お遊びは終わりかえ?

 神聖国・謁見の宮



「お遊びは終わりかえ?」


 布の向こうから女王陛下の怒気を孕んだ声が響いて来た。

 一斉にお仕えの女性たちが鈴を鳴らしながら僕らを見つめるが、その程度の視線で屈するほど僕の精神は柔ではない。見たければ見ろ!


「いあぁ~! 兄さまに汚されるぅ~!」

「汚してやろう。容赦なく」

「むがぁ~。背中に足跡が残るから~」

「大好きなお兄ちゃんの足跡だ。喜んでその背に宿せっ!」

「いやぁ~! ならせめて桜吹雪をっ!」

「お~。だったら後で存分にその背を叩いて紅葉吹雪を作ってくれるわっ!」

「そんな浪花名物のパッチパチパンチを~!」


 全てを無視して悪魔の制裁を継続する。

 コイツだけはそろそろ一度徹底的な制裁を加えるべきだ!


「遊びは終わりかえっ!」

「「うっさいわっ!」」


 僕と悪魔は同時に叫んで全てのうっ憤を解放した。


「そうかえそうかえ」


 動じないだと?


 女王のリアクションに怯んだ僕の足元からスルリと悪魔が脱出した。

 と、何故か涙目でこっちをポーラが睨んで来る。


「にいさま。ひどいですっ!」

「案ずるな。責任なら取るから今は黙って受け入れていなさい」


 流石の僕も妹を傷物にしたりはしません。後でリグを呼んでちゃんと治療をして頂きます。

 けれど何故かポーラは顔を真っ赤にすると、鼻血を噴いて後ろへ倒れて行った。


 何が起こった妹よ?


「……まさか一発で私の弟子を倒すだなんて流石ね」

「ふっ……笑止。ポーラは僕の妹でもあるからな。そんな人物が僕を倒すことなど不可能」

「だが私は負けない! このデンプシー〇ールを打ち破れる物なら打ち破ってみろ!」


 悪魔が体を8の字に振って僕に接近して来る。

 とりあえず特大ハリセンを……ごそっと魔力を持っていかれたわ! だが負けん!


「レフリーが止めるだなんて思わないことね!」


 一気に距離を詰めて来た悪魔の頭に対し全力でハリセンを振り落とす。

 だが流石デンプシーだ。この攻撃を掻い潜るかっ! だがまだだ! まだ終わらんよ!


「ノイエ!」

「ん」


 空振る寸前でノイエが僕の腕を引っ張り軌道修正する。

 勝利を確信していた悪魔の脳天にハリセンが直撃した。


「ぬお~!」

「……またつまらぬモノを斬ってしまった」


 頭を抱えて転げ回る悪魔に対し、僕は自身の勝利に酔う。

 で……今って何の時間でしたっけ?


 陸揚げされた魚のように跳ねまわる悪魔を踏んで黙らせ、僕は改めて布の方を見た。

 シルエットでしか確認のしようがない女王は……何処か笑っているような雰囲気だ。


「面白い。実に面白いのう」


 雰囲気では無くて女王陛下は笑っていらした。


「おい悪魔。何か西郷さんが笑っているぞ?」

「奇遇ね。私もそんな風に感じていたわ」


 そうか。ならば踏みつけは継続だな。

 心配するな。女王陛下が折角笑っているのだ。ここは場を盛り上げるためにも継続だろう?


「あふん。お兄さま。ポーラもっと激しいのが好きなの」

「妹の口で汚らわしい毒を吐くなっ!」


 ハリセンを作り出して……意識が一瞬飛びかけた。

 この程度のツッコミで底を見せるのか、僕の魔力よ?


「流石根っからのツッコミの属性ね。だがこの中では私の方が強いのよっ!」


 ジタバタと足を振り回し、僕の足から脱出した悪魔がこちらに対して笑って見せる。


「ハリセンツッコミばかりにこだわるから兄さまは負けるのよ!」

「まだだ。まだ負けてない!」

「強がりは見苦しいわ! もう魔力切れで足に来ているでしょう?」

「くっ!」

「ならばとどめよ!」


 またデンプシーかっ!


 しかし回避の手がない。魔力切れで足が震え、ハリセンはもう呼べそうにない。


「タコ殴りにしてあげるっ! お兄さまっ!」


 スピードに乗って体を動かす悪魔の距離が一気に詰まり、不意に手を伸ばしたノイエがむんずと悪魔を捕まえて自分の方に引き寄せる。

 真っ直ぐノイエの胸に顔から突っ込んだ悪魔はジタバタと暴れ、顔を挟む姉の胸に手を寄せると左右からパフパフと揺らした。


「……負けた~!」

「最初から負けてるだろう?」

「そうでしたっ!」


 自分の負けを認め、悪魔が膝から崩れ落ちた。


 最期にどうやら勝ちを拾えたようだ。で、この戦いに勝って僕に何の得があるの?


「あはは……それで終わったのかえ?」


 高みから見下してくるような女王の言葉に、悪魔が顔を上げて立ち上がった。


 まだ立つのか? 流石悪魔だ。


「何かあの男面の発言がむかつくんだけど?」

「奇遇だな」


 僕もかなり頭に来ている。

 全力で無視して遊んでいただけでここまで人の神経を逆なでるとは凄いぞ女王。


「ねえ馬鹿?」

「何だよ悪魔?」

「……あの女王ボコる?」


 賛成。声には出さないけど悪魔になら通じるだろう。

 何故に声出さないのか?

 それは僕は女性に優しいアルグスタさんだからだ。


「ならやっちゃおうかな?」


 何故か指をパキバキと鳴らしながら悪魔が歩み出す。


「のう客人よ」


 悪魔の動きに応じて女王が口を開いて来た。

 だがウチの悪魔はそれぐらいじゃ止まらんぞ?


 布越しのシルエットがもそりと動く。

 足でも組み替えたのか……ごめん分からない。


「お前たちの背後に居る存在は刻印の魔女かえ?」


 悪魔の足がピタッと止まった。

 たった3歩で歩みを止めるな。散歩じゃないんだぞ?


「我が一族には古くから伝わる言葉が多くある。それらは全て“召喚の魔女”が残した物であるが、その中に『ゲートを移動できる者が現れたのであれば、それは間違いなく刻印の魔女であろう』と言う一文があるのだ」

「ふ~ん」


 思いっきり鼻を鳴らす感じで返事をしてやった。


「違うと申すのかえ?」

「ああ違うよ」

「ほう。では誰が?」

「そんなの決まっているだろう? 我が国が誇る瘦身の美女! 術式の美魔女! アイルローゼ様だよ!」


 ただの魔女ではない、美魔女なのだよアイルローゼはっ!


 で、悪魔よ。戻って来て僕の脛にローキックを放って来るな。

 何に対しての怒りだ? その蹴りは?


「ほう。あくまで他人だと?」

「如何にも」


 何故なら本当に他人だ。刻印の魔女とか言う悪魔は目の前にいる。そして先生はノイエの魔眼の中に居る。

 嘘は吐いていない。


「ならそのアイル何とやらが刻印の魔女が姿を偽っている可能性は?」

「無い」

「何故断言できる?」


 そんなの決まっている。


「ウチの先生は大陸各地で騒動を起こすような活動的な女性じゃない。基本家の中で魔法書を読んで過ごすことを好む引きこもり体質だ」

「「……」」


 耳が痛くなるほど静まり返った。

 鈴の音さえも途切れるほどにシーンとなったのだ。


 ごめん。誰か何か言ってください。沈黙が凄く僕の胸を締め付けて来ます。

 決して先生の仕返しが怖いとかじゃないです。先生は説明すれば分かってくれる人です。

 説明しながら隙を伺って甘えだせば、最終的には自分が引きこもりであると素直に認める人です。


 それで良いのかアイルローゼ?


「ならば決して違うと?」

「違います」

「そうか……なら残念じゃよ」


 パンパンと女王がまた扇子でも叩いて音を発した。


「ん?」


 カクンと僕の体から力が一気に抜ける。

 ずっと僕に抱き着いていたノイエの腕が無ければ床に倒れ込んでいたほどだ。


「ほう。これを耐えるのかえ?」

「……何をした?」


 苦し紛れに声を出す。耐えられていないのは僕だけだ。


 若干猫背で眠そうにしているノイエはそれでも立っている。そして悪魔はこちらに背を向け普通に立っている。僕もせめてポーラぐらいの魔力量が欲しいです。


「それかえ? 10数年前にこの国に訪れた“旅人”と名乗る者が作って行った魔道具であるぞ」

「旅人?」


 反応したのは悪魔だった。


「まさか……『マーリン』とか名乗っていないわよね?」

「ほう。幼い割には物知りであるな? それともお主もあれに自分の枷を解き放たれた者であるのかえ?」

「……」


 沈黙した悪魔が、こちらを振り返る。

 表情からして完全にポーラだ。


「にいさま」

「はい?」

「にげろ、だそうです」

「……」


 悪魔さん。先に尻尾を巻いて逃げましたか?




~あとがき~


 旅人さんと刻印さんの関係は…神聖国編以降に語られます。

 この辺もシリアスさんが頑張る予定ですが、クラッシャーの主人公が居るからどうなるやら。


 ですが現状刻印さんは撤退を勧めます。何故なら旅人が作る魔道具は…




© 2023 甲斐八雲

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