来ている黒い大きな染みを。


「まさか我を救うために?」


 救うためにあの悪霊の拳を何発も生身で受けたのか?


 質問の言葉は続かなかった。相手の顔を見れば明らかだ。殴られた跡があるのだから。


「どうしてそのような無茶をっ!」


 そもそもブゲイは虚弱な部類に入る人物だった。

 故に厳しい鍛錬はできず自分の身を護る筋肉よろいを手に入れることはできなかった。


 筋肉を持たずにあれの前に立ってその拳を受けるなど、自殺行為でしかない。あれは生身の者が受けられる攻撃ではない。ゴルベルとて何十年と鍛え上げた筋肉と取り寄せた薬とを服用し、どうにかその身を鋼に近づけたからこそ耐えられるのだ。


 生身で耐えられる攻撃では、


「ゴルベルざまっ!」


 クワっと目を見開きブゲイは声を発した。

 そして何かを掴むかのように自分の腕を天井へと伸ばす。


「ここに居る。ここに居るぞ」


 相手の腕を掴みゴルベルは強く声をかけた。


「どうがっ……どうがっ」

「ああ」


 定まらない視線は何を見ているのか分からない。それでもブゲイは天に向かい言葉を続ける。

 まるでその様子は、自分が主人と定めた人物にその声が届くと信じているかのように。


「どうが……その名を……悪名を……後世に……」


 不意に全身の力が抜け、ブゲイは動きを止めた。

 ゴルベルは何度か相手の腕を握り、そして静かに胸の前へと運ぶ。


「案ずるなブゲイよ。我は未来に大罪人としてその名を残そう」


 相手の開いたままの瞼を閉じ、ゴルベルもまた目を閉じて祈った。

 彼の死を、そしてこれから逝くであろう自分と仲間たちの死が……どうか輝かしい物であるようにと。


「許さんぞ。悪霊よ」


 震える足を全力で叩き、ゴルベルは立ち上がった。

 歩き出せるか不安を感じるが立ち上がらない訳にはいかない。

 ここで座するは男としての恥だ。


「我々は決して負けん!」


 吠えてゴルベルは足を動かす。

 それを迎え撃つかのように悪霊もまた動き出し、


 ボンッ!


 不意にその音が響いた。


 視界の角度的に事の全てを見ていたゴルベルは目を見開く。

 そしてゆっくりと振り返った悪霊はそれに気づいた。


 床に突き刺さっていた古木の杖が木っ端微塵になっていたのだ。

 カラカラと床の上に残骸が転がり……見事なまでの壊れっぷりだ。


「……っ!」


 悪霊は何故か両腕を頭上にかざし……その様子は怒り狂っている感じに見える。

 激しく抗議をしているような、


 ボンッ!


 抗議をしていたらしい悪霊が今度は音を立てて破裂した。

 木っ端微塵に吹き飛びその姿を完全に消失した。


「何が?」


 理解できずただ茫然とゴルベルはそう呟くので精いっぱいだった。




 都の郊外



「おおっ」


 事前にその場所に訪れていた彼らは驚きで声を震わせた。


 女王の血を引く者でなければできないと言われていた偉業がなされたのを目撃したから。

 本当に……自分たちの主人は封印を解いたのだ。


「流石ですぞ。ゴルベル様っ!」


 そこに居た者たち……ゴルベルの元に残った古くからの仲間たちは皆涙する。

 喜びながらを肩を叩き合う彼らは皆老人だ。長く生きたという自覚を持つ者ばかりだ。


 そんな彼らが年甲斐もなく泣きながら喜ぶ。

 ついに封印が解かれたのだ。


 後は簡単だ。


「ならば残りは」

「「おう」」


 最古参の人物の声に促され、彼らは全員で懐に入れていた短剣を手にした。

 鞘を払い抜き身の剣を自分の首にあてる。


「いざ逝こう。案ずるな……急げばゴルベル様に追いつけるだろう」

「「おう」」


 迷うことなく1人、また1人とその首を短剣で斬る。

 誰もが首から血を流し、そして震える足を動かして……




~あとがき~


 シリアスさんの全力をギャグさんがかすめ取る。

 それがこの物語ですが何か?


 大丈夫。シリアスさん。まだ出番はあるから。


 そして別行動をしていたゴルベルの仲間たちは…?




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る