ペチャパイ赤毛魔女

 神聖国・都の郊外上空



「それでポーラ殿」

「何でしょうか?」

「失礼だがどうしてこのような場所に?」


 当然と言えば当然な質問に小柄なメイドの姿をした刻印の魔女は軽く考え込む。


 どうすればこの状況がより面白く、そしてスリリングな展開になるのか?


 出来れば後世に残るような刺激的な展開を期待したい。だってそっちの方が楽しいし。


「……実は女王陛下に呼ばれこの国に訪れた私たちなのですが、宰相様の謀略に遭いまして」

「謀略ですか? それは聞き捨て……いや待て」


 言葉遊びを選んだ魔女の発言にドミトリーと名乗る隊長が考え込んだ。


「失礼だがどちらの宰相がしかけた物か分かりますか?」

「さあ? 異国の者なので聞いた話をそのままとなりますが?」

「構いません」


 真っ直ぐな目で伝えて来る相手の僅かな動きを魔女は見逃さない。

 こちらの返答次第では攻撃魔法の1つでも飛んできそうだ。


『師匠よりも早く魔法を扱える人っているんですか?』


《居るわよ。あのペチャパイ赤毛魔女》


『……師匠の方が早そうですが?』


《まあね》


 ただ魔法の構成と言うか威力を求めつつの早打ちとなれば、相手の方が上手だと刻印の魔女は判断していた。

 あれの頭のキレは間違いなく天才だ。戦場で何億という魔法を使い修練を積んだ自分であっても絶対に埋めることのできない差がある。


 それは才能だ。


『悔しいけど才能だけならお姉さまの姉たち数人には叶わないわね』


《そうなのですか?》


『ええ。貴女も才能の塊だからこれからもちゃんと修練なさい。そうすれば私を追い抜ける日が来るかもしれないわよ?』


《頑張ります》


『まあ私を追い抜くとしてもその前に寿命が来るでしょうけど』


《師匠?》


 胸の内で弟子との会話を済ませつつ、刻印の魔女はゆっくりとその口を開いた。


「右宰相です」

「……」

「彼らのせいで一緒に来た兄や姉たちは化け物の住処に」


 軽く舌先を噛んで開いている片眼に涙を浮かべる。


「兄さまたちは私を逃がそうと……自分たちはどうなっても良いからと」


 作った鼻声で涙ながらに語りだす。


「私も抵抗したんです。ずっと一緒に暮らしてきた家族です。孤児だった私を拾い上げて実の妹のように可愛がってくれた兄と姉なのです!

 でも2人は逃げろって。私にこの箒を与えて宙に逃がし、2人は捕まりそして……酷いことを……」


 器用に箒の上に膝を着いて魔女は涙ながらに熱く語る。


 自分が兄や姉たちからどれ程愛されていたのか……自分がどれ程2人のことを愛していたのか。


 涙ながらに語ること暫し、余りにも相手のリアクションが無いので不安に酔って僅かに視線を動かし隊長の様子を確認する。

 フルフェイスのヘルムから涙が溢れるほど号泣していた。他の隊員たちも歯を食いしばって泣いていた。


「あ~。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ!」


 鎧の腕越しにヘルムを擦った隊長ドミトリーは腹の底から声を放って来た。


 余りの圧で後ろにもたれ掛かった魔女は、箒を移動することで倒れないように体勢を維持する。


「聞いたかお前たち!」

「「はいっ!」」

「あの男子好き変態爺は異国の、それもこんなに愛らしい少女から家族を奪ったのだっ!」

「あ~。いやまだ死んでは……」

「安心しろ!」

「はい」


 余りの圧に魔女は反論を止めた。

 ぶっちゃけ怖い。目の前の隊長が赤カ〇トを思わせる巨躯の人食い熊に見えるほどに怖い。


「予定変更だっ! むしろ予定通りだっ! やはりあの糞な右宰相を抹殺し後顧の憂いを断ってから目的の地へと向かうべきだろう! そう思うだろう!」

「「はいっ!」」


 完全に全員の目と気配が逝っている。飛んでいるというよりも逝っている。


『師匠?』


《……流石私ね。計算通りよ!》


 全力で内心震えつつも魔女は虚勢を張る。


 だって自分は魔女だもん。最強の魔女の1人だもん。最悪は緊急脱出を使えば良い。後のことは知らない。だって自分の身が一番可愛いから。


『色んな本音が垂れ流しなのですが師匠?』


《弟子だったら黙って受け流しなさい》


『……』


 沈黙しポーラは黙った。


「殺すぞっ! あの糞を殺すっ!」

「「うりぃぃぃぃ~!」」


 隊長の掛け声で部下たちが完全にトランス状態だ。


 違う。きっとこの人たちは右宰相を殺したいほど憎んでいたのだ。自分はただの切っ掛けを与えたに過ぎない。うん。それが正解。


 ……私ポーラ。永遠の5歳児。難しいことは分からない。


『現実逃避しないでください』


《煩い弟子》


『それに私は5歳児じゃありません。ちゃんと月に一度のあれが来る大人の女性です』


《はんっ! 大人の女性って言うのは異性のあれを生で味わった者が言う言葉なのよ。アンタなんてまだまだお子様よ。頭の上に卵の殻を乗せたヒヨコみたいなものよ》


『……これが終わったら兄さまの……』


 どす黒いオーラを溢れ出す弟子をスルーし刻印の魔女は色んな意味で覚悟を決めた。


 このまま下の戦場に足を向けても面白くはない。

 あのペットボトルの勇姿はちゃんとリスが撮影しているし問題無い。


「隊長さん」

「何だっ!」


 今にも全身の鎧を吹き飛ばしそうなほど力んでいる相手に魔女は、開いている片方の目をウルウルとさせて願うように胸の前で手を組む。


「兄さまと姉さまを助けてくださいっ!」


 騎士であったら言われてみたいであろう言葉をチョイスし、魔女は相手に向かい熱っぽく懇願する。


「お願いしますっ! 私はどうなっても良いから2人を助けてくださいっ!」


 どうやら効果は絶大だ。絶大すぎたかもしれない。


「安心しろぉ~! 必ずやあの~! 諸悪の根源たるサーブをぶち殺し~! 神聖国の城門に~! アイツの死体を100年は飾ってやるぅ~!」

「「うぃりぃぃぃぃ~!」」


 ペガサス騎士たちの一体感が半端ない。


 そして魔女は心の奥底から思う。

 5歩ぐらい……10歩ぐらいバックして生温かな視線で見守る分には面白そうな人たちだと。


「敵は何処だっ!」


 隊長の声に全員が辺りを見渡す。

 兄さまたちが行っている強制昇天はスルーされ、化け物の巣の方の騒ぎもスルーする。


「隊長! 都より右宰相の一派と思われる将軍の印がっ!」

「分かった~!」


 余りにも力み過ぎて隊長の二の腕付近の装甲が内側から弾け飛んだ。


「全軍直ちに攻撃準備っ!」

「「はいっ!」」

「休息など後で考えろっ! 全員ぶち殺してから休めば良いっ!」

「はいっ!」

「ならば、」


 隊長は馬首を巡らせ、正面に照準を定める。

 敵は都より湧いて出て来る右宰相の手勢だ。


「死体も残らないほど全員を焼き殺せ~!」

「「ひ~は~!」」


 空中なのにペガサスたちの蹄の音が轟きそうな……そんな勢いで全隊員が突撃していく。

 距離も照準も関係無しに空から放たれる魔法で、地上の部隊は大混乱だ。


「お~。見ろ~」


《何がですか?》


 唯一突撃せずにその場に踏みとどまった刻印の魔女は、生温かな視線で新たなる戦場と化した場所を見つめた。


 一方的な虐殺だ。敵は対空防御を想定していなかったのか?


 そう言われて見れば、確か都のペガサス隊はほぼ全部荒野へ向かい……姉さまは?


『あそこで涎を浮かべながらペガサスを見ています』


《気のせいよ。貴女のお姉さんはそんな賤しい人じゃないはずだから》


『ですね』


 今にも『じゅるじゅる』と言う音が聞こえてきそうなほど、その目を輝かせている姉から魔女は視線を外した。


「ん~」


『どうかしたんですか?』


「うん。たぶん気のせいだと思うんだけどね~」


 箒の上に立ち魔女は今一度辺りを見渡した。

 たぶん気のせいだ。気のせいだと思いたい。


「私も齢かしら? 最近ちょっとしたことが思い出せなくてね」


『師匠は前々から間違いなく齢ですよ?』


「……」


 弟子の容赦ない声に流石の魔女もプチっと来た。


「私ポーラ。最近の趣味はストリップなの~」


『脱がないで~! ってどうして下着から~!』


「あは~。この下から大事な部分を覗かれるかもしれないって言う緊張感にゾクゾクしちゃう~」


『止めて~!』


 脱いだ下着を地面に放ち、魔女は弟子への復讐の手を決して緩めなかった。




~あとがき~


 全部右宰相が悪いんや。

 男を、男の子を愛するあれのせいで自分たちは…。

 そんな訳でペガサス隊ことヴァルキュリアの乙女たちは、正義を得たので全員暴走ですw

 

 この国には真面目な人たちは居ないのか?


 と言うか平和が長く続きすぎて…内部腐敗って平和のダメな一面だよな~




© 2023 甲斐八雲

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