調子に乗って申し訳ございませんでした

 神聖国・謁見の宮



 熱狂が止まらない。


 上野の西郷さん……タージョッサルタネ姫様のように大変美しい女性を見つめるお仕えの女性たちが大興奮して泣き叫んでいる。

 最初はどこぞのライブ会場かと思うほどだったが、今の状況は全員が危ない薬を服用して騒いでいるような感じにしか見えない。


 これって大丈夫なの?


「大丈夫でしょ」


 僕の問いに悪魔が抜けた表情を浮かべて答えて来る。


 そっか。大丈夫なんだ。


「一度強い薬を服用した人って結局死ぬまでその薬からは抜け出せないのよ」

「おひ?」

「事実よ」


 その抜けた表情はただの悟りか?


「嫌な皮肉を言わないでよね。私は薬を使って人心把握を行ったことは無いわよ」

「なら誰かがやるのを見てたことはあるんだ」

「……余り揚げ足ばかり取っていると、相手の足の臭さを知ることになるわよ?」


 僕の指摘に悪魔は増々嫌そうな顔をする。

 誰が行っていたのかは敢えて聞かないけれど、それを止めなかったのもある意味で共犯だと思う。


「で、この状態に見覚えは?」

「あるわよ」


 あるんだ。


「たぶん『絶頂の果て』ね」

「何その危ない感じがするネーミングは?」


 薬を使用しているのに絶頂とか……大丈夫? R18に抵触しない? と言うかノイエの姉たちに絶対に渡らないようにしてくれますか?


「たぶん食事に少量ずつ薬を混ぜて飲ませて来たんでしょうね。あれって蓄積具合で効き目が変わるから」

「ふ~ん」


 ん?


「蓄積した薬の量で効き目が変わるって……ならこの状態はいつでも起こりえるってこと?」

「流石にそれは無いわよ」


 悪魔が軽く耳に指を差し入れクリクリと掃除をする。

 掃除というよりも騒音が煩すぎると言いたげなジェスチャーだろう。

 気持ちは分かる。本当に煩い。


 半狂乱で女王を称える人たちによって『シャンシャン』と鈴の音がとんでもなく煩い。

 魔力量的には少ない部類に入る僕ですら全身がかなり怠く感じる状態だ。

 大陸屈指のノイエは……僕の腕に抱き着いたままでもう完全に動きを止めている。


 起きていますか?


「この音で掻き消えているけど、たぶん別の音がこの中を満たしているはずよ」

「へ~」

「その音が本命なんだけど……分かる?」

「無理です」


 鈴の音に隠しているのなら絶対に見つかりません。


「まあほとんどモスキート音だから普通の人には探し出せないんだけど」

「おい」

「仕方ないでしょう?」


 軽く肩を竦めて悪魔は苦笑する。

 それはまるで『犯罪の道具』なんだからと言いたげに見えて……今日の所はスルーしておいてやろう。


 この悪魔の過去なんてほじくり返すだけ、きっとブラックなモノがゴロゴロと出て来るに違いない。付き合うだけで僕が疲れる。


「問題は……この状況よね?」


 煩すぎる鈴の音と置物と化しているノイエ。そして身動き一つしないでこちらを見ている西郷……女王陛下の思惑が分からない。

 何よりそろそろ我が儘ボディを隠せ。絶対に見たくない全裸の類だぞ?


「何が起きていると思う?」

「僕の殺意がメラメラと」

「対象が私じゃなければ別にメラってても良いわよ」


 君に対しても若干含まれていますが?


 これほど場を乱しやがって……僕が交渉で圧倒する場面をノイエに見せる予定だったのに。


 それを思い出したらこの馬鹿にはお仕置きが必要な気がしてきたぞ?


「なあ悪魔よ。後でお仕置きの、」

「仕方ないわね。少し変化でも」


 大きな声を発して悪魔が逃げ出した。

 別に走って逃げたわけではない。何となく僕の言葉の続きを聞きたくないと言いたげに自分の耳を両手で塞いで女王の元へ走り出したのだ。


 どうするのかと見ていれば、悪魔はスカートの中から高枝切りばさみのような道具を取り出し、自分がはぎ取った姿隠しの布をまた付け直して行く。

 本当にあの悪魔は無駄に器用だよな。あっという間に布を付け直して……すると狂ったように鈴を鳴らしていた人たちがゆっくりとその動きを小さくしていく。

 と言うか僕ら以外全員がゆっくりと……落ち着きを取り戻した様子にも見える。


「解決!」

「諸悪の根源が何を言う?」

「リカバリーしたから問題無し」


 戻って来た悪魔は小さな胸を張ってそんなことを言い出した。

 これほど自由に生きる人間を僕は知らない。知りたくもない。


「ねえ悪魔?」

「ほいほい」

「布を戻したら大人しくなったということは?」

「たぶんその考えで合っていると思う」


 言いながら悪魔は自分が付け直した布の天井部分に目を向けた。

 釣られて僕も視線を向ける。たぶんあの布が剥がされたりした場合に発動する魔道具なのだろう。原理は知らない。知らないけど戻したら治まったということは重量かな?


「変な魔道具が世に多く存在していて困るんですが」

「そうね。今度刻印の魔女に会ったら文句の1つも言っておくわ」

「……宜しく」


 一瞬鏡を探す僕が居たが、自由人は放置プレイに限るのでやっぱりスルーだ。


 場の興奮は治まった。治まりはしたが、自分たちが何をしたのか覚えていないのか……女性たちはまた深く頭を下げる姿勢に戻り『シャンシャン』と鈴を鳴らしている。

 さきほどまでとは違い静かに奏でるようになので耳の奥が痛くなることは無い。


「あっ」

「どうかしたの?」

「あれほど煩かったからセシリーンが死んで無いか不安になっただけ」

「……優しいことで」


 僕は女性に対して優しいアルグスタさんですから。そう言うと語弊が生じそうだな。

 仲の良い人には優しいアルグスタさんだから。それも違うか。

 まあ良い。セシリーンは妊娠中って話だしね。優しくしてあげるのは当たり前だと思います。


「確認のしようがない」

「平気よ」


 ん?


「魔眼の中で両耳を押さえて転げ回っているぐらい」

「それって平気なの?」

「大丈夫よ。よくある光景だし」


 魔眼の中って一体?


「魔女だって泣きながら床の上を転がっているし」

「本当に何しているの?」

「おっぱいだけは自分の胸が邪魔で弾んでるわね」

「納得」


 リグの胸は仕方ない。転がれば間違いなく弾む。うん。弾むな。


「おっと」


 悪魔が何かに気づいて出しっぱなしの高枝切りばさみ状の道具をスカートの中にスルスルと押し込んだ。

 光景的には色々とアウトなんですが、それって大丈夫? 太くて長いのが好き?

 ポーラの顔でそんな言葉を二度と口にするな。本気で血祭りにあげるぞ?


「はん。いつまでも妹が子供のままだと思わないことね!」

「どんな脅し?」

「この子だって成長すれば夜這いの1つや2つ」


 夜這いの単位って『つ』なの?


「寝取りの1つや2つ」


 寝取りの単位も『つ』なの?


「お前が眠っている隙にやってしまうかもしれないのだよ!」


 怪談話口調ですげえ恐ろしいことを言わないで~。


「それに今まで何もされていないと本当に思っているの?」


 な、に?


 何故か悪魔は僕に対し哀れんだ目を向けて来た。


「知らないって幸せなこともあるのね」


 ちょっと真面目に家族会議を開催しようか? 話し合いの議題がたった今、決定したよ?


「ねえお兄さま」

「はい?」

「どこまでがエッチじゃないの?」

「……」

「あくまで確認よ。うん。確認」


 良く分からんがやはりこの悪魔は僕の敵だ。

 血祭りにあげる必要しか感じない。


「なあ悪魔」

「はい?」


 お尻をフリフリさせながら僕を揶揄っているのであろう相手に対し、軽く指をバキバキと鳴らしながら真顔を向ける。軽くバキバキだ。軽くだよ?

 おいおい悪魔よ。今更『冗談が過ぎました?』って顔をしても遅いぞ。お前には明日の朝日を拝む権利すらない。


「えっと……ごめんなさいって可愛く謝ったら許してくれる?」

「可愛らしさの具合で判断してやる」

「ならばとくと見ろ!」


 ピタッと床にその身を投げ出し、悪魔は五体投地の姿となった。


「調子に乗って申し訳ございませんでした」

「うん」


 ちゃんと謝ったから、


「お兄さま? どうして背中に足の裏が?」


 そんなの決まっています。


「謝意は感じたけど可愛らしさが無かったから?」

「脱ぐからっ! 今から脱ぐからちょっと、ぐへ~。踏まないで~」


 グリグリと悪魔の背中を踏んでいたら、『パンパン』と鋭い音が響いた。

 どうやらフリーズしていた西郷……女王陛下が動けるようになったらしい。


 ん? 何で止まっていたの? あの女王ってば?




~あとがき~


 女王陛下はフリーズしていたわけでは無くて…ある理由で動きを止めていました。


 と言うか主人公たちはある勘違いと言うか認識違いをしています。

 その辺の謎解きは話が進めば分かるはずです。


 ん~。神聖国編のラストが…シリアスさん大丈夫かな?

 思いの外頑張って貰うことになりそうなんだけど、この話ってばシリアスさんが頑張ると人気が落ちるんだよね。不思議なことに。


 ユニバンスに帰ったら遊ぶんでかなり重めになるかもしれませんがお付き合いのほどを




© 2023 甲斐八雲

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