何日したら排泄されるかな?

 神聖国・都の政務宮



 古くから“宮”と呼ばれているが、現在は宮の体をなしていない。

 それが政務宮と呼ばれる場所だ。


 元は女王が部下に仕事を伝達していた場所であるが、国の規模が大きくなるにつれ女王1人の差配では対応が難しくなった。故に作られたのが“宰相”と呼ばれる地位である。

 彼らは常にこの場所で待機し、政務を執り行っていた。


 いつしか女王が出向かなくなってもこの場所は、神聖国の政務の中心として君臨し続ける。

 高い壁に囲まれていた昔とは違い、壁は全て壊され文官や武官が寝泊まりする宿舎が多く作られた。


 昔に比べれば大きく姿を変えた場所に彼……右宰相サーブは来ていた。


「計画とは違うが良いだろう」


 ゆっくりと政務宮に存在する中心的な建物中を歩きながら、彼は次から次へと指示を飛ばす。

 どれも自分の地位を決定づけるための一打だ。


「女王の首を取り、返す刀で左宰相の首を取る。あれの罪は全て左宰相に?」

「はっ。必要な書類は全て新しく作成し、左宰相たちに押し付けられるように」

「そうか」


 一応計画通りだ。


 部分部分で修正は要るが、全体の流れは淀んでいない。

 このままゴールまで綺麗に流れて行くはずだ。つまりはこの国の支配者となるのだ。


「父上」


 通路を行くサーブに声をかける者が居た。

 壁を背に片膝を着いて待機している者を……この場に居る全員が理解していた。

 ただ1人だけ、他の者たちとは違う反応を示す者が居た。声をかけられたサーブだ。


 跪く者の前を横切り立ち去ろうとする宰相に、彼は今一度声を上げた。


「父上!」


 腹の底から縛りだした声に、廊下を行くサーブは仕方なさげに足を止めた。


「何だ?」

「はい。自分も何か仕事を」


 深く頭を下げそれを願う彼に……サーブは冷ややかな目を向けた。

 まるで『これは失敗作だ』と言いたげに冷え切った目をだ。


「邪魔になるだけだ。屋敷にでも戻り待機しておれ」

「ですが」

「分からんのか?」


 深いため息を吐いて彼は息子の前へと足を運んだ。そして、


「ぐふっ」


 我が子の腹をめがけて足を振り上げ蹴り飛ばしたのだ。

 突然のことで防げなかった子……リルブは、腹を抱え絨毯が敷かれている床の上を転がり回る。


「本当に愚図であるな」

「……」


 腹を抱え蹲る彼を宰相は冷え切った視線を向ける。


「何もせずに屋敷に居ることがお前の仕事だ。分かるか?」

「……」


 床の絨毯に頬を預ける彼は、憎々し気に相手に視線を向ける。


 厚化粧を施している相手の表情は分からない。

 分からないが失望にも似た気配だけはヒシヒシと伝わって来る。


「大人しく屋敷に居ろ。出歩くのではない」


 告げてサーブは止めていた足を動かす。


「もう少しでこの国は私の手の内に入るのだ」




 遠ざかる父親背を見つめ……リルブはゆっくりと身を起こす。

『身分が違い過ぎます』と父親の前に姿を現すことを頑なに断った取り巻たちが飛んで来た。


「大丈夫ですか? リルブ様」


 わざとらしく『自分は心底心配していました』と言いたげな男の顔に拳を放とうとして……リルブはそれを止めた。

 それをすれば自分が父親と同じになると思ったからだ。


 別に暴力が悪いとも思わない。けれど弱い者を一方的に嬲るのは……。


「あれの処刑が今日だったな?」

「あれですか?」

「異国の」

「あ~はいはい。今頃悪獣の巣の中ですよ」

「……」


 何故か嬉々として語る相手にリルブは軽く眉をひそめた。


 決してあれは楽しい見世物ではない。だが喜び見に行く者が多いことを彼は知っている。

 人が化け物に丸のみにされる様子の何が面白いのか……リルブはそう思ったが、何故だか軽く頭を振った。

 手を貸そうとする者たちの腕を払い1人で立ち上がり、リルブは乱れた服を正す。


「悪獣の巣に行く」

「今からですと」

「俺が行くんだ。お前たちは好きにしろ」


 一方的にそう言って彼は歩き出す。

 きっとこの中に父親の息のかかった者が居て報告されるであろうことも理解しているが、それでも彼は気にせずに歩く。


 自分が殴ったあの異国の王子が……本当に死んだのかを確認したくなっただけだ。




「……あの馬鹿者が」


 報告を受けたサーブは軽く息を吐いた。


 どうしてあれは言うことを聞かないのかが分からない。

 自分の言うことを聞いていれば、次のこの国の“表”の支配者はあれなのだ。


 何故ならあれには現女王の血筋だけが見せる顎の特徴がある。

 だから殺さずに残した。何の特徴も能力も魔法の素養もない愚か者を、生かして息子にまでしたのだ。


 それなのにあれは本当に何も理解しない。

 どうして言われるがままに道化を演じられないのか。


《……国を継がせあれを国王にするということ自体見直した方が良いのだろうか?》


 それも悪くはない。悪くは無いが……そうなるとあれを処分する必要が出て来る。


《殺すには惜しいのだがな》


 どんなにも愚かな人間にも唯一秀でた物を備わる時がある。

 それがあのリルブだ。


《あれの尻は具合が良いのだが》


 身も心も支配のためにとそれをして来た。何度も屈服させて腹の下に敷いて来た。

 利用価値があるからやって来たのが本音だが、それでもあれの具合が良かったことは否定できない。


《殺すにはまだ惜しいな》


 せめて変わりが見つかるまでは生かしてやるのが情けだろう。

 それか一生分を楽しんでしまうか……それこそ難しいが。


「悪獣の巣には誰が居る?」

「はっ。クレオ様が手勢を率いて」

「あれがか?」

「はい」

「……」


 それは少々計算が狂う。


 現状あの場所にはこの国の中枢を担う者たちが数多く集まっている。

 時間が足らず都の外……部族と呼ばれる集団の長たちを呼べなかったのが悔やまれる所だが、それでも多くの有力者が集っているのだ。


「まあ仕方あるまい」


 本当に仕方がない。あんな場所に居るのが悪いのだ。


「必要であればクレオごと始末してしまえ」

「宜しいのですか?」

「仕方がない」


 たかがドラゴンスレイヤーの1人を失う程度だ。

 何より死体があれば別の者をドラゴンスレイヤーにすることもできる。


《旅人と名乗っていたあれを逃したのが痛かったな》


 この都にフラッと現れた異国の人物。

 旅人と名乗ったそれは多くの奇跡を見せ、そしてある日突然姿を消した。


 問題はその人物が誰に対しどんな奇跡を披露したのかが分からないことぐらいだ。

 場合によっては面倒なことになりかねない。


「まあ良い。今は都の掌握を急げ」

「「はっ」」


 宰相の命令に部下たちは淡々と従うのだった。




 都の郊外



「悪は滅んだ! ほれ見たことか! かぁ~か、かっかっかっ~!」


 悪役の親玉調に全力で笑う。

 敵は滅んだ。頭から丸かじりだ。この世界にも正義は存在していたのだ。


「あの~旦那様?」

「見ろセシリーン!」

「あっはい」

「人が餌のようだ!」

「……」


 セシリーンが何とも言えない表情を浮かべている。

 皆まで言うな。僕らはあの悪魔に勝ったのだ。


 見るが良い。見えないか……ならば解説でもするか? 現在ワーム君はモグモグとその頭部らしき部分を激しく脈動させて、


「妹さんは大丈夫なのでしょうか?」

「……はっ!」


 余りのことでポーラのことを忘れていた。


 ちっ! 本当に使えない悪魔だな~!


「ノイエ~」

「今は無理です」


 ですよね~。現在のノイエはセシリーンでした。


 つまりこのままポーラはワームの餌となる。


「何日したら排泄されるかな?」

「えっと排泄されたら生きていないような?」


 違いますセシリーン。あれが食われたぐらいで大人しく死ぬような悪魔だと? 寝ぼけるな!


「悪魔と悪夢は何度でも蘇るモノです」

「はぁ」

「だから……ほらね?」


 地面から頭頂部を引き剥がしたワームが激しく暴れ出した。


 その口らしき部分からは白い息を、たぶん冷気を吐き出して悶え苦しんでいる。

 ワームも可哀想に……変な物を食べて胸焼けしたんだろうな。




~あとがき~


 まだだ…まだ足りないぞ!


 とシリアスさんが騒いでいました。

 心配するな。神聖国編は基本シリアス&色々とギリギリがコンセプトだ。

 これから作者さんは色々な綱を渡り続けるのだよ。


 えっと…ワームさんが胸焼けしてます。物理的にw




© 2023 甲斐八雲

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