貴女は私の敵よ
「お……に、い、ちゃん……」
モゾモゾとそれはまた動き出した。
這いずり回っている間に下半身などが分解してしまったせいで動けなくなってしまったが、それでもまた回復した。回復すれば向かう先は1つだ。
大好きな人の場所に。
「待ちなさい猫」
「にゃ」
「ん? あれって……」
声がした。
ゆっくりと体を起こしたそれは、それを見た。
立って歩く、人の少女ぐらいの大きさの猫だ。
「ね、ごばっ」
「にゃ~」
「……容赦ないわね」
確認したのか疑いたくなる速度で猫は魔法を使い、通路に染みを作っている存在を細かく刻んだ。バラバラの粉々だ。
「ファナッテも可哀想に」
流石のホリーも相手に同情する。
厄介な魔法を宿している人物は、どうも皆から一方的に攻撃される傾向がある。ただ野放しにしておくと強力な毒を垂れ流すので仕方がないと言えば仕方が無いが。
「ファ、ナッテ?」
「……」
ただ猫は不思議そうな声を上げて肩越しにホリーを見た。
「まさか本当に確認しないで?」
「……」
沈黙が耳に痛い。
何故か猫の尻尾が困ったように揺れているが……本当に余計な部分にまで手の込んでいる猫である。
「今度から相手を確認してから魔法を使いなさいよね」
「にゃん」
軽く猫耳を指で弾いてホリーは相手に注意を促す。
「とりあえずここまで来たから一度中枢に向かう?」
「なぁ~」
目標としている人物の手がかりすら掴めていない2人は……特にホリーは、もう捜索事態辞めたくなっていた。ただ前を行く猫が諦めないせいでホリーは付き合っているだけだ。
このまま背後から猫の首を一撃で刈ってしまえば解放されるのは分かっている。分かってはいるが、それをすればたぶん恨まれる。
この猫は一度恨むとしばらくそれを忘れない。ねちっこく殺しに来るから厄介だ。
そう考えれば随分と猫の性格も変わったといえる。
昔など見境なしに皆殺しにしていたことを考えれば……大成長だろう。ほとんど別人の思考と言っても良い。
「ならもう一回りしてから向かいましょう」
「にゃ~」
ファナッテ相手に魔法を放ってストレスを発散したのか、猫は機嫌良さそうに返事をしてから……自分がバラバラにしたファナッテの元へ駆け寄った。
何をするのかと眺めるホリーの前でしゃがみだすと、床に広がっているファナッテだったモノを搔き集めて言語で表現するには難しい……血肉の山を作った。
「なぁ~」
作り終えた猫が泣きながら両手を振るう。
血肉になっていてもファナッテは存在自体が“毒”である。そのせいか集めた両手を真っ赤にさせて猫が不満げに泣いているのだ。
「……馬鹿なの?」
「にゃーっ」
見ていたことに対する感想を正直に告げると猫が威嚇して来た。
そもそもファナッテを触る方がどうかしている。それに猫は風系統の魔法の使い手だ。
「こんな感じで風を渦にして一気に集めれば手を傷つけることも無いでしょうに」
指を下に向けてクルクルと回して説明するホリーに、猫が驚いた様子を見せた。
「貴女は少なくとも魔法使いよね?」
「……」
「カミーラに弟子入りして何を学んでいるのかしら?」
「実践、的な、戦い、方?」
「それは弟子入りした相手が悪かったとしか言えないわね」
それにそもそもカミーラは土系統の魔法の使い手だ。ファシーとは系統が違う。
「少しは弟子入りする相手を考えなさい」
「……風は、誰?」
「誰って」
魔眼の中で有数の風魔法の使い手は……考え込んだホリーの脳裏には1人の候補が浮かぶ。
ミジュリだ。彼女の浄化系統の魔法は水と風のはずだ。
それ以外となると余り思い浮かばない。
そもそもこの魔眼の中に居る魔法使いは攻撃力特化が多すぎるのだ。
現に目の前の猫がそれの代表例だ。攻撃力に特化し過ぎて他の魔法が疎か過ぎる。独学の弊害とも言えるが、それにしても攻撃力に特化し過ぎている。
《あながちカミーラの育成方法も間違いでは無いのか》
元が攻撃特化だから攻撃力を伸ばし続ける。一点集中で凄い攻撃力を生み出しそうだ。
「少し魔眼の中が落ち着いたら聞いて回ると良いわよ」
「……」
その声に猫が露骨に嫌そうな空気を漂わせる。
血みどろと呼ばれる過去を持ち、制御できない魔法のせいで周りに被害を生じさせたファシーは前々から嫌われ傾向である。
故に自分が聞いて回れば避けられるということを知っているのだろう。
「忘れたの猫」
「なぁん?」
だからホリーは助言と言うか……まあ気まぐれだ。ただの気まぐれだと自分に言い聞かせた。
「ノイエだって最初は避けられ続けたのに頑張ったからみんなに愛されるようになったのよ」
「……」
誰もが他人との関りを面倒臭がっていた中で、ノイエだけは違った。
嫌われ避けられ罵られ傷を負っても……それでもノイエは他者との関係を望んだのだ。決して折れることなく自ら足を向けて。
「妹分が出来たのにお姉ちゃんができないなんて恥ずかしくないの?」
「にぃ~」
面白くなさそうに猫が鳴く。
「ホリー、も、できて、ない」
「私は良いのよ。そもそも私は家族以外との関係を持つ気が無いから」
他人との関りなど面倒臭いと豪語する者も魔眼の中には多い。その代表格がホリーだ。
故にホリーは自分が『家族』と認識した者でなければ心を開かない。開く気もない。
「なら、どうして、わたし、に、付き、合う、の?」
「どこぞの猫が強要したんでしょうが」
呆れつつもホリーは素直にそれを告げた。
案の定猫の機嫌が悪くなる。
「それに何処かの馬鹿猫は、」
「シャーっ!」
威嚇する猫にホリーは軽く鼻で笑う。
「少なくとも母親を殺されて怒っているみたいだから……本当に面倒だけど」
「……なぁ~」
だから仕方なく付き合っているというホリーの様子に猫は甘い声を出した。
少しだけ、目の前の殺人鬼が優しいお姉ちゃんに見えたのだ。
「でも猫」
「なん?」
「貴女は私の敵よ」
「……」
ビシッと指を向けて来るホリーに猫は首を傾げる。
「アルグちゃんをいっぱい虐めても良いのはお姉ちゃんである私の特権なの! それをたかが愛玩動物である貴女のような猫がその地位を奪おうだなんて百年早い!」
「……」
「恥を知りなさいっ!」
とどめの言葉に猫は耳と尻尾をビクッと震わせた。
それから告げられた言葉を吟味し……ゆっくりと飲み込んだ。
「なら、ホリー」
「何かしら?」
「マニカ、を、仕留め、たら、勝負」
「勝負? この私と?」
「は、い」
コクンと頷き猫は、前髪で隠している目を相手に向ける。
「アルグ、スタ、様を、一晩で、沢山、喜ば、せた、方の、勝ち」
「乗った」
即答でホリーは相手の提案に乗った。
そもそもこの色気と無縁な猫と同列であることが許せない。
愛しい人を独占したいのであれば、少なくとも掌に納まりきれない胸を持つべきだ。
「お姉ちゃんの色気でアルグちゃんを何度でも逝かせて蘇らせてあげるわ」
圧倒的な有利。それを信じホリーは疑わない。
何故なら自分には他者が羨む美貌とスタイルがあるからだ。
「駄肉、を、震わ、せる、だけで、勝てる、と、思う、な」
「何ですって?」
相手の暴言にホリーは厳しい視線を向ける。
だがファシーはその視線を正面から受けた。何故なら負けない自信があるからだ。
「真髄、を、見せ、る」
「そこまで言うなら見せて貰おうじゃないのっ!」
睨み合い……そして2人は『フンッ!』と鼻を鳴らして、マニカの捜索に戻る。
勝負をするにはまずあの娼婦を血祭りにあげる必要があるからだ。
「んんっ?」
「どうかしたの?」
「何だろう……一瞬凄い悪寒が」
中枢に居るマニカは、突然自分の背筋に走った何かに全身を震わせるのだった。
~あとがき~
ファナッテの扱いがw
まあ彼女の場合、存在するだけで毒発生機なんで仕方ないんですけどね。
猫とホリーはまだマニカを探しています
© 2023 甲斐八雲
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