宰相の地位にある者の務めぞ

 神聖国・都の地下



「これからしようとしていることは、もしかしたら大陸に不幸を呼び込む可能性もある。だがお前ならば分かるであろう? このままでは神聖国の都は横に伸びて行くことになる」


 ブゲイはそれを知っていた。

 何故ならそれが原因で自分たちの生まれ故郷は消滅したのだ。


「ですが歩みを止めれば宜しいのでは?」

「出来ないのだよ。封印がある限り宮は“移動”を続ける」


 この女王宮の秘密がそれだ。


 その昔はもっと西に存在していた女王宮は、年々少しずつ東へ移動をする。それを隠すために都は東へ拡張を続け、そして宮の移動を“移設”と称し誤魔化してきた。

 理由は簡単だ。封印しているのが年々肥大化し東へとその土地を侵食するからだ。


「このまま行けばいずれ東の帝国との争いになるだろう」

「ですが」

「無理なのだよ。帝国とて自国を荒野とされれば、な」


 封印されているモノが何かまでは伝わっていない。

 ただそれは強大で狂暴。封印されているにもかかわらずその土地を侵食し栄養を奪うほどにだ。


「だから我々はあれを外に出すこととした。女王陛下の呪縛もあるが……本来の理由は土地の浸食が止まれば荒野は増えない。それを達成するためにな」

「ですが」

「皆まで言うな。代わりに封印されし凶悪な存在が外に出るだろう。それが猛威を振るう可能性は十分にあり得る」


 だからこそゴルベルたちは協力し神聖国に属する部族たちと秘密裏に手を結んだ。


「今が好機なのだ。右宰相もアパテーもその視線を権力争いに向けている。我々が動いたとしてもその一環だと思うことだろう」

「はい」

「そこで我々が封印を解けば……」


 神聖国のど真ん中、都の傍にそれが姿を現すのだ。


「右宰相もアパテーも休戦し手を取り合うことだろう」

「そしてゴルベル様の呼びかけに応えた部族たちも集まる」

「後は人対封印されし何かとの戦いだ。この戦いを拒んで来た神聖国が最初で最後の大戦を行うのだ」

「だったら小国へと攻めた者たちの力も残して欲しかったものですね」

「そうだな」


 確かにその通りだ。だがゴルベルはその出兵に対し消極的な反対に留めた。もし成功し東の小国を攻め落とせれば、今回の戦いで失敗した時の逃げ場所となる。

 女子供を逃がす先があればと聞けば、戦う男たちの後顧の憂いも取り除ける。


「それにこのままでは神聖国は国として成り立たなくなる。分かっておろう?」

「はい」


 ゴルベルと共に国のために働いて来たブゲイは良く知っていた。


 一番の問題は食料だ。どんなに手を尽くしても年々耕作地は減少の一途なのだ。理由は国の真ん中に居座り拡大を続ける荒野だ。まるで生き物のように神聖国を蝕み続けているのだ。

 毎年のように村や町に人が住めなくなり、近隣に引っ越しを余儀なくされている。


「部族たちが今回応じたのはそれもあってだ」


 未来を憂いだ者たちが必死の覚悟で立ち上がった。

 これが最初で最後の戦いになると知り、明日ある我が子の未来を作るために立ち上がったのだ。


「だから私は止まれないのだ。死んでもな」

「……」


 主人の言葉に、その悲壮な覚悟にブゲイはグッと自分の唇を噛んだ。

 開きかけた口を無理矢理に閉じたのだ。そう居ないと全てを話してしまいそうになって……。


「さてブゲイよ」

「はい」


 殴られ続けてパンパンに張れた顔を向けて来る主人にブゲイは涙する顔を向けた。


「聞きたいことは以上か? 質問をするなら今の内だぞ?」

「いいえ。自分は」

「そうか」


 ゆっくりと立ち上がったゴルベルは、一度大きくよろめいた。

 完全に足に来ているが休んだ甲斐もあって多少回復している。


「ならサーブからの質問は以上か?」

「……」


 その言葉にブゲイは息を飲んだ。


「ゴルベル様。これには」

「分かっておる」


 笑おうとした人物は顔面に走る激痛で眉をしかめた。


「こちらの情報を売ることで相手からの情報を手に入れる。随分と汚い役目を買って出たものだな」


 俯く相手にゴルベルはただただ優し気な目を向けた。


「ならば急いであの杖を折らねばな。きっと今頃サーブのヤツが顔を青くさせてここに兵を差し向ける命令を飛ばしていることだろう」


 無理矢理笑い老人は呼吸を整える。


「出来ればサーブの青い顔を見てみたかったが……出来んか?」

「はい」


 全てを見透かしそれでも自分を傍に置いていた主人に対し、ブゲイは着ている服の上着を脱ぐ。

 服の中に隠していた魔道具は、こちらの音を一方的に相手に届けるものだ。


「何だつまらん」


 軽く鼻を鳴らしてゴルベルはブゲイを見る。彼が首から下げている魔道具をだ。


「サーブよ。これよりこのゴルベルが国家大逆の臣となる」


 宣言し彼は自分の胸を叩いた。


「権力争いなど忘れこの国を根底からひっくり返そうとする存在に対し一致団結をして立ち向かってみせよ。それが」


 ニヤリと笑う。


「宰相の地位にある者の務めぞ」


 宣言しゴルベルは振り返る。杖に向かい踏み出した。


「ゴルベル様っ!」


 滂沱の如き涙を頬に走らせブゲイもまた叫ぶ。

 悪霊と彼が呼ぶ敵へ向かい歩んでいく背中は間違いなく戦士のそれだった。


「ブゲイもまた大儀であった。生きろよ」

「ゴルベル様っ!」


 ゴルベルもまた涙を流し目の前に居る悪霊を睨みつける。


「さあ待たせたな悪霊よ! この国家大逆の臣である我の歩みを止められるモノなら止めてみせよ!」


 大声を放ちゴルベルは大きな歩幅で相手との距離を縮める。

 対する悪霊は……上半身を大きく『∞』の字に揺らし、迫り来るゴルベルに立ち向かった。


「ゴルベル様~~~っ!」


 ブゲイの声に後押しされてゴルベルは百万の援軍を得た勢いで足を進める。


 迎え撃つ悪霊の右拳がゴルベルの頬を捕らえた。


「ゴル……えっ?」


 ストンと床に崩れ落ちた主人を見つめ、ブゲイは言葉を失う。



 それはまさしく一発KOだったのだ。




~あとがき~


 挑戦者、王者のデンプシー気味な右フックによりKOですw


 盛り上げて盛り上げて…ここでノイエの援護射撃を期待していたでしょう?

 そうはならないのがこの物語ですwww


 ならノイエは何を攻撃したのか? シリアスさーん。出番ですよ?




© 2023 甲斐八雲

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