そういう美学は嫌いじゃないのよね

 神聖国・都の郊外上空



「ん~」


 流れる風は乾いているが気持ちが良い。

 だから自然と鼻歌を歌う少女に内なる存在が声をかける。


『気分良さそうね?』


「はい」


 返事をする声も自然と明るい。


 横座りした箒の上でポーラは、ゆっくりと地上の様子に目を向ける。


「師匠。あっちから土煙が」


『ん~。たぶんだけど都から軍隊的なモノが出て来たんじゃないの?』


「兄さまの敵ですか?」


『どうかな~。って箒の上に立って何を?』


「ここからならあの場所を氷漬けぐらい」


『止めておきなさい』


「ですが」


『味方だったらどうするのよ? お兄さまに叱られるじゃ済まないわよ?』


「……」


『私だったら最低でも1年以上は貴女のことを他人扱いの刑に処するわね』


「1年もっ!」


 そんな拷問などポーラは3日も耐えられない。むしろ1日目の夜には発狂してしまう。


 ストンと箒に座り直してポーラは自分が見つけた軍隊的なモノを見ない方向にした。


『それが一番よ。で、弟子よ』


「はい」


『前から言っていると思うんだけど箒は跨るものよ』


「ですが師匠もこうして」


『私は良いんです。淑女だから』


「なら私はメイドですから」


『便利な逃げ口上ね』


「メイドですから」


『まあ良いわ』


 弟子の体を軽く拝借して内なる存在……刻印の魔女は改めて辺りを見渡した。


 戦いの場所は大きく分けて2カ所だ。


 1つは宝塚が悪役のようだ。流石だ。ある意味似合っている。

 もう1つは弟子の兄や姉たちが……見ろ。人が汚物のようだ。


「出来れば全力で完璧に掃除したいです」


『あれを物理的に?』


 流石クレイジーユニバンスのメイドだ。あんな汚物を、


「いいえ。油を撒いて燃やし尽くす方向の」


『……そうね。供養だと思えば悪くはないわね』


 ただやはりR18になった。予想通りにエログロだ。


 だからこそ刻印の魔女は急ぎ確認を取る。


 録画は完璧?


 なら誰か1人くじ引きで負けた私を犠牲にしてモザイク処理をさせて。

 エロの方は程よく。グロの方はR15ぐらいで。


 くじを作るのが面倒臭い?


 なら私同士でじゃんけんでもしなさい。引き分けが100回越えた者からモザイク処理に向かうことにするけど?


 抵抗しないでさっさとくじを作れば良いのよ。じゃんけんだと終わりがないんだから。


「師匠?」


『ごめん。ちょっと色々とやることがあって』


「また魔道具の研究ですか?」


『それもしているけど今回のは純粋な研究かしらね』


「師匠は働き過ぎです」


『あはは。そんな風に言われるのっていつ以来かしらね』


 軽く視線を遠くに向け……ごめん弟子よ。ちょっと格好つけたいから体を貸して。大丈夫。こんな上空で服を脱いだりしようとはしないから。師匠を信じなさい。

 軽く視線を遠くに向け直し……箒で宙を舞う小柄な少女メイドはそれに気づいた。


 方角的に西だろうか? 何やらこちらに向かい飛んで来る。飛んで来ている。


『弟子。あれってもしかして?』


「はい。姉さまの大好物です」


『……』


 ペガサスを好物扱いするのはどうかと魔女ですら思うが、その姉は現在地上にて聖女と言うか巫女と言うべきなのか……その辺の力を発揮し、赤黒と白濁とした色が支配している場所を浄化している。


 ん? どうしたの? 左目担当?


 急な報告に刻印の魔女は耳を傾ける。


 あのチート姉はあれを『お祈り』だと主張しているって? どこの世界に強制的に昇天させるような力をお祈りだと言うの? 姉はそう主張していると? だから兄が彼女の背後霊の足を掴んで……あれ?


 絶対に何かおかしい物を見た気がする。確認するために刻印の魔女はその視線を兄に向けた。


 あの馬鹿兄はどうして背後霊の足を掴んでいるのよ?


 右目に居る私たち集合~。ちょっと知恵を拝借。


 あの聖域が原因かな?


 姉が作り出した力場によってあの背後霊が実体化しているとしたら辻褄が合う。たぶん。


 ほら御覧。私たち。あの醜き存在を……助けて貰ったのに『アンタは普段からノイエとの距離が近すぎるのよ!』とか言って、自分なんてべったり張り付いて常に姉さまの首元をスンスンしている変態が噛みついているわよ?


 そしてあの馬鹿兄も負けていない。重力魔法で地面に縛り付けて……普通あそこまでする? 尻をひん剥いて叩きだしたわよ?

 録画班。容量残ってる? ならば特別に録画を許可する。

 エロさが足らない? 大丈夫。これからの録画は何かの時のための脅迫材料として手元に置いておくだけだから。


 ほらほら。剥いた尻を姉さまの聖域に押し付けて……あれは絶対に物語の主人公になれないタイプよね。主人公の傍でバカをする道化回し担当でしょ?

 あんな馬鹿で異世界転移物とか書く作者が居たらこう言ってやるわよ。

『アンタ馬鹿?』ってね。


「ししょー」


『あ~うん。気持ちは分かるわ弟子よ』


 兄と慕う人物がこともあろうに死者に鞭を……死者の尻に焼き印を押し付けているわけだ。

 流石の妹様でも引くのだろう。


「早く私もあんな風に扱われてたいです」


『うん。知ってた。だから弟子よ? 一回お姉さんと真面目なカウンセリングをしようか? 大丈夫……たぶんまだ手の施しようはあると信じているから』


 純粋無垢だったこの子をここまでこじらせてしまった責任の一端ぐらいは私にもあるかもしれない……と思う魔女だった。


「ペガサスが着ました」


『ん~』


 ざっと見た限り50騎程度のペガサス隊だ。

 それなりに大きな部隊だと分かるが、何よりそれ以外の特徴を魔女は見抜いていた。


『弟子』


《はい》


『交代で』




「見慣れぬそのいで立ち。そして都の上空となるこのような場所に浮かんでいる理由を問おう」


 少女に接近したペガサス騎士たちは包囲を広げて彼女を取り囲む。

 と、横向きに置いている箒の上に紺色の衣装を身に纏った少女が立ち上がった。


 軽く白いエプロンの皺を伸ばし、頭上のカチューシャの位置を正して……箒の上に立つ少女は軽くスカートを摘まんで一礼した。


「お初にお目にかかります。私は大陸東部、ユニバンス王国に仕えるポーラ・フォン・ドラグナイトと申します。

 この国には女王陛下直々のお声がけを頂きやって参りました使節団の1人です」

「これは失礼した」


 先頭に立つ大柄のフルアーマーを身に纏っている騎士が、部下たちに警戒を解くように片手で指示を出す。


「自分は神聖国に属するペガサス遊撃隊の隊長をしているドミトリーと申す。平民の出で家名など持たぬ身である」

「これは丁寧に」


 相手の意図を察しポーラの姿をした魔女は、もう一度首を垂れた。


「実を申しますと私も元は孤児の出。現当主様のご慈悲で養女……ではなく義妹として取り立てていただいた身。ですから御緊張など致しませんよう」

「心遣い感謝する」


 フルフェイス越しに聞こえて来る相手の声は、何処か安堵染みて聞こえて来る。


「正直礼儀作法に疎くて……異国の使者を前にどう振る舞えば良いのか分からなかったところだ」

「そうですか。でしたら普段通りで……その方が私も緊張せずに済みますので」

「そう言って貰えると本当に助かる」


 言って隊長は部下たちに対しまた合図を送る。するとやはり正解だったと刻印の魔女は内心で頷いた。

 被っているフルフェイスの兜を外した騎士たちは全員女性だ。


「女騎士ですか?」

「ああ。この国では……まあそのなんだ」

「ご心配なく。我が国は比較的女性の地位が高い国なので女性騎士が普通に居りますので」

「そうか。それは羨ましい」


 フルフェイスのヘルムを被ったままで隊長はうんうんと頷いた。


「彼女らは魔法を使い騎乗技術にも優れているのだが、女性だからという理由で辺境の地での警戒任務を押し付けられている可哀想な者たちなのだ」

「そうでしたか。でしたら我が国に亡命しますか? ペガサス込みで再就職先をご案内しますが?」

「あはは。悪くないな」


 隊長は大いに笑い、そしてその太い腕を振るった。


「だが知っている。この国ぐらいであろう? 自由に空を飛べるのは?」

「はい」


 そのことをポーラも素直に認める。


 神聖国以外で空に存在する生き物の多くはドラゴンだ。蛇に羽根が付いたような感じのモノだ。それが大陸の各所に存在し空を支配している。


「だから我々はこの国でしか生きられないのだ」

「そうですか」


 ポーラは相手の生き方を尊重することにした。これから先、彼らが生きる場所を失う未来が待っていたとしても満足して消え行く運命を選ぶだろう。


《そういう美学は嫌いじゃないのよね》


『師匠?』


《私も趣味の人だしね》


『ししょ~』


 弟子の魂の籠ったツッコミを刻印の魔女は、心の内で華麗にスルーした。




~あとがき~


 フワリと上から周りを見たくなっちゃう刻印さんなのでした。

 で、主人公は…あの馬鹿は馬鹿なので放置で良いです。


 あれ? もうペガサス来ちゃいましたか?

 そうですよね…空に障壁は無いですから。


 困ったな~




© 2023 甲斐八雲

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