まさかの人肉っ!

「娼館にも居たわ。貴女のようなタイプの女性が」


 殺人鬼の暗殺者に手を借りながらセシリーンはゆっくりと立ち上がった。

 この状態になって初めて立ち上がったが違和感が凄い。自分のお腹の大きさと重さに戸惑いを覚える。


 けれど歩くことはできる。支えてくれるようにマニカが手を貸してくれるからだ。

 手慣れている様子にセシリーンは逆に戸惑ってしまう。

 ただ相手の口から何となくではあるがその理由を聞かされた。

 きっとこんな風に何度か手を貸していたのだろう。


 らしくは無いと……口には出せないが。


「必ず『あの人』が迎えに来ると堕胎薬を飲まずに身ごもって」

「でも迎えに来てくれた人も居たのでしょう?」

「数える程度よ。男なんてそんなものだし」


 突き飛ばすような相手の言葉にセシリーンはいつもの表情で小さく頷く。


 常に目を閉じているせいか全体的に微笑んでいるような表情になってしまうのだ。そのことに関してセシリーンは何とも思っていない。

 泣き顔より微笑んで見える表情の方が良いはずだから。


「なら迎えに来なかった人たちは?」

「……子供を産んでからまた客を取っていたわ。それしか生きる術が無かったから」


 つまらなそうに娼婦は語る。

 ただセシリーンには相手のちょっとした変化が分かってしまう。


「でも良いことではなかったみたいね?」

「声音で判断しないで欲しいわ」


 小さく息を吐きマニカは諦める。


「子を産んだ女性は価値が下がるの。どうしてもスタイルが崩れるし、男は女を買いに来ているのであって母親を買いに来ているわけでは無いから」

「そう」


 嫌な話だ。


「そのせいで客が付かなくなって、子供を抱えて店を出て行く人たちをたくさん見て来たわ」


 想像は出来る。


 戦乱が続いたユニバンスは、男性よりも女性の数の方が多くなっていた。

 だからこそ遊ぶ男性もより良い相手を求めるのだ。


「母親でもお客さんは取れそうな気がするけど?」

「違うのよ。男は自分で相手を染めたい生き物なのよ」

「そう言うことね」

「そう言うことよ」


 相手が言わんとしていることをセシリーンは理解し、それをマニカは肯定した。


 つまり客は子を産んだ女で遊ぶくらいなら、まだ産んでいない女性を口説いて孕ませたいと……巣性の嫌な部分だけを見て来たマニカにしか分からない闇の部分だろう。


「ならこの子は大丈夫ね」

「どうして?」

「この子は間違いなく愛されるから」


 セシリーンはそのことを疑わない。

 だって外には自分が愛している人と自分が愛している弟子が居るのだ。あの2人なら大丈夫だ。


「本当かしら?」

「ええ。大丈夫よ」


 目を閉じた状態で飛び切りの微笑みを浮かべセシリーンは断言する。

 呆れた様子のマニカは足を止め、相手に手を貸し座る手伝いをした。


「それで歌姫」

「何かしら?」

「本当に大丈夫なの?」

「……」


 その問いに対しての明確な答えをセシリーンは持ち合わせていない。

 何故ならこれは命令だからだ。協力という名の強制だ。


「きっと大丈夫よ」

「それに関しては明言しないのね」

「だって……」


 座ったセシリーンは軽く拗ねだす。

 小さく笑ったマニカは息を吐いてゆっくりとその場を離れだした。


「まあ頑張りなさい」

「冷たいのね」

「ええ」


 壁まで進み背中を預けて腕を組んだマニカは感情を宿さない目で歌姫を見た。


「私はただの暗殺者だから」

「今の貴女はきっとそうは見えない気がするけど?」

「でしょうね」


 クスクスとマニカが笑う。


「ひと目で暗殺者だと分かる人なんて、そもそもいないのよ」




 神聖国・都の郊外



 悪魔が指を鳴らしたら……ノイエがムクッと起き上がった。


「ペッペッ……全くノイエったら口の中に何を入れているのかしら?」


 ペタンと女の子座りをしたノイエは、その髪の色が普段とは違う。銀髪だ。


「あれ? セシリーン?」

「ええ」


 軽く頷きながら彼女は何故か自分の体……ノイエの体をペタペタと触って確認している。

 特に触れているのは下腹部と言うかお腹の辺りだ。


 どうかしたのか? 便秘かな?


「お腹は膨れないのね」

「……何か食べてたの?」


 確か魔眼の中だと食べ物とか必要ないはずだ。

 空腹にならないし、何より先ず食事という概念が無くなるっぽい。

 無理矢理食べることはできるらしいが、口にするモノが無いとも聞いた。


「まさかの人肉っ!」

「旦那様?」


 表情を無にしたセシリーンがこっちを見た。


「流石の私でも怒りますよ?」

「……ごめんなさい」


 ノイエの顔だけどその気配はまるで違う。逆らうな危険というのがヒシヒシと伝わって来るから自分の直感を信じて素直に頭を下げておいた。


「もう……」


 無駄った表情を僅かに怒らせ、セシリーンは自分のお腹に触れる。


「最近急にお腹が大きくなったんです」

「……はい?」

「だから旦那さまとの子供が」


 頬を真っ赤にしてセシリーンが恥ずかしがる。

 その姿に僕の中の何かが……うわ~! マジか~!


「ヒューヒュー。この種馬」

「煩いよそこ?」


 馬鹿な悪魔が揶揄って来るが、返すツッコミにパワーもキレもない。


 セシリーンが妊娠したのは知っていたがこうして具体的な何かを聞かされると、戸惑ってしまう訳です。

 決して彼女の妊娠が嫌だとかそんな訳ではない。生まれるのならば全力で育て上げよう。


「まずは安心して預けられる乳母を探さねば」

「……旦那様?」


 皆まで言うセシリーンよ。


 僕はポーラを見てて学んだのだ。

 間違った人材に預けるとどんなに純粋な存在でも腐敗すると。


「絶対に間違った方向に育ててはダメだ。出来れば箱の中に仕舞って」

「それはどうかと?」

「温いか?」

「ではなくて閉じ込めるのは……」


 確かに!


「ならば広大な屋敷を作り外部から干渉されないように壁で囲って育てよう。伸び伸びと自然と触れ合う環境を整えて」

「だから箱入り娘がダメだって歌姫は言いたいんだと、」

「黙れ! 汚染物質!」

「ひどっ!」


 そもそもお前のような汚染物質が居るから僕がこんなにも子供の将来を心配するんだ。


「つまりこの悪魔をやってしまえば良いんだな?」

「お~い。お兄さま? 何をどうな思考を走らせたらそんな結論が出て来た?」


 決まっているだろう?


「セシリーンとの子供は絶対に腐らせないっ!」

「ひぃっ!」


 僕の言葉にセシリーンが怯えてお腹を抱きしめる。

 案ずるなセシリーン。僕はその子を全力で守ろう!


「人聞きが悪いわっ!」

「事実であろうっ!」

「いや……この子だけは……」

「気づけば私が悪者にっ!」


 今にも泣き出しそうなセシリーンの元へ……動け僕よ! 子供のピンチなのだ!


「私だって素養の無い人は」

「お前は人を腐らせる天才だっ!」

「だからひどっ! 歌姫もどんな表情でっ!」


 怯え切った表情で悪魔から逃れようとする彼女は何ら間違っていない。


「大丈夫だセシリーン。その子は僕とノイエが必ず守る!」

「旦那様……」


 こちらを向いた彼女が安堵の涙を。

 ええい。僕は彼女と子供も守らなければならない。


「絶対に滅ぼしてくれるわ! この糞悪魔めっ!」

「気づけば私がラスボス扱い?」

「お前はその物だ!」


 迷う事なき宣言に悪魔……ラスボスが衝撃を受けてよろめいた。


「流石に妹も……ちょっと弟子? 何で全力で頷いているのかしら? 私の存在が悪だとでも言うの? 頷くな馬鹿弟子~!」


 どうやら囚われのポーラも僕らの味方らしい。

 待っていろポーラ。僕が君や子供を救うために目の前の悪魔を倒してやる!


「うわぁ~! みんな~! 僕に力を~!」

「ここでまさかの元気○?」


 否。断じて否!


「正義の心を分けてくれ~!」

「諸悪の根源にされた~!」


 絶叫する悪魔に対し、僕の中の何かが!


「うお~! くたばれ悪魔~!」

「そんな悪の帝王に向けた最期のような叫びを~!」


 全力で投擲したミニハリセンが、悪魔の顔面でペシッと寂しげな音を発した。


「……ふっ」


 悪魔が勝ち誇ったような表情を。

 まさか……この世に正義は無いと言うのか?


「どうやら私の、」


 背後から伸びて来たワームの口が、悪魔の姿を完全に消した。


 人は今の状況をこう言う。丸のみと。




~あとがき~


 マニカは高根の花として娼館に君臨していたので普通に振る舞えるんですけどね。

 魔眼の人たちって普通を継続できない人間ばかりなので…。


 歌姫さんが外に出ました…何で?




© 2023 甲斐八雲

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