無残に殺してくれる!

 神聖国・都の某所



「どうやら私はお前のことを過小評価していたらしいな」


 お怒りの右宰相が……イライラとした声を上げている。

 全身から怒りのオーラを醸し出しながら僕の前を歩く。


 僕が何か悪いことをしたでしょうか? 聞かれたことは全て素直に話しましたよ?


 聞かれていないことも話した気もしますし、何より拷問官さんたちのストレスケアまでしてあげました。大変な仕事をしている彼らの心を少しでも軽くしようと、告白の場まで作ってあげて……感謝されても良いと思うのに、何故か足には鉄球まで付けられています。重いです。


 そんな状態で僕は右宰相に連れられ廊下を歩いている。

 長い廊下を……鉄球のおかげで本当に辛い。


「お前はあれだろう? 自分がどんなに傷ついても大丈夫な類の男であろう?」


 決してそんなことはありません。僕は痛いこととか大嫌いです。


 だから拷問官の人が来るなりはっきりと言いました。『痛いのは嫌いだからなんでも答えます!』と。もう素直の代表のように包み隠さず全部吐きだしましたとも。

 僕としては痛いことをされるよりも気持ち良いことをされる方が良いです。ただ気持ち良いことも長時間されると苦痛に変化するので勘弁してください。


 痛みを嫌う僕は大変素直だったはずです。


「私の大嫌いなタイプな男である」


 僕の心の声は届かないのであっさりスルーしてそんなことを言い出す宰相。

 そんな物語の主人公タイプとか僕も苦手ですね。


「だがその手のタイプを苦しめる方法を私は良く知っている」

「はい?」


 何故か悪いフラグが立ち上がったような?


「実に簡単である」


 偉そうにそんなことを言っている相手を良く良く観察すると、やはり厚化粧で表情を作っている。

 作られたその顔は美男子と言っても良いのだろうが、声音と言うか口調と言うかそういったものは、どう考えても僕より年上な感じだ。四十代、五十代かな?


「他人が苦しむところを見るのは耐えられまい?」

「……」

「表情が変わったぞ?」


 軽く鼻で笑い厚化粧が軽い足取りで廊下を行く。

 ちょっと待て。ええい……鉄球が重い。


 相手を追って僕も急げば、とある部屋の前に来た。


「もうやめてくださいっ!」


 中からはポーラの悲鳴がっ!


「焦りが透けて見えるぞ?」

「うっさい」


 お前ら、ポーラに酷いことをしていたら絶対に許さないぞ?


 笑う厚化粧が護衛らしき人たちに命じて扉を開かせる。


 邪魔する気配が無いので僕は急いで部屋の中に飛び込んだ。

 何故ならポーラの悲鳴が止まらないからだ。


 ウチの妹にどんな酷いことをっ! エロか? エロいことなのか?


「もうむりです。ゆるしてくださいっ!」


 僕の視界に飛び込んできたのは、椅子に縛り付けられたポーラと“ノイエ”が次々に食事を食べさせられている姿だった。

 その昔見たフォアグラを作る工程のような……うん。ちょっと違うか。ストップが出来ないわんこ蕎麦かな?

 蕎麦ではなくて乳白色のドロッとした液体をスプーンで食べさせられる感じだけど。


「我が国の伝統的なもてなしであるが……他国では酷い拷問だと聞く。どうかな?」


 厚化粧の言葉にマジ泣きしているポーラがこっちを見た。


 何日ぶりだろう? 2日ぶりぐらいに見たポーラは若干丸みを帯びたかな?


「みないでにいさまっ!」

「あっはい」


 泣き声でそう言われると自然と視線を逸らす。


「こんなすがた……もうしにたいです……」


 ただ1人泣くポーラの口にスプーンが向けられた。


 必死に食いしばり拒絶するポーラだが、不意に口が開いてスプーンの先を咥えさせられる。

 強制的に食事を与えられているのだ。


 ただ……そろそろ隣の姉を見ようか。

 アホ毛を嬉しそうにフリフリさせてパクパクと食べ続けているノイエは心底幸せそうだ。


 その様子に厚化粧は何とも言えない雰囲気を漂わせている。


「あれは何だ?」


 ノイエの前に積み重ねられている皿の数は……流石大陸屈指のフードファイターだな。

 違った。ドラゴンスレイヤーだ。最近ドラゴンを相手してないけど。


「アルグ様」

「はい」

「もっと早く食べたい」

「「……」」


 何故かその場に居る全員が何とも言えない視線をノイエに向けた。

 ただ1人……ポーラだけがまた泣き出した。


「ねえさまっ! もうむりです」

「大丈夫。お腹は空くもの」

「それはねえさまだけです」

「酷い。こんなに美味しいのに」

「あまくておもいですっ!」

「もっと甘くても良い」

「これいじょうあまいのはからだにどくです!」

「甘い物は栄養」

「もうやだ~!」


 マジ泣きするポーラを見つめながら、僕はそっと移動して給仕をしている女性に話し掛ける。


 あっどうもすみません。あれの保護者です。いいえいいえ。親切にどうも。えっとつかぬことをお伺いしますが、ウチの妹はどうしてあんなに泣いているのですか? はい? 姉が欲しがりで、ずっと白い物を頬張り続けるから妹にも同量と言うことで……あ~。すみません。姉の方は特別な訓練を受けている人間なので大丈夫ですが、妹の方は普通なので。はい。出来たら姉3に対して妹1ぐらいの割合でお願いします。きっと姉も大喜びです。


「ノイエ。ポーラ。食事量の割合を調整して貰ったから楽しんで」

「はい」

「にいさま~!」


 ポーラの泣き声が止まらない。

 お兄様が折角交渉して割合を調整して貰ったというのに……なんて酷い妹か。


「ポーラもお腹を空かせればいいんだよ」

「もうぱんぱんです」

「ならここにどうぞ」


 壁際に移動しダンダンと床を踏みつける。

 機転が利くはずのポーラなのに囚われていたから忘れていたのかな?


 僕が言わんとしていることに気づいたポーラは、何となく視線で『えいっ!』と力んで見せると氷の柱が生じた。

 床から天井までズドンと生じた氷は透明度が高く、氷の向こう側の壁も綺麗に見せる。


 一点集中で高品質の氷を作り出したのだろう。でも氷だ。ただの氷です。


「なっ何?」


 思わず宰相様が驚きの声を上げた。


「あれ? 宰相様はこれを知らないのですか?」

「……」


 僕の問いに彼は数歩下がり、部下の兵士たちが壁を作った。


 どうやらこの拘束具は魔法封じの効果があるらしく、魔法が使えなくなる。

 たぶんノイエもポーラも同じような物を使われているはずだ。だから『魔法による攻撃』は無いと思い込んでいたのだろう。この世界には祝福があるって言うのにね。


「この世界には魔法以外にも厄介な物があるはずですけどね?」

「……」


 ジロリと睨んで来る相手に分厚い盾を持った兵士が追加された。


「ちなみにウチのポーラ相手だとそんな盾とか無意味ですよ?」

「……」


 ジリジリと後退する宰相の様子が面白い。

 何気に目じりからヒビ割れが生じていて、このまま弄っていたら顔面崩壊とかするのかな?


「だが氷を作り出すだけの、」

「ポーラはね?」

「……」


 宰相の声を遮り告げた言葉にまた場の空気が冷たくなる。

 と言うかポーラが作った氷柱がとても冷たいです。


「そこの姉が祝福を使えないとでも?」


 不敵に笑う僕に対し、宰相は渋い表情を作る。ヒビが広がる。


「……姉妹であっても祝福を得られるとは、」

「その2人は実の姉妹じゃないよ」

「なに?」


 実の姉妹じゃないこの2人が祝福を持っていてもおかしくはない。

 まあ祝福って確率だから、実の姉妹が持っていてもおかしくは無いんだけどね。稀だろうけど。


「ならばその2人を」

「あっ言い忘れましたが、実は僕も祝福持ちです」

「……」


 ピシピシと宰相様の顔面にヒビが走る。もう一押しかな?


「実はこの3人の中で一番凶悪な祝福持ちが僕らしいんですが」


 ニコッと笑って宰相を見る。


「ドーン!」


 突然大きな声を発したら宰相が大きく背後に仰け反った。

 床に何かが落ちる音が響き、周りの人たちがざわざわと騒ぐ。


「……と突然使っちゃうかもよ? ねえ驚いた? ねえ?」


 笑いながらそう告げると、片手で顔を覆った宰相が僕を睨みつける。

 やっぱり老人だ。それもそこそこのお年を召している。皺だらけの顔を厚化粧で隠していたらしい。


「良くも私の素顔を……」

「だったら割れないようにもっとこう確りと加工してくださいな」

「……殺す。殺してくれる」


 大変お怒りになった宰相様が僕らに殺意を向けて来た。


「無残に殺してくれる!」


 うん。ちょっとやりすぎたかな?




~あとがき~


 祝福持ちって国の宝なんですよね。

 強弱の差はありますが、普通国で囲って外に出したりしません。


 ですがそれを出しちゃうユニバンスは…ある意味主人公たちを信頼し過ぎです。

 まあアルグスタは王族ですから亡命とか考えないだろうけどね。


 ですから宰相様は対魔法は考えても対祝福はノーマークでした。

 それが普通なんですよ。それが




© 2023 甲斐八雲

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