言葉に出来ない
神聖国・都の郊外
ゆっくりと辺りを見渡し息を吐く。
自然とこぼれた息はため息の類だろうか、それとも……。
大きく背伸びをし、ふと右手に溜ったままの存在に気づく。
口に運び軽く喉を鳴らして飲み込めば、転がる躯の中から馬鹿正直にうめき声を発する獲物が居た。
本当に男なんて馬鹿だ。少し隙を見せれば欲望に負けて正直になるのだから。
静かに立ち上がり近づけば、躯の隙間に埋まるようにそれが居た。
まだ若い。成人して間もない……神聖国の成人が何歳からか知らない事実にそれは気づく。まあ仕方ない。だってこちらは侵略者だもの。
「可哀想に……こんな風にされてしまって」
軽く手を伸ばし頭を撫でてやれば、相手はその手を両手で掴み激しく興奮した目を向けて来る。
きっと本能と本能とがせめぎ合っているのだろう。
体は激しく興奮しているのに、その目は震え恐怖におののいている。
本当に酷い行いだ。
「でも安心して」
普段見せない営業の笑みを相手に向ければ……相手の恐怖が消えて完全に興奮に支配されている。
ただ手を伸ばすばかりで動かないのは、きっと大勢の“仲間”たちに交じり殺到して来た時にでも踏みつけられたのかもしれない。
仲間を仲間と思わない存在もこの世には多く居る。
本当の妹ではないのに、純粋な目で『お姉ちゃん』と呼び慕う存在だって居る。
人間とは本当に不思議で謎多き生き物だ。
「大丈夫よ。このお姉ちゃんに身も心も委ねれば、」
掴まれたままの手をそのままに……女性はゆっくりと相手の周りに転がる躯を蹴り飛ばして空間を作る。
邪魔など許さ無い。地面を這うようにして接近して来る生き残りには、空いている手で自身の髪の毛を投げて飛ばし……パンっと綺麗に頭部を吹き飛ばしてやった。
「最初で最高の快楽を味わいながら穏やかに逝けるわ」
そう告げて……もしかしたら異性を知らない相手の上に跨った。
獣の咆哮が聞こえて来た。
ノイエにガッチリ後頭部を押さえ込まれているから確認できないが、先ほどから少年じみた声が辺りに響いている。
ぶっちゃけ獣の咆哮だ。若い獣が魂の叫びを上げ……断末魔の類にも思えて仕方ない。
え~っと。解説のノイエさん。貴女のお姉ちゃんは何をしているのですか?
「ぱんぱん?」
警告出しますよ?
「近づいて来る人の頭が花のよう?」
そっちの意味でのパンパンかっ!
「アルグ様はどっちの意味?」
それは聞かないお約束です。
「むう」
で、お姉ちゃんは残り少ない敵を倒していると?
「はい」
何故だろう? 納得できない自分が居るぞ?
そうだとしたら先ほどから響き渡っているこの断末魔のような声は何ですか?
「お姉ちゃんの椅子」
椅子?
「はい。アルグ様が好きなの」
僕が好きなのはノイエだよ?
「はい」
嬉しそうに後頭部を押さえ込む力を強めないで。
何故君は僕の顔をグイグイと危険な三角地帯へ導こうと?
無理ですから。この角度だと首がゴリッと大変な方向を向いちゃうから。
「アルグ様なら大丈夫」
流石に首は無理です。
「平気。我慢する」
意味が分からないって。
それよりマニカが椅子にしてて僕が好きなの?
「踊りの人が特に好き」
あ~……あ~。納得したけどちょっと待てノイエ。
「なに?」
ノイエの場合はいつも僕を押し倒して、
「でもアルグ様好き」
うん。好きだけどね。好きだよ?
「踊りの人はいつもそう」
あれはレニーラが動き回るからであってですね。
「青い人も」
あっちは完全にマウントポジションですから。僕を上から支配する系です。
「ファは逆」
ノーコメントで。
「小さいのに大きい人も椅子になる」
だからノーコメント。
「アルグ様は揺れる、ひゃんっ」
太ももの内側を舐めてノイエの暴走を止める。
それ以上の発言は大変に危険です。
何故ならノイエの中の人たちが境界線を見つけ出そうとしたらどうするんですか?
僕の今後が、命的な何かが危なくなるのです。
「黄色い人は半々?」
ノイエ~! 勝手に境界線を暴露しないっ!
「赤い人は、ひゃんっ」
より内側を舐めてノイエの暴言を止める。
それ以上の発言は危険です。危険すぎて僕が死ぬ。
「アルグ様」
何でしょう?
「胸だけ見るのはダメ」
まさかのノイエからそんな言葉がっ!
「全部見て」
あ~。つまりノイエは全部見て欲しいと?
「はい」
本当に?
「はい」
恥ずかしくない?
「慣れた」
ふむ。そう言われるとノイエが恥ずかしがったのって……初夜の時だけですかね? それ以降慣れるってどうなの? 適応能力高すぎるでしょう?
「あれ以上に恥ずかしいことはない」
ほほう。お嫁さんよ。今のは僕に対する挑戦と受け取るぞ?
「どんと来い」
言ったな? ならば帰国したら温泉休暇だ。ノイエが恥ずかしくなるまで辱める。
「負けない」
ならばあらゆる手を使いノイエを辱めるとしよう。
で、ノイエさん? 先ほど若い獣の本当の断末魔が轟いた気がするんですが?
「頑張った」
誰が?
「誰?」
つまりマニカの相手をした存在ってことね。南無南無。
「なむ?」
御祈りの言葉かな? この世界ってそう言うの聞かないよね。
「お祈り……知ってる」
ほほう。ノイエがですか?
「失礼」
だってノイエだもん。『牛タンロースにカルビ』とか言い出しそうだし。
「それはご飯の時」
言ってたんだ。
「豚も鳥も好き」
魚も食べなさい。それと野菜。
「野菜嫌い」
はっきりと拒絶しないの。
「むう。カミューが食べなくて良いって言った」
あの諸悪の根源たる馬鹿姉に邪神の類でも良いから天罰をっ!
「カミューは悪くない」
悪いです。最悪です。むぎゅっ。
「カミューの悪口は、ひゃんっ」
押し付け攻撃は舐めて回避します。それ以上は延髄がバキッとなるから。
「あれは痛い」
経験があるの?
「何度か」
こわっ!
それでノイエさん。
「なに?」
お祈りって?
「……言葉に出来ない」
名曲調で誤魔化さない。旦那さんに嘘を吐くのですか?
「嘘じゃない。でも」
でも?
「アルグ様を放すことになるから嫌」
放しなさい。いい加減。
「まだ」
あと何人?
「えっと……」
ノイエの上半身が動いたような? 遠くから『ノイエありがとう』と言うマニカの声が……何をしたの?
「お姉ちゃんの手伝い。石を投げて教えた」
あっそう。それは石を食らった人がお亡くなりになるような?
「違う。近くを狙った」
流石ノイエだ。
「あっ」
あっ?
ふとノイエの手が退いて……解放だ~! 自由だ~!
立ち上がって全力で背伸びをする。大きく息を吸うとたぶん体に良くない臭いで胸がいっぱいになりそうだから深呼吸は我慢です。僕は我慢の子です。
いつも通りバネ仕掛けの人形を思わせる動きでノイエがスッと立ち上がり、僕の横を過ぎて背後に声をかける。
「お姉ちゃん」
『大丈夫よ。少し疲れただけ』と返事が。だが振り返らない。振り返ればきっと無残な……全面モザイク必至の映像が待っているに違いない。
僕は場の空気を察する人ですから。絶対に振り返ったりはしない。
「アルグ様」
「ほい?」
遠くを見る僕にノイエが声をかけて来る。
横から腕に抱き着いてスリスリと甘えて……どうかしましたか?
「お祈り」
「あ~」
解放されたことで一瞬忘れていたよ。
「でも」
「でも?」
「あれ疲れる」
「はい?」
甘えたノイエが僕から離れ……振り返らないで済む位置に移動する。
うん。そっちなら平気です。出来たらもうちょっと右かな? 逆だね。そこそこ。
「足場が」
言って足を振り上げたノイエが踵で地面の石を割る。
何度かそれを続けて……あっという間に平らな土地が出来上がった。
「見てて」
「はい」
目を閉じてノイエがゆっくりと顎を持ち上げる。
僕にキスをせがむように姿勢にも見えるがちょっと違う。口を真一文字に閉じている。鼻で呼吸をして……臭くないのかな?
ただ見てて分かる。独特な呼吸法なのだろう。
それをしばらくやったら……ノイエを中心に光の波が広がりだした。
目に見える光だ。眩しいと言うよりも温かな感じがして辺りに広がって行く。
と、ノイエが軽く爪先でステップを刻み閉じていた唇を開いた。
「~♪」
『あ』とも『は』とも聞こえる独特な鼻から抜けるような高い音。
その声に反応して、ノイエを中心に増々光が……あれ?
気づけば彼女の背後で珍しい生き物がのたうち回っていた。
ユーリカとか言う筋金入りのストーカーだ。死んでもノイエの背後霊をしている剛の者だ。
そんな過保護の極みがノイエの背後で陸揚げされた魚のように……おいおい。馬鹿よ。消滅する前にこっち来いって。
仕方なくユーリカの回収に向かった。
~あとがき~
マニカ対改造兵は…マニカの圧勝です。
ですがその闘いの風景が言葉に出来ないってどんな嫌がらせですかw
で、久しぶりと言うか覚えていますか?
ノイエさんってば『聖女』の血を引く今代の聖女なんですよ?
だから彼女が御祈りを捧げると、背後霊がのたうち回るのですw
© 2023 甲斐八雲
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