昔話ですか?
ユニバンス王国・王都王城内
「これは先生」
室内の清掃をしていたメイドは気配を発せずにやって来た女性に対し首を垂れた。
部屋にやって来た相手は先代メイド長であるスィークだ。
ある時より喪服のような黒いドレスを纏うようになり、メイド服姿の方が珍しくなっている。
「この様なお時間にどうして?」
「国王に捕まりましてね」
「陛下に?」
首を垂れているメイドに対し片手で顔を上げるように示し、スィークはソファーに腰かけた。
窓に視線を向ければ空には夜の色が広がり星が見える。
「現メイド長が何故この部屋の清掃を?」
「はい」
現メイド長……フレアは手にしていた書類の束を机に戻す。
「ウチの不出来な妹は整理はできても掃除などはできませんので」
「それは」
口に手を当てスィークは小さく笑った。
大貴族であるクロストパージュ家の娘がちゃんと掃除できる方がおかしいとも言える。
つまり目の前に居る“現”メイド長がおかしいのだ。
「先生はどうしてこちらに?」
「ええ。国王にせがまれて昔話をしていたら足がこちらに」
「昔話ですか?」
目の前の人物が自分の過去を語りたがらないことをフレアは知っている。故に珍しい彼女の言葉に軽く戸惑いを覚えた。
「わたくしも過去を語る程度に老いたということですよ」
「ご冗談を」
老いてもますます盛んな人物だ。
報告では先日からドラグナイト家の若いメイド見習いを厳しく躾けていると聞いている。余りにも厳しすぎて周りのメイドたちが止めに入るほどだとか。
「先生はまだまだお若いです」
「まだまだ?」
「……永久にお若いかと」
「冗談です」
現役メイド長の背筋が凍り付くような視線を飛ばししてくる人物の冗談は……受ける方の寿命を大きく削る。
生きた心地がしなかったフレアは、内心で大きく息を吐いた。
「ねえフレア」
「はい」
「アルグスタたちは元気にしていると思う?」
「あの人たちは何処に行っても元気ですよ」
「そうかしら」
「はい」
2人の居る部屋の主……ユニバンスの問題貴族アルグスタは現在大陸の西部に居る。
大国である神聖国で暴れているはずだ。あの人たちが忍だなんてことはあり得ない。それを良く知るフレアは胸の内で断言する。『神聖国も可哀想に』と。
「きっと明日にでも何かやらかしたという報告が来るかもしれません」
「それはそれで恐ろしいことですが……」
スィークは主の居ない机に視線を向けた。
容赦なく書類の山が鎮座しているが、先日来た時も同じ量の書類が居座っていたはずだ。
増えていないのはどんな理由が……たぶん聞けば怒りたくなるようなカラクリだろうからと気づきスィークは視線を背けた。
「ただあの国は本当に性根が腐っているので、アルグスタたちが嫌な思いをしていなければ良いのですが」
「性根が?」
「ええ」
小さく息を吐きスィークはまた窓の外を見た。
「選民思想というのか……どうも上に立つ者が勘違いをする傾向が強く」
「威張り散らすと?」
「その方がまだ可愛いぐらいです」
「それは確かに」
厄介だ。純粋にフレアはそう思う。
あの問題児の前でそんなことをすれば……絶対に暴れる。間違いなく暴れる。
「神聖国もお気の毒に」
フレアの呟きにスィークは小さく笑いソファーから立ち上がった。
「お帰りですか?」
「ええ。わたくしが居たら掃除が終わらないでしょう?」
「急ぐ必要は無いのですが」
「ふむ。逢引きですか?」
「先生」
頬を赤くし言い返してくる相手にスィークはゆっくりと歩き出す。
「確か正妻がご懐妊だとか。2人目を作るには良い機会とも言えますね?」
「先生っ!」
メイドらしからぬ表情で怒る相手にスィークはこれ以上の揶揄いは遠慮することとした。
「ですが本業は疎かにせぬように、貴女なら出来ると信じていますが」
「……はい」
女性からメイドに戻りフレアは小さく頷いた。
その様子を見、スィークはゆっくりと歩き出す。
「まあアルグスタならばわたくしが出来なかったことを成し遂げてくれると信じていますが」
「先生。何か?」
「いいえ。何でも」
ゆっくりとスィークは部屋を出て行った。
翌日ユニバンスからもそれが目撃されることとなる。
大陸の西……神聖国が存在するであろう方角から天へ向かい立ち昇る七色の光を。
~あとがき~
ユニバンスでのスィークとフレアの会話でした。
現状作者さんの体調がすこぶる悪く、挙句に寝違えて頭痛が止まりません。
本格的に枕をどうにか…あれ? 寝違えた時っていつもソファーで寝ていたような?
今度からは短時間でもベッドで寝よう。うん。それが大事。
昨日投稿できなかった分を含めて本日は2話投稿となります。
頑張って残りの1話を書き上げたいと思います
© 2023 甲斐八雲
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