遅いわよ魔女
「居た居た。見つけたよ~」
「レニーラか」
騒がしい声に振り返ったカミーラは、それを見て一瞬動きを止めた。
「お前、首が大変なことになっていないか?」
「あはは~。どこぞの猫にボキッとされちゃってね。それから何故か滑るんだよね」
「滑るって……」
流石のカミーラも相手の言葉に呆れ果てる。
それを普通に受け入れている舞姫も大概だと思ったのだ。
「まあ猫科の生き物に手を出す方が悪いな」
「あれ~?」
ファシーは少なくとも猫科の生き物では無くて人科だった気がしたレニーラは首を傾げる。
ズルっと頭が少しズレてしまったので慌てて位置を正す。
気を付けないと外れてしまう。さっきも走っている隙に動いてしまった。
「カミーラ」
「何だ?」
「ちょっと出番」
「はん」
出番と言われて出るほどカミーラは素直ではない。
どうせまたつまらない相手を、
「えっと……神聖国の都のど真ん中で孤軍奮闘して欲しいんだけど、ダメ?」
アイルローゼに言われた言葉をどうにか思い出し、レニーラは相手に無茶を告げた。
何をどうしたらそんな条件を聞いて受け入れる人物がいるのだろうか?
大国の都で孤軍奮闘など、死地に捨てて行くと言われているようなものだ。むしろ『死んで来い』と言われているのと同義語のはずだ。
「相手は神聖国か……」
何故か軽く体を動かしていたカミーラは動きを止めて考えだす。
「本当に孤軍奮闘なのだろうな?」
「へっ?」
「下手に味方が居ると足手まといだ。で、どうなんだ?」
「あ~。うん。今回は平気かな?」
「そうか」
軽く首を鳴らしてカミーラは歩き出す。
と、足を止めてレニーラに向かい肩越しで視線を向けた。
「案内しろ」
「はい?」
「中枢にだよ。ここが何処か分からん」
「……はい」
信じられないがこの戦闘狂は神聖国で孤軍奮闘したいらしい。
流石カミーラだと感心しながら、レニーラは元気よく先頭を切って走り出した。
「本当に大丈夫?」
「……」
多少回復したが、まだ膝を抱えて蹲っている魔女は……完全回復には程遠い。
両腕もそうだが精神的にダメそうだ。
先ほどから聞こえる呟きも『回数じゃダメなのよ。もっとこう確実に的確に深い場所でいっぱい……いっぱい? それだと1度だからやっぱりもう何度か? それだとやっぱり回数なの? どっちなの?』と完全に迷走している。
自分の時は……回数だった気がする。毎晩のように、それも複数回だった。
つまり両方のバランスが大切なのだろう。
ただそれを相手に告げたとしても受け入れないことも分かっている。
何故なら魔女は自分でその結論にたどり着いて悶え苦しんでいるからだ。
『無理無理無理よ~。あんな大きいのを何回持って無理。それも深い場所って……死んじゃうから! バカなのアホなの、これも全てあの馬鹿弟子が悪いのよ。全部あの馬鹿が悪いのよ!』
方向性が狂って彼の悪口に変化している。恥ずかしそうに文句を言っている様子はたぶん可愛らしいのだろう。見られないのが残念だ。
そっとセシリーンは自分のお腹に手を伸ばして優しく撫でる。
出来ればお腹の中子供もあの魔女のように可愛らしい人になって欲しい。
「あら? 意外と殺風景ね」
不意に響いた声にセシリーンは震えた。
気づかなかったこともあるが、何よりその声は前に自分を殺した人物の物だったからだ。
「マニ、」
「遅いわよ魔女」
声を上げたアイルローゼから苦悶の声が響く。
どうやら暗殺者の一撃を食らったらしい。
「ノイエが危ない場所に居るからここに人が集まっているとグローディアが言っていたけれど……彼女の目論見はハズレだったみたいね」
「……グローディア?」
「ええ」
苦痛のせいか絞り出した魔女の声は震えていた。
そしてセシリーンはそれを聞いて納得した。
マニカが発見されなかった理由だ。
王女グローディアは基本人との接触を極力避ける。ホリーとは違い人嫌いという訳ではないが、人付き合いが得意という訳でもない。
彼女の本音としたら『魔法研究の妨げになるから来るな。1人にしておけ』だろう。
故に基本彼女と接触しようとする者は少ない。
そもそも王女様を相手に会話をするなど恐れ多いことだ。
あんなにも分け隔てなく付き合える彼の方が特殊なのだ。
「あの馬鹿の所に居たのね?」
「……グローディアの悪口は許さないわよ?」
「ぐうっ」
何かが起きたのだろう。アイルローゼの悲鳴が響く。
これは完全に良くない事態だ。
このままだとノイエと彼を救う者が居なくなってしまう。
セシリーンは誰かに救いを求めようと自分の声を放とうとした。
が、自分の首に冷たい何かが巻かれるのを感じた。
「動かないの歌姫……歌姫?」
魔女の悲鳴が継続している中、マニカの何とも言えない声が聞こえて来た。
相手を威圧するような声ではなく、戸惑い困惑したような……。
「ごめんなさい。何をどうしたらそんなにお腹が?」
「えっあっえっと……」
一瞬答えないという選択を想像したセシリーンだが、自分の首に巻かれている物を考え重たい口を開いた。
「彼の子供を身ごもっているの」
「……」
物凄く重い空気が辺りを支配する。
ただ断続的に聞こえて来る魔女の悲鳴は……アイルローゼは何をされているのだろうか?
「えっと……聞いても良いかしら?」
「はい」
「誰の子供なのかしら?」
「だから……」
震える唇を必死に動かし、セシリーンは言葉を紡いだ。
「彼よ。ノイエの夫の……」
また沈黙が辺りに響いた。
しばらくしてから何かが生じたのか、アイルローゼの甲高い悲鳴が放たれた。
グチャッと何かを踏み潰すような音もしたことから、もしかしたら完治していない魔女の腕を暗殺者が踏んだのかもしれない。踏み潰したの方が正解かもしれない。
「ノイエの夫の子供ね……」
冷ややかな声音に全身を震わせセシリーンは自分のお腹を抱えた。
もしかしたらお腹の中に子供が居ないかもしれない。それでも膨らんでいるお腹を見捨てることはできない。出来るだけ護って、少なくともお腹の子供よりも後に死ぬことはできない。
自分が盾になって……そう心に誓うセシリーンは自分の首から冷たい何かが外れるのを感じた。
「そのことをノイエ?」
「……」
「秘密にしているの?」
「違う」
冷ややかな暗殺者の声にセシリーンは慌てて声を上げた。
「ノイエは、あの子は子供を作れない体だから……だから私がこの子を産んで」
「それは良いのよ。ノイエはそのことを知っているのかが重要なの」
「……知っているはずよ。あの子が記憶しているかは分からないけど」
「そうだったわね」
ため息が聞こえて来てセシリーンはまた全身を震わせた。
「まあ良いわ……外の様子を見てて今のノイエの性格と言うか性癖はある程度理解しているから」
何かを蹴り飛ばす音がし、魔女の苦悶に満ちた声が響いた。
もう間違いなくアイルローゼは戦うことができないだろうと把握し、セシリーンは何とも言えない絶望感に襲われる。
これで自分たちの戦力はカミーラだけだ。
「それで現在この場を仕切っているのは誰? グローディアの話だとホリーが多いって聞いたけど?」
自分に言葉の矛先を向けられていると感じたセシリーンは、お腹を庇ったままでゆっくりとマニカが居る方へと顔を向けた。
「一応アイルローゼよ」
「ああ。これ?」
また悲鳴が聞こえて来た。
アイルローゼも気の毒だが、殺し合いをしたばかりの2人の関係を考えれば仕方ない。
「これが使い物にならない今は?」
「……私になるかと」
「そう」
布を裂くような音をさせてから軽い足音が迫って来る。
それを聞きながらセシリーンはその身を縮こまらせた。
「ならノイエに救いが必要なら声をかけて」
「えっ?」
戸惑うセシリーンは自分の肩に何かが掛けられるのを感じた。
人肌に温まった……たぶん匂いからしてアイルローゼの服の一部かもしれない。
「妊婦ならちゃんと暖かくしてなさい」
「……」
「何よ?」
隣に座ったマニカに対しセシリーンは自分の感情を表現する言葉に悩んだ。
悩み思うがままに言葉にした。
「ありがとう」
「良いわよ。どうせ魔女の服だし」
どうやら肩にかかった物がアイルローゼの服であるのは正解だったらしい。
~あとがき~
カミーラは最終的に何処に辿り着きたいんだろう?
武神か何かになりたいのかな?
中枢にはマニカがやって来て…アイルローゼが退場です。
ただ何故かマニカが外に出る気なので…これを出すのか? あれが来るんだぞ?
どうする作者? 初期設定を大幅に変えるか、ギリギリの何かを歩いて進むのか…
© 2023 甲斐八雲
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