本性を晒さなければだけど
セルスウィン共和国・某所
「良い感じに培養も進んでいるわね」
クスクスと笑いながらまるで彫刻を思わせる作られた美しさを持つ女性が、部屋中に置かれているガラスの瓶を確認して回る。
どれもこれも一般の者では手を出すことのできない金額で買い求められた材料を元に作られた薬液が満たされている。ただ材料を集めている者たちも自分たちが“何”を作るために手を貸しているのかなど知らないだろう。
正しい言い方をすれば『国家元首』を救うためだ。決して、
「どうですか? 国家元首様?」
最期にひと際大きい瓶……人が入れるほどの巨大なフラスコの前に立った女性は中の住人に声をかける。
中の住人はギョロッとした目を相手に向けた。
「……元に戻せ……」
「はい。ですから頑張っていますわ。一応」
微笑みかけて女性は指先でフラスコ表面を軽く弾いた。
「ですが最初の約束は『命を助けること』でしたので、それ以上の要求は本来応じられません。あくまで今回少しだけ手を貸しているのは貴方の金払いが大変に良いからです。サービスなんですよ?」
師からちょくちょく聞かされていた異世界の言葉を使い女性は自分の頑張りを相手に伝える。
「これの何処が?」
が、相手は不満げだ。
女性の見えない努力など微塵も感謝していない。
「またつまらない会話を繰り返すつもりですか?」
軽く肩を竦めて彼女は視線を巡らせる。
「私は約束通りに『貴方の命』を救いました。ですが命を救うための方法など貴方は指定しなかった。結果として……確かに『人間の姿』からすれば遠い存在になってしまったかもしれません」
ゆっくりと足を動かし窓にかかるカーテンに手を伸ばす。
スルスルと……掴んだカーテンを横に移動させながら女性は言葉を続ける。
「ですが人間の形とは何なのでしょうか? 頭があり、胴があり、腕と足がある。これが人の形です。毛が多い少ない。太っている痩せている。色が違うなどは遺伝子によるちょっとした悪戯みたいなものです」
「これが……人の形か?」
「はい」
カーテンを開き切り、女性は大きく背伸びをした。
美の秘訣は背筋からだと学んでいる。猫背は良くない。常に胸を張り背筋を伸ばすことこそ周りに老いを感じさせない大切な姿勢だ。
何より女性の興味は目の前の存在から薄れつつある。
大金を叩いて色々と実験できたがそれまでだ。情報を得られれば後はもうどうでも良い。何せ残りは今培養している薬液を国家元首のフラスコへ注げば終了だ。
互いに結んだ“契約”は終えるのだ。
次は貧乏人を救えば良い。こっちは簡単な“制約”だが、金持ちを救うのは難しい。
確実に金銭を蓄えている人物を見つけ出し、助けなければいけないからだ。
「あら?」
ふと西に目を向けた女性はそれに気づいた。
天を貫かんばかりに伸びる光の円柱……七色に輝くそれは本当に美しい。
「あらあら。あの封印を破る馬鹿が本当に現れるだなんて……まさか?」
目を細め女性は自然と自分の耳に手を伸ばした。
昔からの癖だ。長い耳の先端に触れて軽くくすぐる。その刺激で思考を巡らせるのだ。
師であるあれがあんな厄介な存在の封印を破る訳はない。訳は無いが……快楽に身を浸し、刹那の感情で生きる愚か者だ。ただ『見たい』と言う理由だけで世界を滅ぼしかねない存在だって呼び出しかねない。
《あの馬鹿ならあり得るか……》
自分の思考に対し女性は思わず納得してしまった。
あの馬鹿……刻印の魔女は女性から見ると“異世界”から召喚された自分の保護者兼師匠だった人物だ。数多くの無茶と無謀な実験という名の拷問に加え、肉体的にも精神的にも凌辱の限りを尽くした暴君でもある。
何百回と殺そうとしたが、その全てを封じられ……最後は『もう貴女みたいな馬鹿とは付き合えないわよ』と告げ、呪いをかけてから放逐した人物だ。
おかげで貧乏人と金持ちとを交互に救わなければいけなくなった。
それをもう数百年とこの大陸内で行っている。
《私がエルフでなければ老いて死んで終わる呪いでしょうけど》
生憎と女性は長命で名高いエルフだった。それにあの憎き魔女から教えられた老化を遅くし美貌を保つ特殊な薬液の作り方もある。
《そのせいで金持ちを救う度に儲けの全てが消えてなくなるのだけれど》
だがそれは仕方のないことだった。
女性……マーリンは自分の容姿がどれ程優れているのかを知っている。
素顔を晒し歩けば人間の男たちが列を作って口説きに来るほどだ。そして何よりこの美貌は武器にもなる。欲の塊みたいな人間の男ほど騙しやすい存在はない。
素顔を晒して軽く抱き着けばどんな情報だって教えて貰える。必要なら尻の1つや胸の1つでも触れさせてやれば良い。それだけで相手は必要のないことまで語りだす。
《まあ最後は私の薬液の材料にするのだし……本当に人間って愚かね》
あの封印を解いたのが誰であれ人間の仕業だろうことは間違いない。
それに大陸の西にあれが姿を現したのなら向かわなければ良いだけのことだ。実に簡単だ。
頭の中身を早々に切り替え、マーリンはゆっくりと室内へ視線を向けた。
フラスコの中の住人は……一般的な人の形からすれば大きくかけ離れた存在になっているのかもしれない。
けれど頭はある。胴もある。腕も足もある。毛だってある。人の特徴は残っている。
「私からすれば貴方は立派な人間よ」
「これの……何処が?」
不満げな相手の声にマーリンは肩を竦める。
「なら逆に聞きたいわ。貴方は何が不満なの?」
失われようとしていた命を救い、壊れていた体をここまで修復したのだ。
感謝こそされても良いのに……本当に人間の男は欲望の塊だ。
不満を告げるようにとマーリンはフラスコの中の人物はその目を向け視線で促した。
「……」
多くの言葉をぶつけて来る相手に、マーリンは都度返事を返す。
失った四肢の欠損をどうやり繰りしたか。失われた臓物の代わりをどうしたか。消失した男性器の……馬のモノで代用するかとの申し出を断ったのは相手だ。自分は悪くない。
「貴方は欲張り過ぎなのよ」
「これの何処がっ!」
激高する相手にフラスコに寄り掛かるマーリンは笑う。
「そもそも『命を救う』という約束よ? それなのに外見を求められても……ならあの場所でゴミ屑のように死にたかったの?」
コツコツと指先でフラスコを叩いて女性は相手に告げる。
「今こうして不満を言えるのだって生きているからこそよ? それなのにああでもない。こうでもないって……本当に金を持つ権力者ほど厄介な存在は居ないわね」
話を聞く間、預けていた背中をフラスコから離し……マーリンは自身の光輝く長い金髪を軽く払う。
「いつだったか大陸の西の方にも居たわ。貴方のような欲まみれの醜い女性が」
フラスコの方へ体を向け、マーリンは中の住人の目を見た。
「自分の姉を殺そうとし、愚かにも自分が取り寄せた異国の毒でその身を焼いた醜き存在。
余りにもその毒が強すぎて、日々体を蝕まれ……その話を聞きつけた私が交渉をして相手の願いを叶えてあげたのだけれども」
願いを叶えた人間のことなど普段なら直ぐに忘れるマーリンだが、その人物のことは覚えていた。目の前のフラスコの中に居る住人と同じで色々と注文の多い人物だからだ。
その後に出会った貧乏人などは呆気ないくらいに全てを受け入れたというのに。
《あの貧乏人は……自分の子が欲しいと言っていたあれね》
その前に救った人物の印象が強すぎて思い出すことが出来た。
貧乏人の後は確か……忘れた。まったくもって印象も残っていない。
「あれも人間でいうところの醜い化け物になってしまったけれど……」
軽く笑いマーリンは体を起こす。
相手の目を覗き込むために前屈みにしていた背筋を軽く伸ばした。
「少なくとも貴方よりかはマシだったかもしれないわね」
クスクスと笑う。
「本性を晒さなければだけど」
~あとがき~
忘れた頃に出て来る旅人さんです。
これほどの人物を出し忘れていた作者にビックリですがw
ちなみにアパテーが姉を殺そうとして仕入れた異国の毒は…あれです。
原材料と言うか製造主は、ノイエの魔眼の中でドロドロになっている人です。
で、ハルツェンがどんな魔改造を受けたのか…いずれ本文で!
© 2023 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます