不老不死の魔法を

 神聖国・都の郊外



「なぜ……?」


 地面に座り込みクレオパンドラは空を見上げた。


 自身の体には薄っすらと霜が積もり、祝福の1つである『粘着』が防がれている。

 戦っていて分かったことだが、きっと相手は天才なのだろう。


 こちらがどんな攻撃を仕掛けても二度目には対応して来る。初見で殺せなければ勝ち目がない。

 だが防御に長けているせいで初見殺しも難しい。故に殺せない。殺すことができない。


 クルリと氷の鎌を回し、ポーラは力尽きている相手に目を向ける。


 様子からして悟ったのであろうことは理解できる。

 自分の実力では勝てないと……こんなに弱い相手が大国の最精鋭なのはポーラとして理解できないが仕方ない。


「それでまだ続けますか?」


 一応の勧告はする。相手から降伏など得られないことは理解している。でも一応はする。

 問題はこの後だとポーラも理解していた。


 こんなにも弱い存在を殺めるのには抵抗がある。弱い者いじめでしかない。

 だが相手は殺さなければ復讐を諦めないタイプの人間だ。


 首を狩り取るしかない……ポーラはギュッと鎌の柄を握りしめた。


『はいはい。そこまでよ~』


《師匠?》


 胸の奥から響いて来たのは師である人物の声だった。


『そこのババアの首を刎ねるとお兄さまに嫌われるわよ?』


《ですが》


『良いから良いから』


 そっとポーラは右目を閉じた。


「それて降伏するの? それともまだ続ける?」

「……」


 相手からの返事はない。ただ空を見上げ……


「クレオ……さまっ!」


 絞り出すような声にポーラは視線を巡らせる。

 地面の上に座り込んでいた彼女の部下らしい男性が、自分の足を叩いて立ち上がろうとしていた。


 だが疲労が著しいのか、簡単には立ち上がれない。それでも彼は必死の形相で声を上げる。


「クレオ様っ! キレてるよ!」

「……」


 1人の声に座り込んでいた男たちが顔を見合し、また1人そして1人と立ち上がろうとする。

 その数は約半数ぐらいか。


「必死に頑張っているところ悪いんだけど、それ以上無理すると死ぬわよ?」


 片目を閉じたメイドは、クルリと鎌を回して頑張る男たちを見る。


「どう見てもそのババアの祝福は他人に無理を強要する類のモノだしね。何より命を賭して応援するほどの人物なの?」

「「……」」


 立ち上がる素振りを見せていなかった者たちが、ズリズリと地面に尻を擦らせ逃げるように移動していく。


 それが本来の正しい人間の姿だ。

 誰よりも生き残ることを欲するのが人間の本質だ。


 けれどその本質を捻じ曲げてしまう者も居る。


 逃げることなく立ち上がった部下たちは、各々自分の足を叩き歯を食いしばる。

 誰もが必死だ。必死になることを間違っている。


「本当に馬鹿ね。あんな風に無様でも逃げることの方が私は正しいと思うけれど?」

「それでもだ」


 最初に立った人物が声を張り上げた。

 唇の端から滴り落ちる血液が見れる。唇を噛んでいるのだろう。


 あのババアにそれほどの忠誠を見せることが“ポーラ”は不思議に思えて仕方が無かった。


「まあそういう根性物も嫌いじゃないのよ」


 告げてメイドは爪先で地面を軽く叩く。

 自身の背後に氷柱を作って迫り来ていたババアをけん制した。


「ねえ知ってる?」


 肩越しに振り返りメイドは告げる。


「ユニバンス王国のとある一部のメイドを背後から襲うことが出来るのは、そのメイドが“主”と心から認めた者だけらしいわよ?」


 何故か襲い掛かろうとした体制のまま動きを止めていたババアの表情が驚愕へと変わる。


「だからこの子を背後から襲えるのはお兄さまだけ。後は全員、」


 笑顔が冷たい物へと変わる。


「殺しちゃってもいいみたい。弟子が言うには」

「何のことだっ!」


 吠えてババアがまた全身を使いポージングを決める。

 だいぶ祝福の効力を失っているのか、元の枯れ木のような肉体に戻りつつあるがそれでも構えた。


「お前たちっ!」

「「はいっ!」」

「声を、この私を応援しなっ!」


 叫ぶババアに男たちは声を揃え声援を飛ばす。


 自分の命を燃やす男たちが、1人また1人と倒れて行く。


 その様子は見ていられるものではない。

 穴という穴から血を吹き出し……愚かしい行為だ。


「で、どうするの?」

「決まっているっ!」


 全身を力ませ、ババア……クレオパンドラは腰だめに構えた。


「お前の首を捩じ切ってやる」

「あっそ」


 握っている鎌を振るい作り出した氷柱を薙ぎ払う。


「なら特別に相手をしてあげる」

「もう勝ったつもりかっ!」

「勝ち確なんだけどね」


 軽く肩を竦めるメイドにクレオパンドラは全身全霊の拳を打ち放った。

 ただメイドはその攻撃を欠伸交じりで受け流す。


 魔道具である握っている棒から氷の刃を外し、卵サイズに戻った本体をエプロンの裏に戻す。と同時に流れる動作で宙に文字を綴り……そして両眼を開いて右手を構えた。


 親指と人差し指を立てて残り三本を曲げ、鉄砲のように見立てる。


「もうそろそろ終わりましょうか?」

「っ!」


 拳を振り抜いた相手が体勢を戻し、そして驚愕に両眼を見開く。


 左目を閉じ、照準を定めるメイドの……右目を見てクレオパンドラは気づいたのだ。

 相手の正体を。


「刻印の?」

「正解」


『バンッ』と唇を動かし綴っておいた魔法を放つ。


 直撃を受けたババアは全身を震わせ、その体を焼かれ……焦げた皮膚から煙を立ち昇らせた。


「ふっ……またつまらぬモノを撃ってしまった」


 どこぞのガンマンのような決め台詞を発し、ありもしない帽子のツバを銃身に見立てた人差し指で押し上げる。


「で、私に用がありそうな表情をしていたけど?」


 構えをといてメイド……刻印の魔女はまだ死んでいてない相手に声をかけた。


「……本当に?」

「ん? ああ。まあ一応本物よ? 証明するとしてもこの目の模様ぐらいだけど」

「ほんとうに……」


 確実に命の火を失いつつある人物は、壊れたように笑い出した。


「教えろっ! 魔女よ!」

「何を?」

「決まっている!」


 持ち上げた相手の顔は完全に焦げつき、焼かれた両の目は破裂したのか元の形をしていない。

 ただ焦げた何かが詰まっているようにしか見えないのだ。


 それでも絶命寸前の人物は吠える。自分の命と引き換えに。


「不老不死の方法だっ!」

「……」


 血だか灰だか良く分からないモノを口から飛ばす相手に、魔女は冷ややかな目を向けた。


「そんなものあるわけないでしょうが」

「嘘を言うなっ! ならどうしてお前は生きているっ!」

「ん? そんなの決まっているでしょう?」


 ヘラヘラと肩を竦めて魔女は笑う。


「人間辞めてるからよ」

「なら私もっ!」

「それでどうするの? また私に挑む?」


 その問いに相手は何も答えない。前のめりに崩れ落ち……顔を地面に押し付けて呟き続ける。

『死にたくない。死にたくない』と。


『師匠?』


「この手の生き物って本当に見てて嫌になるわよね」


 呆れながら魔女は自分の胸の前で手を合わせた。

 パンっと音を発するほど力強くだ。


「だったら特別に見せてあげるわよ。不老不死の魔法を」


『そんなものが?』


「あるのよ。と言うか貴女の姉さまのお姉ちゃんの1人が使うんだけどね」


 本当にあれの姉たちは規格外が多くて困る。


 作った自分が言うのも何だが、あの魔法を操る人間が出て来るとは思っても居なかった。


「喜びなさい。貴女が願う通り不老不死にしてあげる」


 両手を広げ……そして魔女は詠唱した。

 人を不老不死の存在に変えてしまう最も恐ろしい魔法を。


「石棺」


 そして1人の人間が石へと変わった。


 決して朽ちない、そして老いない存在へと。




~あとがき~


 作者、絶不調の状態で頑張った。

 ヘロヘロだ。途中で何度も意識が飛んだ。マジで。


 ポーラとババアの戦いはポーラの圧勝です。

 バトルシーンを書くまでもなく…ポーラの方が何段階も上ですから。特に大人バージョンは。


 で、石棺の魔法って覚えている人いるのかな?


 究極の封印魔法です。対象者を石ころにしてしまう恐ろしい魔法です。

 現状扱えるのは刻印の魔女とシュシュだけです。刻印さん的にはシュシュは封印の魔女を名乗っても良いぐらいの逸材です。

『めんどう~だぞ~』と言って逃げるでしょうがw 現在ドロドロのタール状ですがwww


 石棺の注意書きに『不老不死に至ろうとして作られた失敗魔法』とあるんです。作者の制作メモにはね。なので刻印さんが使ってみせたのでしょう。

 不老不死を望む者の末路がどうなるのかを




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る