この国に国王が居ない理由だ
神聖国・都の地下
「ぐふぅ……なかなか良い一撃である」
大振りの拳を食らったゴルベルは全身を震わせるが、それでも耐えた。
結構前から両膝はガクガクと震えだし、正直気を抜けば床へ向かい崩れ落ちそうだがそれも気合で耐えている。
この日のために全身全霊を捧げて鍛え上げて来た筋肉に彼は全てを託したのだ。
「ゴルベル様っ! もうお止めくださいっ!」
背後から聞こえて来る声にゴルベルは胸の内で笑う。
大丈夫。案ずるな。これぐらいで屈する自分ではない……と脳内で相手の声を声援に置き換え、また放たれた拳を顔に受けた。
《これが女性であれば一発で屈していただろう。だが我は違う。股間に一物を抱く男だ。この程度の攻撃に屈することはない》
ゴルベルは自分に言い聞かせ歯を食いしばった。
そもそもこの場所にはその昔、男性は入れなかったのだ。
けれどいつかその禁は破られ、そして現在自分は居るのだ。
男性が入れなかったからこそ女王は自らを鍛える必要があった。
三大魔女はこの日のために女性たちに『スモウ』を学ぶよう言葉を残してきたというのに、その決まりを破ったのもまた過去の人々だ。そのツケがこうして形になっている。
当初そのスモウには時の女王も参加し体を鍛えていたと伝わる。
いつしか『怪我をしたら……』と周りからの声に屈した。参加せず見守るようになってしまった。
全ては時の流れが悪いのだ。
三大魔女が残した神器とて勝手に解釈を曲げて違う使い方をしている。
間違った方へ間違った方へ……それが今の神聖国なのだ。
《上の者たちが道を誤りこの国をネジ曲げてしまった》
確かにその時の者たちは国を案じて最良の選択をして来たのだろう。でもその最良が必ずしも正しいとは限らない。結果今ではこうして色々と歪んでしまっているのだから。
《でも大丈夫だ。この国はこれで正しい道を歩みだす》
女王の呪縛は解かれ、そして封印も解かれる。
大国としての神聖国はこの大陸から姿を消すこととなるが、それでも荒れ地ばかり国土は回復するはずだ。
《そうしたら皆でたらふく飯でも食べよう。誰も飢えるとの無い……》
「ゴルベル様っ!」
その声に彼はハッとする。
完全に意識が遠のいていたことに気づき、慌てて気合を入れ直すが遅かった。
悪霊の攻撃がゴルベルの頬を殴り、彼はその一撃で斜め後ろへと倒れ込んだ。
「ゴルベル様っ!」
飛んで来たブゲイに抱えられ、彼はズルズルと後方へ移動する。
朦朧としている視界の片隅では、自分が居た辺りを殴りつける悪霊の姿がはっきりと見て取れた。
「ブゲイよ……」
フラフラと手を伸ばし彼はただ床に突き刺さっている杖を見る。
「邪魔をするでない」
「ですがっ!」
「良いのだ」
悪霊の攻撃が飛んでこない辺りまで逃げて来た主人とその従者は、また立ち上がろうとするゴルベルをブゲイが体を張って抑え込む。
どう見てもこれ以上は無理だ。ゴルベルの体が耐えられない。
「このままでは貴方様が死んでしまいます」
「良い。元よりその覚悟だ」
口の中に溜まる血を吐き捨てゴルベルは立ち上がろうと必死に藻掻く。
だが立てない。ブゲイの必死の抵抗で立ち上がることができない。
「またの機会でよろしいではないですかっ! また力を付けて」
「無理だ」
ブゲイも分かってはいるのだ。
女王宮がここまで手薄になることなどほとんどあり得ない。そしてこの宮の……この封印の隠し部屋を知った右宰相やアパテーなどは絶対に自分たちのことを許さない。
草の根を分けて殺しに来るはずだ。
「案ずるな。少し我が自分の筋肉を過信し過ぎていただけだ」
「ですが」
「行かせろブゲイ」
もう最初から覚悟など決まっていたのだ。
あの悪霊からの攻撃を全て食らいながらも杖まで向かいそしてそれを折る。それだけのことだ。
「そうするとどうなるのですか?」
「女王陛下が……あのアテナと名乗った娘が笑って暮らせるようになろう」
「それだけのために?」
「そうだ」
穏やかに笑う主人にブゲイは何とも言えない視線を向けた。
「我々はずっと彼女たちにある罪を背負わせてきた。分かるか?」
「いいえ」
「それはな……家族を持つことを禁止して来たのだ」
「家族を?」
「そうだ」
穏やかに笑う彼の言葉にブゲイは耳を傾ける。
「女王は家族を持たない。そして子は女子のみだ」
「それが?」
ブゲイには分からない。相手の言葉の意味が。
「夫は? そして男子は?」
「……」
問われて気づいた。確かにそうだ。
大きく息を吐いたゴルベルはその腫れあがった顔をブゲイに向けた。
「女王は子を作るために最も遠い血縁者の種を得る。自分の好みや恋愛感情など全てを捨ててだ」
「ですが」
そんなことは上に立つ者の務め……ブゲイはそう思ってしまった。
少なからず上に立つ者は責任と使命を得るものであると。
「そして女子が誕生するまで子を産む」
「……男子であった場合は?」
「決まっている」
ゴルベルはまた血を吐き捨てた。
「この国に国王が居ない理由だ」
「……」
「全て死産となるのだ」
告げて彼はまた立ち上がろうとする。
「我々はそれを知った。アルテミス様が我々に話して聞かせてくれたのだ。ただ彼女は……自分は良いと。その決まりに従っても良いと。だが子供の時代にはそのような決まりは消えて欲しいと」
だからアルテミスはこの国を終わらせる覚悟で封印を解こうとしていたのだ。
「彼女から話を聞いた我々はな……年甲斐もなく彼女を救いたくなった。主従の関係を忘れ我々は自分の娘を愛でるかのように彼女を救いたくなったのだ。だから我々は全員で命を捨てる覚悟を決めた。
ははは……恥ずかしい話であるな」
男が命を懸ける時など、そんなものだとゴルベルは思っていた。
「馬鹿な男たちの恥ずかしい意地なのだよ。これは」
本来なら墓の下まで持って行く予定の言葉をゴルベルは彼に伝えた。
最後の最期でただ何んとなく言いたくなった……ただそれだけのことだ。深い意味など無かった。
必死に立ち上がろうとする主人を見つめ、ブゲイはその口をゆっくりと開く。
「封印を解くとは?」
「言葉の通りだ」
ゴルベルは朦朧としたままで言葉を続ける。
「封印を解けばこの国にはもう女王は要らなくなる。そうすれば彼女らの呪縛は解かれるのだ」
「解いたらどうなるのですか?」
「分からんか?」
ゴルベルは苦笑して見せた。
「我々の村が無くなった理由……そしてこの国の、違うな。この都の異常な状態を」
そして深く彼は息を吐いた。
「この都の傍にドラゴンが居ない理由はどうしてだと思う?」
~あとがき~
シリアスさんが頑張っているな~。
そしてリアルが忙しすぎて…執筆時間よりも全体的な流れが歪みだしているような?
今回の話は近日中に手直しされるかもしれません。
次の休みの日に読み返して問題があればですが
© 2023 甲斐八雲
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