眼福でしょう?

 神聖国・都の郊外



「誰に逆らったのかもう3回ぐらい尻を焼かれたら思い出すか? あ~ん?」

「くっ……殺しなさいよ!」


 姫騎士気取りか? 見上げた根性だ。


「だが誰が殺すかっ! お前は辱めを受けて無様な醜態を晒すのだ~! ノイエの前で屈辱にまみれて精神的に死ね~!」


 高笑いをしつつ捕まえているユーリカの尻をノイエが作り出す光の波へと向ける。


「あひ~ん」

「鳴け~! 豚のようにブーと鳴け~!」


 どうやらノイエの力によってユーリカは体の自由を奪われている状態らしい。重力魔法を使った分の魔力を返せと言いたい。

 よってこの背後霊は現在僕の玩具だ。全力で舐め腐った根性を叩きのめす。


「僕はノイエの旦那さんなのです! 旦那さんは常にお嫁さんと一緒に居なければいけないのです! それを分からない背後霊などこのままあの光の中に放り込んで成仏させてやる~!」

「そんな脅迫に屈する……本気で引っ張るな~!」


 有言実行な僕に嘘偽りはありません。

 このまま光の中に引きずり込んでこの幽霊を消し去ってくれるわっ!


 何より僕とノイエとの距離に文句を言う奴は老若男女問わず敵だ。絶対に許すことなどできない。これは聖戦だから女性への暴力も許可される。何より今のユーリカは幽霊だ。幽霊である以上どんなに暴力を振るっても問題はない。


 言い訳が必要ならばはっきりと宣言しよう! これは女性の形をした人ではない別の物である!


 これ以上ない言い訳が僕の中で成立した。完璧だよ!


 このままの勢いでこの幽霊を光の中に投げ込んでくれる。


 ええいっ! 無駄な抵抗をっ!


「ちょっと冗談じゃ……ノイエ~! 助けて~!」

「そう簡単にこの状況から脱することができると思うてかっ!」


 くたばれ悪霊よ!


 心の中で宣言し、ユーリカを光の方へ。


 しかしあっさりとユーリカは危機から脱した。

 いきなり光が弱まり彼女の傍から光が消えたのだ。


「……どうよ! これが私とノイエの仲なのよっ!」

「くっ」


 まさかノイエがこんな馬鹿姉を助けるなんて。


「伊達に毎日ノイエの背後から抱き着いて彼女の耳元で愛を語っていないのよ! お前なんかとノイエへの愛情を比べて欲しくないわねっ!」

「天誅!」

「あびっ!」


 ハリセンボンバーで変態な姉を成敗する。

 追い打ちも忘れない。力の続く限りハリセンを振るい続け。


 これはダメだ。世の中に出しちゃいけない類の変態だ。こんな変態な悪霊などやはり光の中で綺麗にする必要がある。


 つまりは逝け。


「お前のような変態がノイエの傍に居るな~! ノイエの何かが歪む~!」

「変態なんかじゃないわっ!」


 ハリセンを避け、両腕を広げたユーリカが真っ直ぐ僕を見る。


「愛よ!」

「お前の愛は重すぎて犯罪者レベルなんだよこの変態が~!」

「あび~!」


 再びのハリセンボンバーを脳天に放ち、悪霊の類であろうユーリカに正義の一撃を加えた。


 やはりダメだ。こんな変態をノイエの傍に置いておいたらノイエが毒される。危険の芽は早く摘んで捨てなければ。


「引っ張るな~!」


 今度はユーリカの股の間に体を押し込んで相手の太ももを両脇で挟んで一気に引きずる。

 このままの勢いでノイエの作り出す光の中へホールインワンだ。


「止めて~! 本当に消えちゃうから~!」

「知るかボケっ! お前のような変態はノイエのために消えろっ! ノイエの為なら喜んで逝けるだろ? 迷わずに逝け~!」

「いゃ~! もっとノイエの成長する過程を見続けるの~! 背後から手を伸ばしてノイエの体をまさぐって、」

「今すぐ逝けやっ!」


 全身全霊を込めて相手の体を持ち上げ振り回す。


 見よ! これがかの有名なジャイアントスイングだ。


「死して懺悔しろ! そして冥府魔道に転がり落ちてしまえっ!」

「いゃ~!」


 全力で投げ飛ばすが、相手の抵抗が著しく……地面の上に顔から落ち、それを支柱に半回転する。


「あひ~ん」


 また尻を焼くことになったユーリカが色気とは無縁な声を放った。


「ノイエ~! もう少し光強めで!」

「違うわノイエ! もう消して~!」


 僕とユーリカの別々な命令に……ノイエがフリーズする。

 2つ同時にこなすことのできないノイエならではのフリーズだ。


 だがその行動も織り込み済みだ。


「くたばれユーリカ~!」

「卑怯よ~!」


 知らないな~。むしろ誉め言葉として受け取っておいてやるわ!


 もう一度相手の足を捕まえて全力で振り回す。


「往生しろや~!」

「いや~!」


 完璧なタイミングでユーリカを放り投げると……空中で姉を捕まえたノイエがスタッと地面に着地した。


「ノイエ~」


 涙ながらに妹に抱き着く姉と驚愕の僕。


 まさかノイエが僕を裏切るのか?


 と、迷うことなく姉を地面の上に投げ捨て……『ぐうっ』とうめき声を上げる姉をスルーしノイエが僕に近づいてきた。


「アルグ様」

「はい」

「お姉ちゃんばかりズルい」

「……」


 彼女のアホ毛が『遊んで遊んで』と言いたげに揺れている。気のせいか?


「ならあの姉を……あれ?」


 振り向くとユーリカがその姿を消していた。

 どうやらノイエがお祈りを止めてしまったせいで姿を維持できなくなったか?


 何て根性の無い背後霊だ。


 出て来いよ! お前の尻に『変態』って焼き印を押してやるからさっ!


「ノイエ~。もう一回ユーリカを呼んで~!」

「嫌」


 僕の申し出にノイエは横を向く。


「疲れたから終わり」

「ノイエ~!」


 あの馬鹿にとどめをっ! あの変態に天罰をっ!




 無表情で拗ねるノイエのアホ毛が僕の頭をペシペシと叩いて来た。

『そのアホ毛捕まえて舐めてくれようか?』と思いながら視線を向けると『やんのか?』とアホ毛が迎え撃つ気満々なのでしばらくじゃれる。


 ノイエは残り少なくなった食料をハムハムしている。

 ぼちぼち救援物資をもらい受けないとノイエの燃料が尽きてしまう。


「水が欲しいわね。全身ベトベトだわ」

「アルグ様。水」

「……はい」


 やって来たマニカの服装と言うか何と言うか表現しずらい物凄い色香に見とれていたら、ノイエのアホ毛が僕の両手首を拘束し、高速ペシペシの刑を頭部に受けた。


 これは不可抗力だ。湯上りと言うか運動後の若干気怠い感じの超美人が、着崩れた服装のまま歩いてくれば大多数の男性が視線を向けるだろう。むしろ女性だって向けるさ。


 などと心の中で言い訳をしながら水筒を取り出す。


「遅いっ」


 何故かマニカに叱られ取り出した水筒は彼女に奪われる。


 頭から水筒の中身を浴びて……ノイエのアホ毛が僕の目を完璧に抑え込んだ。

 クルクルと一周どころか数周回って少しの隙間もない。完璧だ。

 だが一瞬の差で僕は見逃さなかった。頭から濡れる美人の衣服が透けて行く様子を。


 うん。マニカは危ない。色々と僕の中での何かが崩壊する。この人はこの一件が終わったら魔眼の中に戻って貰って二度と出て来ない方向でお願いしよう。


 ウチの可愛い番猫にお願いすればどうにかなるかな?


 今度ファシーに全力土下座でお願いしよう。


「で、あんな盛った男たちがこの国の隠し玉なの?」


 マニカの声に……僕への質問ですか?


 軽く首を傾げたら脛を蹴られた。


 目の前の美人は妹だけに優しいのですが?


「知らないよ。ただこっちに迫って来ていたから迎え撃っただけだけど……脛を蹴るな。こっちは完全に目を塞がれているんだ」


 笑いながら蹴るなって。ノイエさん。旦那さんがピンチだから目隠しをですね、


「ダメ。まだ見える」


 えっとノイエさん? そんな下心はありません。意外と蹴られている脛が痛いんです。


「ダメ」


 アカン。これは完全にノイエが拗ねている。


「分かったノイエ。これが終わった」

「温泉旅行。アルグ様独占」


 ……交渉材料がありませんな~。


「ならばもう一つ追加で」

「なに?」


 僕の根性を見せてやろう。


「一晩の僕のことをノイエの好きにしても、」


 スルスルとアホ毛が解かれ目の前にマニカが微笑んで立っていた。

 濡れたい服は体に張り付いて……


「眼福でしょう?」


 ノーコメントで!


 ゆっくりと彼女の右手が掲げられ……掌が、


「下種が」


 全力のビンタを頂きましたっ!




~あとがき~


 ついつい忘れがちですがノイエの背後には常にユーリカが居ます。

 もうベッタリです。べったり張り付いているレベルで常にハァハァしながらノイエを堪能しています。


 そしてノイエとの約束がとんでもないレベルになっているアルグスタは…生きて温泉から戻れるのだろうか?




© 2023 甲斐八雲

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