俺が欲していたのは……

 神聖国・都の郊外



 自分は何を見ているのだろうか? 何をしているのだろう?


 そう疑問を抱きつつ、彼は必死に歩いていた。


 当初は喉から溢れ出そうになる悲鳴を両手で押さえ込み、必死に逃げ回っていた。

 何も分からず、理解できず、ただただ走り回っていた。


 共に来た仲間と呼ぶには抵抗のある……しいて言えば右宰相の身内という存在の脛を齧ろうと集まって来た“取り巻き”たちは、悪獣の巣と呼ばれる場所で自ら首を斬り絶命した自分たちの親を探そうと躯をひっくり返す姿だ。


 楽しい見世物を見学する感覚でやって来た自分たちを待っていたのは厳しすぎる現実だった。

『見終わったら娼館にでも行って』や『その辺で女を攫って』と軽口を叩く馬鹿者たちの発言に内心うんざりしながら足を動かせば、容赦ない現実が待っていたのだ。


 都から移動して来た彼らが見たのは、悪獣の巣を見下ろすように作られている観客席に転がる人々の死体だ。

 生きている者の方が圧倒的に少ない状況だった。


 何が起きたのか分からず彼らは戸惑った。


 ただ圧倒的な数の死体に全身が冷たくなり、伝播するかのように取り巻きたちが胃の中身を外へと吐き出し始める。

 中心に居た彼もそれに習って胃の中身を吐き出し……目に入った死体の1つに気づいた。それは取り巻きたちの父親だったのだ。


 少し離れた場所で吐いていた人物に声をかけ確認させると……泣き崩れた。

 どうやら本当に父親だったのだ。


 その様子に取り巻たちは不安に駆られた。


 誰もが突然のことで現実を受け入れられないながらも不安に駆られる。

 そして取り巻たちは涙ながらに転がっている死体を起こしては探し求めた。


 何を探しているのかは……それは自分の親がこの場所に居ないことなのかもしれない。それとも親の死を知りたいだけなのか? 知ってどうする気なのか?


 数歩引いた立ち位置で取り巻きたちのそれを眺めていた彼には到底理解できない行為だった。

 違う。取り巻きたちは“実の親”だからこそ死体に触れてひっくり返せるのだろう。


 自分は? 自分にはあれが出来るのか?


 激しく頭を振り彼は拒絶した。出来ないと分かっていたからこその拒絶だった。

 拒絶をしたらその場に居るのが、取り巻きたちの行為が恐ろしくなり……彼は逃げ出した。


 全力で駆けて逃げた。悲鳴を我慢して逃げた。とにかく逃げた。

 体力の続く限り……走り続け、そして今は口を押えて歩いている。


 取り巻きたちの行為を思い出すと全身が震える。


 どうしてあのようなことができるのか?


 分かっている。親だから……実の親だからだ。


 ならどうして自分はあれができない?


 分かっている。親だから……名ばかりの親だからだ。


 相手は確かに自分を拾い上げ救ってくれた人物ではある。

 街の片隅でゴミや残飯を漁り生きていた自分を、同じ境遇で生きる集められた孤児たちの中から自分だけを選んでくれた人物だ。


 多少なりとも情はある。ただそれ以上に憎しみが勝っているだけだ。


 拾われ右宰相の養子となり、地の底から天空の上まで引き上げられた……その喜びは余りにも無残に崩れた。


『幼いお前では1人で眠るのも寂しかろう』と声をかけられ、誘われた寝所に迷うことなく一緒に向かう。隣で歩く相手に自分を捨てた父親の面影を追い求めてた。


 幸せだった。本当に幸せで、この幸せが長く続けばと願った。


 優しく案内された寝所はとても豪華で、相手が求めるままにベッドの上で横になり……そして待っていたのは力による支配だった。


 抵抗を示せば叩かれ殴られ……下着ごと寝間着をはぎ取られた。


 後は本当に一方的な暴力だ。ただ少しでも早く時が過ぎれば良いと……心にも思わない言葉を、相手が望む言葉を口走り終わりだけを求める。

 何日も、何年も、相手が求める時だけ寝所に向かい尻を貸す。


 ただそれだけだった。それが右宰相の息子となった自分の全てだった。


 だから成長し、あれからのお呼びが余りかからなくなってからは好きなように過ごした。

 馬鹿なことなどいっぱいした。自分が嫌でもそれをした。それをすることで嫌な何かを忘れられるとそう信じ、笑いながら嫌な自分を振る舞い続けた。


 無駄に女を買っては乱暴に扱って捨てるなどもしてみた。

 取り巻きたちに1人の女を与えて乱暴させ……それを命じた自分が余りにも滑稽すぎて屋敷に戻ってから泣くなど普通だった。


 ボロボロにされた女と自分の何が違う?


 何度も自答したけど答えなんて出ない。出る訳がない。


 だから変化が欲しかった。


 この何も変わらない日々を、この何も変わらない国を、大きく変えてくれる変化を求めていた。


 ある日それはやって来た。


 異国から来た王族の青年は、囚われていても余裕を持って振る舞っていた。

 自分の死期が近づいているのにもかかわらず決して挫けず立っていたのだ。


 あれが本物の王の血を引く者なのか?


 何度も自答した。自分には持っていない物を持つ者を見て何度も何度も自答した。


 最初から分かっていた。知っていた。


 自分が何であるのかを。

 自分がどうしてあれの養子になったのかを。


 ある一つの特徴から選ばれたのだと。


 女王が持つこの国で唯一の特徴……それを偶然自分は色濃く持っていた。

 もしかしたら祖父が異国の者だと言う話だったからそれが関係しているのかもしれない。捨てられる前に父親がそんな話をしていたはずだ。


 自分だけに色濃く表れた特徴のおかげで得られた幸運を、異国の青年は生まれ持っていたのだ。


 王家の血を引く……それだけでも本来なら自分など声もかけられない存在だった。


 だが高圧的に迫り、相手を殴ることもした。


 今にして思えば『どうして?』と素直に思う。

 そんなことをすれば叱られると分かっていたのに……どうして?


「あはは。あは……」


 気づき彼は動かしていた足を止めた。


 バクバクと激しく動く心臓は今にも張り裂けそうだ。

 けれど彼はその心臓を無視して、潤んだ瞳で空を見上げる。


 遠くではペガサス騎士たちが激しい攻撃を行っていた。

 何と戦っているのかは知らない。もしかしたら反逆の類でも発生したのかも知れない。


 でも彼はその全てを無視した。


 何故なら気づいてしまったからだ。

 自分が何を求めていたのかを。


「俺が欲していたのは……」


 崩れるように荒れた地面に両膝を落とし、彼は空を見上げたままで涙する。


「欲していたのは家族なんだ」


 自分を捨てた家族ではない。

 願ったのは自分を愛してくれる家族だ。


 だから馬鹿なことをして……あれの気を引こうとしていた。

 少なくとも尻を貸している間は、あれは自分のことを好いてはいたはずだ。そのはずだ。


「それに今更気づくなんて……」


 自分の馬鹿さ加減に涙がこぼれる。


 少なくとも今日のあれは何と言ってた?


『屋敷に居ろ』だ。


 何かが起こると知っていたから注意を促していたのだ。それなのに馬鹿な自分は、


《帰ろう》


 泣きながら彼は立ち上がった。

 屋敷に帰って今までの非行を詫びようと決めて立ち上がった。


 ただ1つ誤りがあるとしたら……彼が居た場所が戦場とも呼んで差し支えの無い場所だっただけだ。


「あれは?」


 前方から飛んで来たモノが何かわからず、彼は棒立ちでそれを見つめる。

 物凄い速度で迫って来るモノ……それは彼の知らない物だった。


 女王の神輿。


 彼は何も知らないままにそれの直撃を食らい、腰から上の体を引き千切られて……こと切れた。




 右宰相の養子むすこ……リルブの一生は呆気なく終わりを迎えた。

 まるで自分が悪を振る舞うために殺してきた女たちと同じように意味のない死であった。




~あとがき~


 余り掘り下げると掘ってる辺りのことを書かなきゃなのであくまで浅くw


 ん~。出来ればもう少し彼の悪行を語りたかったんだけど、あんまりブラックすぎるとあれだし…何より最近の線引きがどのラインなのか分からないので。

 うん。書籍化でもして神聖国編まで発刊されたら思いっきり書いてやろう。


 実はこの物語は書籍用にあえて書いていない部分が多数あります。

 もし書籍化しないで完結したら…その部分を全部書くのも良いな。問題はそれだけで1年近く費やしそうな気がするけどねw




© 2023 甲斐八雲

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