挑戦は大切

「このままだと本当に危ないと思うのだけど?」


 歌姫の声にアイルローゼは自身の両腕を見つめた。

 不完全だ。断続的に痛みが走る一番厄介な状態だ。


 この状態で外に出ても十二分に仕事などできない。

 それでもやるしかない。やるしかないのだ。


「そんな貴女たちに朗報!」


 不意に響いて来た声に、歌姫と魔女は同時にため息を吐きだした。

 このタイミングで湧いて来たのは……ある意味で最悪な存在だからだ。


「何よ?」

「アンタじゃなくてそっちの歌姫に用があるのよ」


 やって来たのはフード付きのローブで姿を完全に隠している存在……刻印の魔女だった。


「ちょっと協力してくれない?」

「……」

「もちろんお代は弾むわよ」


 軽く笑い刻印の魔女は、フードの中でウインクまでする。


「貴女が頑張ると愛しい旦那と可愛い弟子が助かるかもしれないけど?」


 これ以上ない殺し文句に、歌姫セシリーンはただ黙って頷くほかなかった。




 神聖国・都の郊外



 何処だか分からない場所にて目隠しをされ、荷馬車の荷台に放り込まれた感じで輸送され……気づけば街を出ていた。


 目隠しを外されたら……日の光が目に突き刺さるぜ。


 土っぽい臭いから郊外を想像していたら正解だった。

 一面荒野だ。背後に都の城壁が見えるが、それだって結構な距離がある。そしてそちらの方から豪華な馬車がゾロゾロとやってくる様子も見える。


 これから行われるのは僕らの処刑だから……どうやらこの国にも人の死を楽しむ人たちがいるらしい。


 ツンツンと屈強な男性が持つ槍の先で突っつかれ、仕方なく歩き出す。

 今止まっていたのが許されたのは、最後の晩餐的な……それだったら食事の方が嬉しいです。


「にいさまっ!」


 元気な声がして、見張りの腕を掻い潜り少女ほどの背丈の妹が駆けて来る。

 おお。元気で良かった。


「ポー……くさっ!」

「ひどい!」


 上半身を縄でグルグル巻きにされているポーラが膝から崩れ落ちた。


 確かに間髪を入れずに暴言は酷いと思う。思うが……駆け寄って来た妹から濃厚な豚骨スープのような臭いがしたら、そりゃあ暴言の1つも出るってもんさ。出るね。現に出たしね。


 マイペースに見張りの腕を掻い潜りやって来たのはノイエだ。

 ウチのお嫁さんは、拘束具+縄でガッチリだ。流石だ。どうしてそうなった?


 ただ何故か僕をジッと見ながらアホ毛を不機嫌そうに動かしている。


「アルグ様」

「ん?」

「……お腹空いた」

「頑張れ」

「はい」


 やっぱりノイエだ。

 2人ともドレスから罪人のような貫頭衣……味気ないワンピース姿になっている。

 上半身裸の僕としてはまだ服を着ている2人の方が立派に見えるけどね。


 と、ノイエが周りの目など気にせずグイグイと近づいて来る。


「お腹空いた」

「もう少し我慢」

「……」


 これはヤバいな。完全にノイエが空腹だ。


 ただ僕の前に来たノイエはその身を屈ませて、ペロペロと舐めだす。

 何処を? 僕のお腹をだ。


「ノイエさん?」

「……味がしない」

「何の?」

「小さい子は美味しそうな匂いがするのに」


 ノイエの言葉に立ち上がろうとしていたポーラがまた崩れ落ちた。

 匂いは豚骨スープだが……グルグル巻きにされている姿を見ると別の料理を思い出す。


「チャーシューが食べたいな」

「何それ?」

「えっと確か」


 あれって豚肉だったよな? それをあれしてこれする料理です。


「帰国したらポーラに作って貰いなさい」

「小さい子、頑張れ」

「しらないりょうりです」


 また復活しようとしているポーラの姿は……うん。最後に見た時のままだな。


「あんな感じにお肉を縄でグルグル巻きにして」

「ひどいです! にいさまっ!」


 またもポーラが膝から崩れ、地面に顔を向けてめそめそと泣き出した。


「甘しょっぱいタレで煮る料理です」

「まさかのむしですかっ!」


 顔を上げたポーラがマジ泣きしだした。

 うんうん。元気そうで何よりだ。


「で、ノイエ」

「はぁい」


 また僕のお腹をペロペロしているノイエさんは……何を考えていますか?


「小さいのに大きなお姉ちゃんなら」

「あれは特別なあれだからノイエには無理だよ」

「むう」


 拗ねてノイエがピタッと僕にすり寄る。

 そのまま甘えだす姿は相変わらず愛らしい。


「アルグ様」

「はいはい」


 お腹がペコペコだよね~。


「……誰を殺せば良いの? ねえ?」


 あっヤバい。色々とヤバイ。


「ノイエさん。ちょっと深呼吸しようか?」

「スーハー……誰を殺せば良い?」


 アカン。空腹とドラゴン退治から離れすぎてノイエのストレスがマックスだ。


「ポーラ」

「はい」


 ポーラもノイエの異変を察知し、一気に立ち上がり僕に対して真剣な目を向けて来た。


「ちょっとチャーシューになって欲しい」

「にいさまっ!」

「冗談だって」

「もうっ!」


 プンスコ怒るポーラはまあ良い。

 問題はノイエだ。完全にストレス過多だ。


「ノイエ」

「誰を」

「ユニバンスに帰ったら焼き肉食べ放題」

「殺せば」

「ノイエの為に牛2頭でどうだ?」

「良い……はい」


 コクンとノイエが頷いた。

 まだ何処かアホ毛の動きが怪しいが、それでも一応落ち着いた。


「さて」


 問題は僕らの周りを槍を手にした屈強な男たちが囲んでいる。

 だから最後の晩餐は食事にしましょうよ? 会話で腹は膨れませんから?




 追い立てられるように移動し……すり鉢状の場所にたどり着いた。


 僕らが中腹部分で良いのかな?


 そんな場所から姿を現すと、上の方から拍手と歓声が。

 視線を巡らせると観客席のような場所に人の姿が見えた。満員大入りだね。大入り袋を持って来い。


「にいさま」

「どうした? チャーシュー娘よ」

「がるる!」


 流石に揶揄い過ぎたのかポーラが野生を思い出してしまった。危ない危ない。


「国に帰ったらポーラも一緒に温泉行こうね」

「……いっしょですからね」


 何処ででしょうか? 妹よ? その一緒はどの部分を、ええいノイエ。器用にクイクイと僕の腕を引くな。ハーフバンザイな状態の僕の肩は意外と疲労困憊なんだぞ?

 ああ……見えてしまったよ。出来る限り現実を直視しないようにしていたというのに。


「アルグ様」

「ん」

「凄く太い」


 お嫁さん。発言に気を付けよう。


「ビクビクしてる」


 本当に気を付けよう。


「グネグネ動いてる」


 ギリセーフか? まだセーフか?


「とっても大きな、」

「そろそろアウト~!」


 全力で声を上げてフリースタイルで感想を述べていたノイエの発言を遮る。


 あれはドラゴンでは無いな。うん。たぶん違う。


 すり鉢状の底に居たのは、とても太くてビクビクと全身を脈打っている……連結した電車の車両ほどの大きさはあるであろうミミズだった。


 ワームか? ミミズで良くない?


「アルグ様」

「ん?」


 ノイエが小首を傾げ巨大ミミズを見つめている。


「あれって食べられる?」


 どうだろう? 大きいのは大味って言うし、たぶん美味しくは無いかな。


「きっと美味しくないよ?」

「挑戦は大切」

「その精神は別の機会に……ってノイエさん?」


 アホ毛を伸ばしたノイエがポーラを捕まえる。

 何となく嫌な予感を感じたのであろう妹が必死の形相で逃げようとしているが無理だな。うん無理だ。


「知ってる」

「何を?」

「ミミズは釣りで使う」


 まあ餌として使うね。


「つまりミミズは釣れる」

「そこはどうかと、ちょっと待て!」


 待たなかった。


 ノイエは迷うことなくポーラをすり鉢状の下に向かい放った。

 厳密に言えば蹴り出したとも言う。


「ねえさまぁ~!」


 まさかの一撃にポーラの声が遠ざかり、そして底に居るミミズが動き出す。

 ポーラを餌と思って、


「あっ」


 ノイエの感情のこもっていない声が響いた。

 スルッとポーラを捕まえていたアホ毛が抜けて、我らが妹様は頭からミミズに向かい落ちて行く。


「丸かじりコースか」

「むう」


 仕方ないと言いたげにノイエが僕に体当たりをして……結局3人で落ちることになる訳ね~。




~あとがき~


 ストレス過多でノイエがちょっと危ない状態です。

 ですが3人が無事に合流しました。無事なのか?


 ワームを前にこの3人は…何をするやら




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る