努力は決して裏切らないのだ!
神聖国・女王宮
「家探しの後か」
「その様で」
壁に隠された扉を押し開き部屋へと出た2人は辺りの様子を確認する。
右宰相が兵を動かしていたことはゴルベルも知っていた。
その理由は女王への反逆を企てた者たちの抹殺……つまり自分たちの殺害だと言うこともだ。
「余りにも酷いな」
「……」
一緒に来たブゲイは部屋の隅へ移動し胃の中身をぶちまける。
死体を見たことはあってもここまで酷く扱われたモノを見たことが無かったのだろう。
ゴルベルは従者のように振る舞う相手から目を放す。視線を移せば見えるのは略奪の後と床に転がる死体の姿だ。
女王宮には男性は居ない。すべて女性であり、男性はこの場所に通うのみ。宿泊することも許されず、その決まりもあって男性の下働きも居ない。
ゴルベルは床に片膝を置き、乱暴されて殺されている女性の目を閉じてやった。
服装や年齢からして女王の傍仕えを外れ下働きになった女であろう。
この場所に働きに来た女性は、死ぬまでここから出ることはできない。
秘密を……女王陛下の秘密を外部に漏らさぬようにするためだ。
《生きてこの棺桶に住まう身となり最後がこれでは報われないな》
可哀想だがゴルベルとしてはただこうして目を閉じてやるぐらいしかできない。
先代のアルテミス女王はそうした決まりを撤廃し改革しようとしていた。けれどそれは叶わなかった。
先々代の意向が強く残り、その世代の老人たちが宮を支配していたからだ。
代替わりが進めば改革は実行されていただろうがその前に女王は姿を消した。
仕組まれた外遊先で襲撃を受け……そして彼女は秘密裏にこの女王宮に運ばれたと聞く。
「ブゲイ」
「……はい」
「行くぞ」
口元を拭ったブゲイは震える足を軽く叩いて仕えるべき主人の後を追う。
彼は時折足を止めては躯の目を閉じてやりつつ迷いのない足で宮の中を進む。
「ゴルベル様。どちらへ?」
「ふむ」
何人目かの遺体の目を閉じた主人にブゲイは問うた。
だが彼は何も答えず足を動かし……袋小路になっている通路の奥で足を止める。
「我々はな……いつかアルテミス様をこの場所から連れ出すことを夢見ていたのだ」
「連れ出す?」
「ああ。まあそんな夢を本気で考えていたのはハウレムと奥方であったがな」
数度壁を軽く撫で、ゴルベルはそれを探す。指先に感じたちょっとした違和感を信じ指先を壁に押し込めば、壁と同じ色で作られた蓋がボロボロと剥がれ落ちる。
どうやら粘土の類に色を付けた物だったのか、ゴルベルは自分の指先を汚したそれを服で拭い……壁に出来た穴に対してもう一度指先を押し込んだ。
回すように指先を動かし突起を見つける。
軽くそれを動かすと、ガチンと壁から何かが外れる音が響いた。
「ゴルベル様?」
「ここが塞がれたままだと言うことは……」
相手の問いに何も答えずゴルベルは壁から引き抜いた手を握り拳にすると、それで壁を叩いた。ガコッと壁が外れて向こう側へと倒れて行く。
ブゲイは壁が倒れて新しく通路が出来たことに驚いた。
本当の意味での隠し通路だ。壁を倒さなければ向こう側へと渡れないのだから。
「アルテミス様の希望は叶わなかったのだろうな」
「ゴルベル様?」
「気にするな。ただの独り言だ」
答え彼は出来た通路を歩いて奥へと進む。
ゴルベルは歩きながらずっと考えていた。
この奥へと続く通路が塞がれているということは、現女王アパテーはやはりあれの封印を解くことを望まなかったのだろう。当たり前だ。あれが自分の命を失うかもしれない無謀な賭けに手を貸すことなど……考えるだけで笑いが込み上がって来る。
それが出来ればそもそも実の姉の命を狙ったりなどしないだろう。
だが本来であれば女王となる者はその運命を背負う覚悟が必要なのだ。
だからこそ……ふと彼は足を止めて振り返った。
後ろで従うブゲイも慌てて振り返るが、別に誰かか居って来るような気配はない。主人へ視線を向ければ、彼は別に何かを感じて視線を背後へ向けた感じではなかった。
何かに気づき後ろを、過去を振り返っているような感じだ。
「ゴルベル様?」
「……そうか。そう言うことか」
「我が主よ?」
「案ずるな」
苦笑しゴルベルは相手の肩に手を置いた。
「自分の愚かしさに気づいて呆れたところだ」
「ゴルベル様が?」
「ああそうだ」
そもそもなぜアルテミス様があのような自分とそっくりな娘を望んだのか……それに気づいていればもっと早くに違った行動を起こせていたかもしれない。
そう。もっと早くに反逆者となり、女王の呪縛を解き放つことが出来ていたはずだ。
だがアルテミスはそれを望まなかった。他者が封印を解くことを彼女は望まなかった。
最後まで自分で、最後まで自分が……その姿にゴルベルたちは本当に素晴らしい女王陛下であると心酔していた。
《あの気品溢れる姿は全て虚勢であったのですね》
今だから分かる。
あの女王としての振る舞いすべてが彼女の精いっぱいの背伸びであったことを。
《当たり前だ。あの年頃の娘が男たちの前で肌を晒すことがどれ程恐ろしいことか》
自分が女王であるからと彼女は演じていた。
《自分の死と引き換えに封印を解くことに抵抗しない者が居るものか》
少なくともアルテミスは望んだのだ。自分が子を産むことを。
そしてそれを自分に似せた理由など考えるまでもない。
《死にたくなかったのであろう。当たり前だ》
だから彼女は望んだのだろう。女としての幸せと、そして自分の生まれ変わりを。
《だが両方の希望を手にすることはできなかった》
あの娘はゴルベルが送り続けた“女王”へのサインに対し何ら反応しなかった。
つまりは姿形を同じとした別の人間なのだろう。
《それを不幸と言うべきなのか何と言うべきなのか……》
言い方を変えれば女王アルテミスは“女王”の呪縛からは解放されたのだ。
あれの封印を知る者はもう残り少ない。そして命を賭して解放する者など自分以外居ないだろう。
「なあブゲイ」
「はい」
止めていた足を動かしゴルベルたちは奥へと向かう。
緩やかな坂を下りながら真っ直ぐ進み……そして遂にその場所へとたどり着いた。
地下に作られた円形の空間には、天井に光源が一つ存在している。
そのおかげで室内に明かりが保たれ……そしてその光の下にそれがあった。
古木の棒を思わせる、ただ真っ直ぐな枝を切って作ったような長い杖が床に突き刺さっているのだ。
「あれは?」
「……」
何も答えずゴルベルは真っ直ぐその棒へ向かい歩き出す。
ただ全身に力を漲らせ、太い二の腕が筋肉ではち切れんばかりになっている。
「さあかかって来るが良い!」
彼は吠える。
するとそれに反応したかのように床に突き刺さっている杖から黒い影が溢れ始めた。
まるで黒い煙が湧き出るかのように……そしてそれは人の形となる。
「封印を守る最期の番人よ」
ゴルベルは自分の胸の前で拳を激しく叩きつけると、踏ん張るように身構えた。
「この筋肉を止められるモノならば止めてみせよ!」
挑発に応じるかのように黒い影が動き出す。
スルスルと間合いを詰めてゴルベルに拳を振るった。
相手の拳を顔面に食らった彼は、一瞬片膝をカクンと震わせたが踏ん張る。
この日のこの時のために自らを律して鍛えて来た体だ。筋肉だ。
「お前の攻撃はそんなものかっ! 悪霊よ!」
吠えて彼は一歩前へと進む。
ゴルベルは理解していた。自分の攻撃は決して相手に届かないと。
こちらの攻撃を届かせるのは女王の血筋である“聖なる力”が必要であることを。
ここに女王の血は無い。悪霊に立ち向かえる女王も居ない。
ならば自分が相手の攻撃を全て耐え、前進し続けるしかないのだ。
「悪霊よ! 何十でも何百でも殴ればよい!」
言葉の通りに悪霊はその腕を動かし拳でゴスペルを打つ。
「だがその程度の攻撃でこの筋肉は沈まんよ!」
全てを耐えるために鍛え上げた体だ。
ゴルベルは今までの自分を、自分と付き合い体を鍛え続けた仲間たちに向かい叫んだ。
「努力は決して裏切らないのだ!」
彼はまた一歩足を進めた。
~あとがき~
本当は『筋肉は…』と書きたかった作者さんですw
流石にアウトかと思って一般的なフレーズへ変更。セーフだったら直したいwww
で、神聖な力って…そんな力を持った夫ラブな食いしん坊が神聖国に来ていたような?
© 2023 甲斐八雲
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