だったら足掻け! 根性を見せろ!
神聖国・都の郊外
止まらない。
小柄なドラゴンスレイヤーの突進が防げない。
女王に歯向かう愚か者たちの大半を誅殺し、戻って来た駒たちでは防ぎきれない。
所詮人間だ。仕方がない。
パンッと手にしている扇子を畳み女王アパテーはその顔に笑みを浮かべる。
邪悪に満ちた恐ろしい笑みをだ。
《勿体ない。随分と立派なモノを持っているが、我に逆らうのであれば……それともあの小娘を縛り上げて無理矢理に言うことを聞かせるのもまた一興か? 悪くはない》
ただ余りこの場所で時間を費やしたくはなかった。
何故ならば異国の使者たち……刻印の魔女の秘密を知る者たちを逃すわけにはいかない。
彼らが、魔女が知る不老不死の魔法はどうやっても手に入れたいからだ。
《我が不老にして不死となればこの国を未来永劫支配することができる。さすれば今までの生活を続けられるのだ》
まだ手にしていない全てに対し、神輿の上で女王は恍惚とした表情を浮かべる。
《あの愚かなる姉ばかりを祭っていた男たちを全て支配できる。あの顔と体だけが優れていた愚かなる姉に心酔していた男たちを全員、全員支配することが出来るのだ》
それは彼女にとっての喜びでしかない。
支配者となることは全てにおいて優れていた姉に勝利する証なのだ。
《ようやくだ。あの憎き姉を殺そうとしてまさか部下の裏切りに合うとは思わなかったが》
自身の無自覚からの過ちなど彼女は認めない。何故なら自分は失敗などしないからだ。失敗した場合は全て部下が悪いのだ。部下がミスをしなければ自分に失敗など起きることはない。
そして裏切らなければあの時に姉は死に、自分はこんなにも醜い……間違った容姿にはならなかったのだ。
《この国をまず支配する。そして次は》
探し出すべき人物は分かっている。
『旅人』と名乗ったあの人工的な造形美を思わせる女だ。
あの人物はふらりとやって来て……そしてこともあろうに自分の願いの1つしか叶えなかった。
許さない。自分の願いは全て叶えなければいけないのだ。
それが下々の務めだと言うのに、あの女は『貴女の場合、その底抜けの欲で身を滅ぼしかねない。だから注意した方が良いわ』などと抜かして姿を消した。
それも自分の財産の半分を奪ってだ。
許せない。見つけ出し全ての願いを叶えさせてから醜き男共にその体を弄ばせて無様に殺す。
《ただあれの医術とか言った技術は捨てがたい。なら》
薬でも魔法でも何でもいい。それらを使い従順な犬にするのも悪くない。
《ただ、まずは》
目の前に迫って来る愚かしいドラゴンスレイヤーを止めなくてはいけない。
本当に使えない駒たちを蹴り飛ばして突進して来る厄介な存在だ。
《仕方ない》
女王アパテーは扇子を開き、そして決められた場所で開くのを止める。
自分の中に存在する“あれ”を動かし……扇子に魔力を流してから閉じた。
《使えない駒たちはあの邪魔臭い存在と、》
ゆっくりと視線を巡らせる。
姿隠しで存在する薄い布を気にせずその姿を視界にとらえた。
姉だ。
丸ごと食らった姉と瓜二つの人物が居る。
美しい顔立ちが本当に腹立たしい。自分には無かった女王の証、あの顎の分け目が憎々しい。
《あれは必ず殺す》
嬲って嬲って身も心も破壊尽くしてから姉と同じように丸ごと食らい栄養にする。
邪悪な笑みを浮かべながら、女王は閉じた扇子を自分の掌にあてて音を発した。
パンっと。
ピクリと全身を震わせ駒たちが反応する。
どれも調教を施してきた駒たちだ。命じれば確りそれに従う。
強く指示を発すれば……思った通りに動き出した。
ドラゴンスレイヤーに蹴り飛ばされ動きを止めていた駒たちも動き出す。待機していた駒たちも動く。残っているのは神輿を担う者たちだけ。
後は全てあの2人……否、3人か。
本当に腹立たしい。貧相な少女を連れ歩き自分がどれほど優しいかを自慢して……あれは間違いなく姉だ。食らったはずだが何もかもが姉だ。
だが別に構わない。あれを含めて全てを食らってやる。
「小うるさいガキを数て押さえ込め。残りは姉とその貧相な少女を襲え」
声を出し彼女は命じた。
激高したドラゴンスレイヤーがその腕や足を武器にして駒たちの突破を計るが、お優しい姉を信奉しているせいだろう。その攻撃に威力は無い。一応あるが殺すほどの威力は放っていない。
ドラゴンスレイヤーの癖に情けない。
《確かあちらの物は防御に優れた……まあ良い。攻撃に優れた者は右宰相派の部下だ。そろそろあれも肥大した欲が面倒になって来た。我の言うことを聞かない駒など不要だ。ここで一回全てを一新し、我がこの国の頂点に立つ仕組みを作り上げなければ》
数で圧倒しドラゴンスレイヤーの動きは封じた。
自分たちに向かいやって来る駒の様子におたおたとしている姉の様子が滑稽で、
グシャッ
それは不意に飛んで来て地面に激突した。
人の大きさをした……皮膚のそれは爬虫類を思わせる鱗のような物で覆われている。
そしてよく目に付くのはその鱗を濡らす血液だ。人と同じ赤黒い色をしていた。
「どうしたどうした? 逃げるにしても、もっと根性を見せろ」
容赦ない言葉を発して歩いて来るのは人だ。女性だ。
スラリとした高身長のズボンとシャツを身に纏った男装しているのかと思わせる女性だ。
そんな人物はクルリと槍を振り回して地面に這いつくばっている人あらざる者に近づいていく。
「嫌だっ! 死にたくないっ!」
「だったら足掻け! 根性を見せろ!」
「うがっ」
容赦がない。背後から手にしている槍の穂先を怪我人(?)に向かい振り下ろす。
地面の上に新しい鮮血が広がり黒く染めた。
「あん?」
地面に這いつくばっている存在に数度槍を振り下ろした女性がようやく周りの状況に気づいた様子で視線を巡らせる。
が、また改めて槍の穂先を振り下ろした。
「せめて仲間の所に逃げるぐらいの根性を見せろ!」
「仲間などっ」
「居ないなら呼べ! もう10人は呼んで来い!」
無茶を言って一方的に足元の存在を蹂躙した女性は槍を止めた。
「で、アンタ」
「あっはい」
穂先を向けて来た女性に呆然と展開を眺めていたアテナが反応した。
「神聖国にはこれよりも強いのは居ないのか?」
「……え~」
『無茶を言う』そんな様子を表情に浮かべ……アテナは黙って神輿を指さした。
「あの神輿に乗っている御方はこの国で一番偉い人です」
「……周りは雑魚ばかりだが?」
やる気をなくした様子で槍の女性……カミーラが手にした武器で自分の肩を叩く。
「弱い者いじめは性に合わん」
「……」
カミーラの返事に何故かアテナは全力で頷いた。
「ご心配なく。その女王様を襲おうとすれば、きっと間違いなく忠臣が駆けつけることでしょう」
「ほう」
「その忠臣たちを叩きのめしていればこの国一番の強者が貴女の元へ! ……どうですか?」
「ふむ。まあ良いか」
地面に転がっている存在を蹴り飛ばし、カミーラは体ごと神輿の方を向いた。
「なら私があれを殺すまでにその忠臣とやらが来たら勝ちってことだな?」
「えっと……それで良いと思います」
何をしての勝ち負けなのかはアテナには分からない。
けれど相手はどうやらあのアルグスタの仲間のようだ。常識なんて通じないと理解している。
「まあ良い」
クルリと槍を回してカミーラは狂暴な肉食獣の笑みを浮かべた。
「お前はその小さな女の子をしっかりと守ってな」
「えっ? あっはい」
告げられてアテナは増々少女を抱きしめる。
その様子を肩越しに確認したカミーラは、気分良さげに頭上で槍を振り回した。
「妹分に姉が根性を見せているんだ。だったら私も少しは真面目にやらないとな」
宣言しカミーラが動き出した。
容赦を知らない女が現女王が乗る神輿に向かって。
~あとがき~
カミーラが鬼のようだw
まあカミーラは元々鬼ですけどね。
で、何故かカミーラがアテナと合流。
どうしてそうなった? ポーラのはずが?
© 2023 甲斐八雲
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