これ以上幻滅させるなよ
神聖国・都の某所
「まだ見つからないのか」
右宰相サーブの言葉に控えている部下たちが全身を震わせる。
彼が求めているのは存在は2人。
1人は左宰相ゴルベル。もう1人は息子であるリルブだ。
前者は姿を隠しているから見つけるのは難しい。それでも都中の衛視に命じて捜索している。
そして後者は屋敷に戻るよう命じたのにもかかわらず屋敷に戻っていなかったのだ。左宰相の一派が拉致したかもしれないと捜索を進めている。
サーブは一度椅子に座り直し、苛立たし気に机を叩く。
全体的に上手くいっているはずなのに、何かが少しずつズレている状況に苛立ちが止まらないのだ。
何度か机を叩き、置かれている資料に目を向ける。
「サーブ様」
「何だ?」
駆けこんで来た部下の1人が机を挟みサーブの前で跪いた。
「リルブ様の行方が判明しました」
「そうか」
イライラした様子でサーブは部下に目を向ける。
「あの馬鹿は何処に? 娼館か?」
「いいえ。どうやら悪獣の巣へ」
「……あの馬鹿者がっ!」
怒りの余りに立ち上がろうとした彼は机に足を打ち付け動きを止める。
心配した部下たちが駆け寄ろうとするがそれをサーブは視線で制した。
「悪獣の巣に兵を向かわせろ」
「ですがあの場所には改造兵を」
「構わん。あの馬鹿を生きて回収してくればそれで良い」
多少の怪我など構わないと言いたげな宰相の言葉に誰も反論などできない。
「……いや待て」
だが椅子に座り直したサーブは部下たちにそう声をかけた。
「ゴルベルの捜索に半数を割き、残りは全て悪獣の巣へ向かわせろ」
「失礼ながらその意図は?」
質問をしたのは将軍の1人だ。
現状サーブに尽くす最も優れた武官の1人とも言える。
「ふむ」
背もたれに背を預け、サーブは自分を見ている部下たちを正面から捉える。
「現状あの場所には改造兵が向かっている。気づけば大半の者たちが都へ逃げて来るだろう。だが我々としてはあの場所に居る者たちには出来る限り死んで欲しい」
都に居る有力者と女王が居ることが分かっている。
「悲しいことに左宰相が派遣した改造兵たちが悪獣の巣で悪行の限りを尽くすだろう。だが我々としてはそんな恐ろしい者たちが都に向かうことを阻止しなければいけない。つまり都と悪獣の巣との間に防壁を作る必要がある」
そして顔にヒビが走ることを気にせずサーブは笑う。
「迫り来る“改造兵”は全て討ち取らなければならないだろう?」
「……つまり必要であれば包囲殲滅しても構わないと?」
「うむ。改造兵たちを全て悪獣の巣に叩き落とすことも視野に入れるべきだろうな」
「ですが」
会話をするサーブと将軍との間に口を挟む者が居た。
「それではリルブ様が?」
「それか」
サーブは忘れていたと言いたげに視線を向ける。
「構わん」
「……構わないとは?」
「言葉の通りだ」
軽く頷きサーブは言葉を続ける。
「言うことを聞かない駒などもはや無用だ。少々厄介ではあるがまた代わりを探し出せばよい」
「「……」」
決定事項だと言いたげな言葉に部下たちは言葉を失う。
余りにも簡単に人の命を見捨てる主人に恐怖を覚えたのだ。
「さあ動け。これ以上幻滅させるなよ」
「「はっ」」
恐怖に駆られ部下たちは命令に従うしかなかった。
都の地下
「ゴルベル様。ここは?」
珍しそうに辺りを見渡す連れが我慢できなくなったのか遂に質問をして来た。先を歩く彼は足を止めて振り返る。
湿気が多い場所なので自然と噴き出る汗を拭うが、そのせいで手にしているランタンが大きく揺れ、2人の影が波打つように歪んだ。
「お主はここは初めてか?」
「はい」
「そうか」
何処か考え込むようにしゴルベルと呼ばれた男は、また足を進ませる。
現在2人が居る場所は神聖国の都に存在する地下道だ。
本来なら下水道として作れた物であるが、その中の何本かに通路が作られ人が通れるように出来ている。
「こんな道を作ったのは工事関係者が行き来する為であったのだが、ここには我らが主人が暮らしている。故に隠し通路が必要だと言うことでな……過去の女王がその内の1つを整備したのだ」
「ここがですか?」
ひと1人通れるぐらいの側道を歩く彼は自分の足元にランタンの火を向けた。
石畳で整備されている足元は確かに人の手によって作られたものだ分かる。
「ですがこの道を作った者が口外すれば?」
「まあ普通はそう考える」
秘密の通路が明るみになるのは大半が作った者の裏切りだ。
指示を守らず地図を残し、それを子孫が他者に売る……それを阻止する方法は至極簡単だ。
「関係者を集めて皆殺しにした」
「それは?」
「と言う話ではないので安心しろ」
「ゴルベル様?」
「カカカ。冗談だ」
背筋を伸ばし確りとした足取りで歩く人物はもう老人と呼ばれる年齢に手が届いている。けれど彼は昔から自身の体を鍛え続けて来た。
神聖国では肥満は富の象徴と呼ばれているが、それはあくまで太っている者の言い訳でしかない。事実両宰相は筋肉質と痩身だ。決して太ってはいない。
ただ豊かな者でなければ贅沢は出来ないので、太っている者が裕福だと言うのはあながち間違いではない。
「この工事は外部に発注しておらんと言う」
「外部に?」
「そうだ。もう少し行けば……あれだ」
前を行くゴルベルは自身が持つランタンを前へとかざしそれに明かりを向ける。
後ろを続く人物……ブゲイは主人の広い肩幅を避け、進行方向に存在するモノを見た。
「石像ですか?」
「ゴーレムという物らしい」
歩き近づく2人に対し、ゴーレムと呼んだ丸っこい石を何個もくっ付け人型としたような石像がゆっくりと動き出す。
「動きましたがっ!」
「ああ。これは番人も兼ねているのでな」
足を止めゴルベルは動き出したゴーレムに対し何やら言葉を放つ。
すると番人は最初に居た位置に戻り動きを止めた。
「今のは?」
「うむ。これに仲間だと伝える言葉だな。それを知っていれば誰でも止められるらしい」
「……大丈夫なのですか?」
言葉を知っていれば誰でもという部分にブゲイは不安を覚えた。
「あはは。だが難しいぞ? 何でも三大魔女が魔法の詠唱の訓練のためにと残した古代語だ」
「古代語ですか?」
『じょげむ』だか『じゅげーむ』だかで始まった言葉をブゲイは完全に聞き取れなかった。
ただそれが古代語と言われれば納得する。あれは普通に使う言葉と違い聞きなれていないせいか発音するのが大変に難しいと言われているからだ。
「そうだ。故に知る者が居たとしてもそう簡単に扱えない。何より順番などを間違えるとまた最初からだ。のんびりしていればゴーレムの石の拳が顔面に炸裂する」
動きを止めたゴーレムを見つめていたブゲイは、相手の言葉に恐怖し急ぎその場を離れた。
「……ちなみにその威力は?」
「カカカ。人の顔がパンッと弾けるぐらいだ」
つまり即死だ。そんな拳など食らいたくはない。
「あれはこの側道を作りそれ以降あの場所で番人をしている」
「そうなのですね」
再度ブゲイは振り返り、ゴーレムが自分たちを追って来ないことを確認した。
ようやく胸を撫で下ろし……そんな彼にゴルベルは言葉を続ける。
「ちなみにあれはあと何体か居る」
「居るのですか?」
「あたり前であろう? 一体だけで安心する者が何処におる」
「……」
言われて見ればその通りだ。
「ああ。それとあれは空を飛んだり横の水道を泳いだりして回避しようとする者にも攻撃をする」
「するのですか?」
「あたり前であろう? 避けられたら終わりでは番人は務まらん」
確かにだ。ただ石の塊であるゴーレムがどうやって攻撃するのか。
「どの様に攻撃を?」
「ん? ああ。ただ腕の先の石を投げて飛ばしてくる」
「……」
「恐ろしいぞ? 物凄い勢いで飛んで行ってほぼ絶対当たるのだからな。運よく避けれて次弾が来る。二発目を避けた者を見たことはないな」
「そうですか」
唾を飲み込みブゲイは前を行く主人との距離を近くした。
はっきり言って恐ろしい。何より先ほどの言葉を言える気がしない。
「……ゴルベル様?」
「何だ」
「先ほどからご説明をされていますが、」
そう主人はさきほどから説明してくれるのだ。
ゴーレムの攻撃方法を……まるで全て見たかのように。
「……何でもありません」
「そうか」
ただ肩越しに向けられた主人の視線に彼は押し黙った。
ゴルベルは比較的優しい人物だと周りから言われている。が、そうではないことをブゲイは長い付き合いから知っている。
それに現在の彼が望んでいるのは、この国一の大罪人となることなのだから。
「さあ急ぐぞ」
「はい」
~あとがき~
何だろう? 本当にかみ合わないな~w
各々が自分がしたいことをする結果、リアルタイムでずれが生じるんですよね。
何せ通信機的な物がとにかく乏しい世界なので、連絡手段って…狼煙とかだし。
まあこの両宰相は最初から見ている方向が違うからこうなるのは当たり前なのですが。
ちなみにゴーレムの停止ワードは『寿限無寿限無…』をフルで言えれば止まりますw
© 2023 甲斐八雲
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