弱すぎて話になりませんが?
神聖国・数十年ほど昔
私は最強だった。
生まれ持っての力と美貌により、都では知らぬ者が居ないほどだった。
ただ国技と呼ばれる『スモウ』の道には進まなかった。女性を相手に最強になっても意味が無いと思ったからこそ、国軍へ進みそして最強に至った。
私は強かった。この国に敵など居ないほど……ポタッポタッと足元に落ちる雫に目を向ける。
何が起きたのか理解できない。
顔に、額に……熱せられた金棒でも押し付けられたような熱さを感じた瞬間、背筋に冷たい物が走った。
気づけば両膝を地面に降ろし、前のめりに構えていた。
「ふう。気分良く掃除をしていたというのに……背後からメイドを襲うのが許されるのは、メイドが“主”と定めた者のみです。その決まりを守れぬ貴女は何処のコバエですか?」
『コバエ?』
相手の声に私は軽い怒りを覚えた。
けれど体が動かない。恐怖の余りに全身が竦んでいる。
認めたくはないが私は相手に恐怖しているのだ。
「お前は……?」
「わたくしですか?」
必死に持ち上げた顔で相手を見つめる。
そこには黒い……濃い紺色の衣装を身に纏った女性が立っていた。
髪は金色で瞳は碧い。何よりその美しい顔立ちは同性の私ですら見入ってしまう。
ただその美貌には恐ろしい影が混在していた。返り血であろう血液で頬を汚すそれがまるで化粧に見え、相手の美しさと危なさを際立させる。
彼女の背後より飛び掛かった男たちが、振り向きざまに斬り殺された。
気配だけで相手の動きを把握している証拠だ。
「ちょっとした飲み友達にこの国を軽く掃除するように依頼されたメイドに御座います」
「……何を?」
「ご理解できませんか? まあそうでしょう」
薄く笑った殺人鬼がまた人を殺す。
軽く飛んで来る虫でも払うかのようにあっさりと無慈悲にだ。
「人が死ぬ理由など所詮そのような物です」
「……」
何を言っているのか理解できない。
分かるのは目の前の女が『危険』だと言うことだ。
「誰かっ!」
救いを……私が立て直す時間を作るために部下たちに声をかけるが返事はない。
全員が地面に伏して絶命していた。
都で最も優れている者たちが集められた最精鋭の我々が……。
「それでここの部隊長は貴女だったはずですね?」
「……」
うめき声を発していた部下にとどめを刺し、殺人鬼が私に視線を向けて来た。
背筋が凍り付いた。
もう助からないと……本能がそう訴えけて来る。
逃げないと……必死に相手に背を向け私は地面を這って進む。
早く離れなければ殺される。殺される。ころ……死にたくない。
「醜き虫ですね」
「ぐふっ」
背を踏まれ私は地面の上で動きが止まる。
もう逃れられないのか? この私が……最強と呼ばれた私が?
「どう、して?」
「ふむ。それは何に対しての質問でしょうか?」
何に対してだと? この私を殺そうとしているのになぜ分からないっ!
「何故殺そうとするっ!」
声を荒げ私は叫んだ。
どうせ殺されるのならこの殺人鬼に私がどれ程『勇敢』かを見せてやる。
だが相手の爪先が私の背中を踏みつけて来る。深く鋭くだ。
「理由が分かりませんか?」
「……分からんなっ!」
「そうですか」
ポキッ
私の中で何かが折れる音がした。
肋骨でも踏まれ折れたのか……痛みが胸の奥から広がって来る。
「では理由の説明を。最近わたくしがこの辺りで掃除をしていると聞いた貴女たちは、今宵見回りに来ましたね?」
「当り前だっ!」
掃除などと言っているがこの女がしていることは殺人だ。それも都の内を見回っている巡視兵たちを殺して回っている。
だから私たちはこの女を追っていたのだ。
「お前の様な殺人鬼を野放しになどできないっ!」
「ふむ。それは価値観の相違ですね。わたくしに言わせてもらえば巡視と言いながら1人で出歩く女性を路地裏に連れ込み暴行する者たちを掃除していただけですが?」
「それは……」
巡視などつまらない仕事だ。一晩中何も起きない都の内を見て回るだけの仕事だ。誰もが飽きる。ちょっとした息抜きは必要だ。
「軽犯罪を見逃し賄賂を貰うなどの行為もしているとか。それでこの都の治安は保たれている? わたくしに言わせればこの中は薄汚い肥溜めでしかない。ですから掃除をするのです。わたくしは大変に綺麗好きですので」
「……そんなことで?」
「はい。それがメイドたる者の務めですから」
何度か爪先で肋骨を拭き折られ、体の中でボキボキと音を聞いた。
「それに今宵の貴女たちは何をしていましたか? 怪しい者と判断すれば人を殺し女を犯し……わたくしからすればそれらの行為は許される物では無いのです。ですから徹底的に掃除をしているのですよ」
声を発しようとしたが込み上がって来たのは熱いモノだった。
思わずぶちまけたモノが何なのか分からない。
胃の中のモノなのか、それとも血液なのか。
「貴女は上に立つ者として全く仕事をしておりませんでした。ですからわたくしは貴女を徹底的に掃除をして差し上げようかと」
「……」
また口から何かが溢れた。
けれどそれが何かは分からない。
背中から相手の足が退く。でも私の体は動かない。必死に動かそうとするが動かない。
スルスルと首に何かが巻かれそれが食い込んで来る。
相手が私の首をゆっくりと締め上げていることに気づいた。
「や、め゛っ」
「何故です? これは貴女の部下が殺害した女性の髪の毛。そんな彼女も必死に命乞いをしていたでしょう? 貴女に向かい『助けて』と言っていたでしょう? ですが貴女はこう答えておりました。『さっさと済ませろ』とね。
ですがわたくしは慈悲深いのでさっさとなど済ませません。ゆっくり時間をかけて丁寧に掃除いたしましょう」
ジリジリと絞まる首に私は指を伸ばし必死に外そうとする。でも食い込んでいる髪の毛が外れない。引っ張れば切れるはずなのに強靭な糸のように食い込んで外れない。
「女の髪はそう簡単に切れたりはしないのですよ。それにきっとこの髪の持ち主もわたくしに協力しているのでしょうね」
冷たい声が聞こえてくる。
「お前たちを全員殺せと……わたくしの耳にはそう聞こえています」
「あがっ」
意識が飛びかける。もう全身に力が……。
「糞尿を垂れ流して本当に醜い虫ですね。何よりその衣装……見るに耐えない醜さに御座います。わたくしが知る限り、悪夢を見そうな醜さ第三位ぐらいでしょうか」
相手の声がどんどん遠ざかる。
私は死ぬのか? こんな場所で、こんなにも無様に?
「さて。この虫の掃除も終えたところで……やはり上に立つ者に対して文句の1つも言わなければいけないでしょうね。こんな汚物まみれの虫を放し飼いにするなど国の頂点に立つ者が行う行為ではありませんしね」
相手の声がどんどん遠くなり、私は意識を手放した。
数日後、私は奇跡的に一命をとりとめた。
そしてあの化け物……後に『漆黒の殺人鬼』と呼ばれることとなる女は、暴れ続けてこの都から姿を消したらしい。
だが私は忘れない。あの女の存在を。
この私を、最強と呼ばれていた私の尊厳を踏みにじったあの女を決して忘れない。
必ず見つけ出し復讐してやる。
あの時は手も足も出なかったが、けれど新しい力を手に入れた私なら決して負けない。
負けないのだ。
神聖国・都の郊外
「この私が負けるだなんてあり得ないのだ~!」
地面の上に両膝を突いて絶叫する相手にポーラは無慈悲な目を向けた。
「ご冗談を? 弱すぎて話になりませんが?」
淡々と事実だけを相手に伝えながら。
~あとがき~
スィーク叔母様は昔から変わらないわ~。
ちなみに叔母様はその昔美貌なメイドとして有名でした。
その本性と言うか、本来の仕事を知らない人たちは彼女を欲しがったとか。
で、ポーラが圧勝っぽいです
© 2023 甲斐八雲
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