実に愉快だぞ人間

 神聖国・女王宮



「どうして……」


 その場に訪れた者たちはそれを見て愕然とした。


 彼らは国を思い立ち上がった……主に中間管理職と呼んでも良い仕事をしていた者たちだ。

 国を動かす宰相から見れば二段か三段は下に扱われる存在であるが、それでも彼らが中心となり雑務をこなし国を動かしてきた。


 そのような者たちがこの機に乗じて動いた。


 まずは旗となるべき存在を得ようと女王の元へ向かった。

 彼らからすれば国を惑わしているのは2人の宰相……だからこそその両名を廃すれば、女王が一時的にこの国を完全に支配し、今までの間違いを正せばと考えて行動したのだ。


 だが女王宮に押し入った彼らの前に立ちふさがったのは……右宰相の手勢だった。


「有象無象の名前すら覚える価値のない馬鹿者たちが来るか」

「右宰相……どうして?」


 彼は今日、この場に居るはずが無かった。


 異国から来た無礼を働いた使者たちを処刑するために、都の郊外に存在する悪獣の巣に出向いているはずなのだ。だからこそ彼らは動いた。絶好の機会だからと……ハタと中間管理職である者たちは気づいた。自分たちが狙われていたのだと。嵌められたのだと。


「気づいたか? 愚かなる馬鹿者たちよ」


 部下であろう者たちが担ぐ神輿のような台に椅子を置き、それに腰かけている右宰相は……組んだ自分の膝に肘をついて“主人”に逆らう馬鹿者たちを見下した。


「主人に噛みついた馬鹿者たちがどうなるか分かっているか?」

「「……」」


 持ち慣れぬ剣を握りしめた彼らは、辺りを見渡す。


 宰相の部下たちが弓に矢を番え構えている。

 押し入った門に目を向ければ分厚い鉄の盾を構えた屈強な兵たちが道を塞いでいた。


 もう戻ることはできない。


「たすっ」


 臆病風に吹かれ命乞いをしようとした者の額に矢が生えた。

 一撃で絶命したのであろうその人物は、石畳の床の上に崩れ落ちる。


「助ける訳が無かろう?」


 右宰相が笑う。


 彼の作られた表情は有名だ。

 仮面のように見えるその顔には……どんな感情も宿らないと知れ渡っている。


「お前たちはここで最後の仕事をするのだからな」


 軽く手を広げ右宰相サーブは宣言する。


「女王暗殺を企てた者たちを見事に演じて見せよ。それが右宰相からお前たちに贈る最後の命令である」


 返答などは待たなかった。


 一方的な殺戮が行われ……押し入った者たちは逃げる道もなく飛んで来る矢をその身に浴びながら絶命していく。


 何人かは生き残ろうと出口に向かい駆け出すが、そも無意味だ。

 分厚い盾を破ることが出来ず、背中に矢を受け絶命していく。


 人が、仲間が倒れて行くのを彼は見つめていた。


 どうしてこうなった?


 自分たちはただ国の未来を憂いでいただけのはずだ。

 仕事を終えてから酒場で上司たちの悪口を言い合い酒を交わす。それで不満を吐き出し……そんな日々をずっとは望んではいなかったが、だがここまでの反発は無かった。


 それなのにどうして?


 傍に居る古くからの同僚が、苦楽を共にして来た仲間が……次から次へと矢を受けて行く中で、彼は運よく飛んで来る矢がまだ届いていなかった。


 けれどそれも時間の問題だ。


 周りには躯が転がり、人の血液が流れを作っている。


 そんな状況で彼は一歩前へと進んだ。


 止まっていれば的になる。

 後ろに逃げても的になる。

 ならば行く先は、向かう先は一か所しかない。


 震える足に鞭を打つ感じで、力いっぱい歯を食いしばって……彼は前へと向かう。


 彼はアルグスタを迎賓館へ案内した人物であった。

 国に、未来に不安と不満はあったが……ここまでのことをする気は無かった。そう無かったのだ。

 だが自分たちは熱病に狂わされたかのように行動を起こした。


 そう狂わされたのだ。何に?


《そうか。これがこの国に巣くう……》


 彼の思考はそこで終わった。

 自分の身に突き刺さる矢の感触を理解した時には……あとは一方的だった。


 全身に矢を浴びて倒れた最後の1人に対し鼻を鳴らした右宰相は、つまらなそうにため息を吐いた。

 出来ればここで左宰相たちを迎え撃つ予定であった。けれど彼らは悪獣の巣へ向かったらしい。


《女王の暗殺を企んでいる彼らが……まあ良い》


 軽くため息を吐き、彼は別動隊の報告を待つ。

 女王暗殺に向かい宮に押し入った者たちの報告をだ。


 だが右宰相の元に届いた報告は……女王不在という物だった。


 そしてその女王が向かった先が、悪獣の巣だと言うのだ。




 女王宮の屋根上



「実に愉快だぞ人間」


 それはケラケラと笑う。


 実にこの場所は彼に適していた。

 僅かに囁くだけで人が狂い自滅していくのだ。

 本当に楽しい狩場だ。これほど楽が出来る場所は無い。


 けれど自滅に向かわない者たちも居る。本当に厄介な愚か者たちだ。


《快楽に身を委ね自分の信念と思う物を信じて踊れば良いというのに……》


 だが狂わない者はごく少数だ。潰そうと思えば簡単だ。

 軽くその身を動かせば潰すこともできる。出来るのだ。


「さてさて……この国を預かる身としてはそろそろ仕事をするとするか」


 軽口を叩いてそれは動き出す。

 ドラゴンを無理矢理人の形にしたような……竜人と呼んでも良い姿形をしているそれは軽く笑った。


「この“狂竜”の力を存分に振るうこととしよう」




 都の内



「……」


 何とも言えない感覚にその人物は足を止めた。


 全身をフード付きのローブで隠す小柄な存在だ。

 だが都に住まう者たちはその正体を知っている。

 神聖国のドラゴンスレイヤーの1人であるアーブだ。


 普段は都の外、国境側に出没するドラゴンを狩りに行くことが多いが……最近は都に居る。

 ここ数年ドラゴンの出没件数が大幅に減っているからだ。

 理由は分からない。国境付近には出没するからドラゴン自体の数が減ったとは思えない。

 けれど神聖国内で見ればその発生件数は確実に減っている。

 故に自分の力を維持するためにアーブは国境付近にまで足を運びドラゴンを退治していた。


 何よりアーブは都の中では有名だ。

 誰にでも優しいドラゴンスレイヤーとして有名なのだ。


 そんなアーブは足を止めて辺りを見渡していた。

 言いようのない感覚に全身に不快な何かが走る。


「……」


 一瞬女王宮に視線を走らせたが、不快な物は別の方角だ。

 しいて言えば……都の郊外だ。


 直感を信じアーブは走り出した。

 郊外に向かい全速力でだ。




~あとがき~


 女王宮を襲撃した下っ端役人さんたちは、左宰相一派を待ち構えていた右宰相たちに討ち取られました。

 彼らはただ国の未来を憂いていただけの一般人なんですけどね。


 で、この手の話と言うか何と言うか展開を書いてて思うことがあります。

 ほんと現代って便利だよな…って。だってスマホがあれば連絡取り合えまくるんですよ?


 連絡手段が魔道具ぐらいなこの世界だと緻密な連絡のやり取りは絶対に無理。

 結果として意図しない展開で裏をかかれたりするんですが…それが歴史物や戦記物の楽しみでもあります。ファンタシーだけどねw


 で、神聖国って裏で色々と暗躍している存在が多いんで…




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る