来ると信じて待つしかないわね
神聖国・都の某所
僕は今貴重な体験をしている……自伝でも書くことがあったら神聖国編のスタートはこれだな。
間違いなく今の僕は貴重な体験をしている。
何故なら天井から垂れて来ている鎖に繋がれ『大』の字状態だ。背中には『十』の字型の板があり腕を降ろすことができない。
どうしてこうなった? ちょっと宰相の厚化粧で遊んだだけじゃん。
何て心の狭い宰相だ。そんなに遊ばれるのが嫌なら遊びたくなるほど厚く塗るなと思う。
まだ鞭で打たれたりしてないだけましだけど、全裸で拘束されているのは辛い。
この全裸なのにも理由がある。
ずっと拘束されているのでトイレが……僕は今貴重な体験をしているっ!
自分の中で何かを大きく失ったけれど、一回やったら吹っ切れた。もう何も怖くない。
小は問題無いが大はちょっとしたコツがいる。つま先立ちになって角度を付けて放たないと自分の足に付いてしまうのだ。
これも自伝に確りと記載しよう。『拘束された時の正しい大のやり方とは?』で良いかな?
そんな物を書いたら絶対にノイエの姉たちに怒られるな。
で、問題は……ご飯も貰えず放置プレイで何日目でしょうか?
丸1日はここに居るような気がするんだけどね。
キィィ……と重々しい扉が開いて誰かが入って来た。
「ヒビ割れ宰相は?」
やって来た相手に軽口を叩いたら、ツカツカと足音を立てた人物が詰め寄って来る。
「まだ軽口を叩けるか?」
「これぐらいだったら、ぐぅっ」
相手の拳が僕の腹に突き刺さる。
胃の中がグルっと動いたが、昨日か何も食べていないので胃液が駆け上って来て喉が熱くなった。
「……胃酸が出るだろう?」
「まだ軽口を言えるか」
もう数発お腹に拳がめり込んだ。
流石に痛いが僕ってば意外と腹筋ある子だったのね。耐えたよ。膝に震えが走るけど耐えたよ。
「ほう。鍛えていないように見えたがどうして」
「自分でもビックリ」
「そうか」
もう一発強烈なボディを食らって目の前に火花が散った。
キラキラと綺麗だな……膝の力が抜けて鎖にぶら下がる格好になると途端に両腕に激痛が走る。背中の板が動いて腕を拘束している部分を締め上げる。
おかげで両膝がやる気を思い出して無事に立つことが出来ました。
痛さの余りにマジで泣きそうだけどね。
「お前たちの処刑が決定した」
「へ~」
それは本気で困りましたね~。
「余り動揺していないようだな?」
「ま~ね」
何せこっちは自国に居たって暗殺者を向けられちゃうアルグスタさんだよ? そんな僕が『処刑が決まった』とか言われたぐらいで焦ると思いますか?
「その余裕はどこから来るものか興味を覚えるが?」
「教えても良いんだけどさ~。1つ聞いても良い?」
「何だ?」
「あんた誰?」
年の頃は20代後半から30代手前ぐらいかな?
こげ茶色の髪と瞳をしたイケメンと呼んでも良い整った顔の作りをしている男だ。
僕はこんな野郎の顔を見るのは初めてなはずだ。
「これは失礼をした」
恭しく一礼してくる様子にイラっとする。露骨にポーズだと分かる動作だからだ。
「私は右宰相サーブの子、リルブだ」
「あの厚塗り宰相ってサーブって言うんだ。初めて知った」
またお腹を殴られた。
ボディは試合終盤で響いて来るから止めて欲しいんだけどね。
「本当に父の言う通り口の良く回る男だな?」
「いや~。自分これでも国では寡黙な人間と、」
ヘイヘイ。下ばかり狙わないで上を狙えって。ボディで相手のガードを下げて上を狙うのが一般的だろう?
何せこっちは両腕を拘束されて左右に大きく広げているんだ。狙いたい放題だぞ?
「その口ももう少しすれば回ることもなくなるだろう」
「……」
嫌だね~。親の権力を見せびらかす野郎って。
「もう1つ聞いても良い?」
「何かね?」
「僕ってばどんな風に処刑される感じ?」
「ふむ」
何故か馬鹿息子が鷹揚に頷いて見せる。
本人的には格好つけているつもりだろうが、演技っぽさが丸見えで滑稽の見本である。
「詳しい内容は当日の楽しみにしておこう。ただこの国に古くから伝わる最も残忍な方法で殺すことだけは約束しよう」
「ほほう。それは大釜で煮たりとかですか?」
「……」
僕の問いに馬鹿息子のリアクションが止まった。
「熱した油でこんがり揚げるとかもあったかな」
「……おぞましい。これだから異国の者はっ」
顔色を悪くした馬鹿息子は慌てて部屋を出て行った。
残された僕としては……お腹が痛いです。
脱糞的な物ではなくて殴られたお腹が痛い。
ただ僕のコメントであんな反応をしたと言うことは直接的な処刑では無さそうだな。
なら間接的に……残忍? あ~。まさかね~。そんな冗談はあり得ないと思いたいけど、
「まさかドラゴンが居る場所に放り込んで食らわせるとかってコントじゃ無ければ良いな」
僕としてはそれを願うばかりです。
「くさいです~」
「ん~」
壺の中に身を沈めるノイエとポーラは……ポーラはずっと泣き叫んでいた。
大量に与えられてた食事が終わったと思ったら、今度は『処刑の日まで……』と告げられ独特な臭いを放つ壺の中に身を浸すのだ。
何とも言えない臭いだ。しいて言えば動物の骨を煮込んだような独特で強烈な臭いがする。
鼻が曲がりそうなほど臭いのに姉は喜んで壺に入っている。下手をすれば壺の中まで身を浸して液体を飲み始めようとするので付き添いの女中たちが大忙しだ。
「はながまがります~」
「ん~」
ポーラの叫びは止まらない。
ただ嬉しそうにアホ毛を振るノイエは本当に幸せそうだ。幸せそうなのだ。
「アイルローゼ」
「何よ?」
歌姫の声に軽く体を動かす魔女が走る痛みに軽く顔を顰めた。
間に合いそうにないが、それでもいざとなれば自分が出るしかない。
軽く両腕を動かすが、まだ肉と皮膚が完全に回復していない両手は動かす度に痛みが走る。
「大丈夫?」
「するしかないでしょう?」
傷の治りが遅いのは諦めた。
それでも
代わりにリグは魔力切れで置物になっている。自分の胸を枕にして寝ている。
「貴女の魔法は繊細だと聞いたけど……その状態でちゃんと出来るの?」
「平気よ」
虚勢だ。でも妹と彼を救うためならやるしかない。やるしかないのだ。
「それよりもカミーラは?」
「レニーラが呼びに行っているわ」
「なら来ると信じて待つしかないわね」
自然とその言葉を使っていたアイルローゼは気づいていない様子だった。
ただ1人気づいたセシリーンは、何とも言えない不安に駆られる。
あの魔女が他人を『信じる』しかない状況なのだ。やはり怪我の状態が良くないのだ。
「……」
開きかけた口を閉じ、セシリーンは自分のお腹に触れた。
彼との子供が宿るその場所を優しく撫でる。
分かっている。自分も酷い女だと言うことを。
魔女の不安を知りながらも止めることができない。何故なら彼もノイエも無事にこれからの出来事を乗り越えて欲しいからだ。欲しいからこそ魔女の無茶を止められないのだ。
特にノイエの視界に映らない彼の身が不安で仕方ない。
傷ついていないか、怪我をしていないか、酷い目に遭っていないか……考えれば考えるほど不安に駆られる。
『誰かアイルローゼほどの実力者がいれば……』
居るには居るが容易に動かないのが、魔眼の中の住人でもある。
何かしらの切っ掛けがあれば話は違うが……。
「あら?」
のそりと動き出した相手に彼女……グローディアは軽く声を上げた。
また石像と化していた人物が動いたのだ。
「お手洗い?」
「笑えない冗談ね」
サラサラと“長い”髪の毛を揺らし立ち上がった人物……マニカは軽く背伸びをした。
それからゆっくりと準備運動でもするように体を動かしだす。
「何を企んでいるのよ?」
「……動けるようにしておこうかと」
動きを止めて暗殺者は微笑む。
「私って踏ん反り返って偉そうに命令する人間って嫌いなの」
「あら? なら今度から私も気を付けるわ」
「そうして貰えると助かるわ」
軽口を叩けるように親しくなった元王女の皮肉に微笑みを崩さず、マニカはまた体をゆっくりと動かしだした。
いつでも動かせるように入念に、だ。
~あとがき~
やり過ぎたアルグスタは別室で監禁中です。
で、どうして悪役の息子ってこんな風に弱者イジメをしたがるんですかね?
ちなみにポーラたちが漬け込まれている壺の中身は豚骨スープですw
ポーラはダメっぽいですが、ノイエは飲みたそうですwww
そして魔眼の中では万全ではないアイルローゼが外に出る準備を進めています。
で、もう1人は…動くのか? マジで?
© 2023 甲斐八雲
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