女性の部屋っ!

 神聖国・謁見の宮



 無事に……無事?

 まあ囚われた僕らは見事に拘束された。


 ハーフサイズな感じで万歳するようにして首と両手首を木の板で挟まれたスタイルだ。正面から見たらW字に見えたりするのか?


 ただどうしてだろう……このスタイルに安心感を得ている僕が居る。

 慣れているわけでは無いのだけど、しっくり来てしまうからビックリだ。実は僕はマゾなのだろうか? はい知ってます。結構な確率でマゾですけど何か?


 でも時にはサドにもなります。いじめっ子になる時だってあるんです。

 相手次第で圧倒的なMですけどね。


「にいさま」

「ん?」


 僕の前を行くポーラが不安げに振り返った。


「すごくおちつきます」

「……」

「にいさま?」


 今の僕はポーラにどんな視線を向けているのだろうか?


 きっと生温かなモノだと思う。


 うん。ウチの妹も結構なマゾ資質があるんだろうな……そんな気はしていたけどね。


「アルグ様」

「ほい?」


 僕の後ろに居るはずのノイエが追いついて来てこちらを覗き込んで来る。

 ノイエは絶対にマゾでは無い。彼女の夫をしている僕は知っている。ウチのお嫁さんはSである。


「お腹空いた」

「ですよね~」


 安定のノイエだ。流石だよ。

 ただ何も変化も得られずに僕らは馬車の前まで……はて? こんな所に兵隊さんが?


「これは右宰相様」


 頭が低い案内役の女性がさらに頭を下げる。

 見た目ほとんど前屈運動だ。と言うか頭を下げ過ぎてこっちを見てしまわないか不安になる。


 ん? 右宰相?


 確かこの国には2人の宰相が居るとか聞いたな。


 僕らの前に居る人物がそれらしい。全体的に白い服を身に纏った人物だ。

 ただ何か違和感を感じる。この違和感の正体は……顔だ。表情だ。白すぎるあの顔がマスクに見える。


「その者たちをこちらに引き渡して貰おうか」

「それは」

「良いからこちらに渡せばよい」

「ですが」


 頭の低い女性が対応に困っている。


 女王の命令と宰相の命令を天秤にかけ……僅かに女王の命令が勝っているように見える。

 だからだろう。少しずつだが宰相がイラつく様子が手に取るように。


「渡さんと言うのか?」

「女王陛下のご命令を覆すことは」

「分かった」


 軽く手を上げた宰相が、前に向かい掌を倒すように振る。

 まるで『やってしまえ』と言いたげに、事実宰相の背後に控えていた兵たちが動き、手にした槍を繰り出して女性を串刺しにした。


「ひぃ」

「きゃあっ」


 僕らの周りを囲っている人たちにも穂先が向けられ、次から次へと突き殺して行く。

 殺すことに迷いがない。あっという間に全員が殺されてしまった。


「ふむ」


 まるで作業のように全てを処理した宰相がこっちを見る。


 やはりその表情が変だ。

 厚塗り化粧の見本のような……木槌を持って来て軽く正面から叩いてみたくなる。


「お前らがユニバンスとか言う小国からの使者か?」

「あ~。そうですが何か?」

「ふむ」


 何故か偉そうに頷いて見せる。あっ宰相だからこの国だと偉いのか。


「本当に酷いことをするものだな。大陸東部の者たちは」

「はい?」


 何を言っているのでしょうか?


「逃亡を図り女王陛下に仕える者たちを皆殺しにするとは」

「……」


 うわ~。自分がやった犯行をこっちに押し付けて来たよ。


「悪逆非道の限りとはこのことを言うのだな。仕方あるまい……この者たちを捕らえろ」

「「はっ」」


 改めて槍の穂先を向けられて……で、結局僕らは何処に向かい連れていかれるのでしょうか?




 とある某所



「それでアルグスタ様たちの所在は?」

「申し訳ございません。女王様」


 出来ればその『女王様』と言うのを止めて欲しいのですが止めて貰えません。ですからもう諦めて半笑いで受け流すことにしました。

 こうして人って嫌なことに慣れてしまうのですね。


「現在この都は戒厳令が敷かれ、我々も公に活動が出来ない状況です」


 私に対し頭を下げ続ける筋肉質の男性……何でも左宰相に仕えているムッスンと言う人です。

 腹心中の腹心で、左宰相の為なら『例え火の中水の中。骨と皮の中にだって』迷わず突入するそうです。最後の二つの意味が分かりませんがそれほどの頑張り屋さんだそうです。


「ですが少しですが話を得ることはできました」

「それは?」

「はい。彼らは謁見の宮で囚われ、そこから逃げ出そうとして右宰相の手勢に囚われたというモノです」

「逃げ出そうとして?」


 有り得そうです。あの人たちは逃げることに迷いがなさそうですしね。


「はい。何でも会談で失敗した腹いせに護衛の者たちを殺し、」

「それは嘘です」


 相手の声を私は遮りました。


「あの人たちは悪ぶりますが、根が良い人なので人を殺したりはしません。ですからその話は嘘です」

「ですが」

「嘘です」

「……分かりました」


 嘘に決まっています。

 何故ならあの人たちは見ず知らずの女の子だって救う人たちなんですから。


 ムッスンさんとの話を切り上げ『着替えますから』と告げて相手を部屋から追い出します。そうしないと彼らはずっと私の部屋に居るのです。一応女性の部屋です。男子禁制です。


 相手を追い出し大きく息を吐くと、物陰からようやく姿を現しました。

 宿で私たちが救った女の子です。名前は分かりません。今は名無しです。


「もう平気よ」

「……」


 何かを語ろうとした少女は、パクパクと口を動かすだけで言葉を発しません。

 怪我を得た時の恐怖が少女から言葉を失ってしまったようです。だから話すことが出来ません。


「はい。こっちに」


 私はベッドに腰かけ自分の隣をポンポンと叩きます。

 恐る恐る近づいてきた少女は隣に座ると、全力で抱き着いてきます。


「はいはい。まずは顔を見せてください」


 そっと手を伸ばし少女の頬を両手で挟む。

 酷かった目の周り怪我はまだ治っていません。腫れあがったままで痛そうです。


「……」

「ごめんなさい」


 今にも泣きそうな目を向けて来たので手を放します。すると少女は全力で甘えて来ます。

 私はずっと一人娘として大切に育てられてきたので、こんな風に甘えられるのは少し嬉しいです。

 アルグスタ様が何かあれば妹のポーラ様を可愛がっていた気持ちが、痛いほど良く分かります。

 妹とは本当に可愛いモノですね。


「私の傍に居れば大丈夫ですからね」

「……」


 少女は何も言わず甘えて来ます。


「それにしても」


 相手の背中を撫でながら、私は小さく息を吐きます。


 出来れば名前を呼んであげたいのですが、この子は文字も書けません。つまり文字も読めないのです。

 自分の名前すら書けない……これが大陸で有数の強国と呼ばれている国の実態です。恥ずかしい限りだと思います。


「リスさんもここを出て行って……何をしているのでしょうか?」


 囚われて早や5日。苦楽を共にして来たリスさんは、この部屋の高所に存在している明り取りの窓まで駆け上り『ちょっと出かけてきます』とばかりに手を振って姿を消しました。

 それが3日前のことです。


 最初は寂しかったけれど、この子が起きて甘えるようになってくれてからは幾分気が楽になりました。


「アテナ様! 女王様!」

「女性の部屋っ!」


 ノックも無しに扉を開けて来たムッスンさんに私は怒鳴り返します。

 女の子が自分に暴力を振るった筋肉質の男性をとにかく怖がるのです。今も泣きながら物陰に飛び込んでしまいました。


「失礼しました。ですが重要な情報が!」

「はい?」


 重要な情報ですか?


「はい。何でも東部から来た使者たちの処刑が決定したとか」

「はい?」




~あとがき~


 主人公たちは右宰相の元へ。

 そして左宰相に囚われているアテナさんの元に情報が。


 どうも上手いこと話が回らない。何故だ!

 主人公のやる気が無いからです




© 2023 甲斐八雲

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