No.7

 とある世界のとある場所



 縁側に腰かけて外を見る。


 手入れが行き届いた奇麗な庭は立派な日本庭園だ。

 昔の記憶を探ると、近所にこんな庭とか無かったのに何故か懐かしさを感じる。


 池か? 池が良いのか? 池が懐かしさを思い起こさせるのか?


 縁側の柱に寄り掛かり、まだ藍色の空を見つめる。

 星が綺麗だな。うん。奇麗だ。


 深く息を吐いてゆっくりと……本当にゆっくりと後ろを振り返る。


 畳の上に布団が敷かれた寝室では、全裸のアイルローゼとファシーが腰を抜かして寝ている。

 あの寝相はどうかと思ってしまうが仕方ない。燃え尽きたように寝ている。


 寝ているのか? 振りじゃないよね? それか気絶か?


 出来れば僕もそっちに行きたい。


「アルグさん」

「……」


 ノイエが戻って来た。戻ってきてしまった。


 屋敷の台所へ向かった彼女は何故かフランスパンを抱え……何そのパンは? フランスパンをVの字カットにしてマヨネーズを大量に投入しているのね。納得したよ。


 モグモグとそれを齧りながら栄養補給をしているノイエが僕に小さな瓶を差し出す。

『勢力増強! マ〇シドリンク』ってナンデスカ? どうしてそんなものがこの家にはあるのですか? 常時置かれている? 大丈夫かこの家は?


「飲んで」

「……」

「飲んで」


 どうやら僕は何処に行ってもノイエには逆らえないらしい。


 もう存分にアイルローゼやファシーに正妻の何かを披露したじゃないですか? それでも足らないの? それでもまだやるの?


 するんだ……分かりました。


 覚悟を決めて瓶を受け取り一気にそれを飲む。

 喉が痛い熱い感じがしてとりあえず液体を腹の中へと流し込んだ。


「続き」

「……」

「続き」


 フランスパンを完食したノイエに掴まれ、また寝室へと引きずられて行く。


 夜明けはまだか?


 僕は学校がセーフティーゾーンなのだと初めて知ることが出来た。


「ノイエ」

「なに?」

「まだ?」

「するから」


 間髪を入れずとはこのことか?


 ノイエが即答して来る。いつもの無表情で無慈悲にだ。


「負けない」

「はい?」


 布団まで引きずられアイルローゼとファシーを退かしたノイエが僕を押し倒す。

 どっちが主導権を握っているのか……これが尻に敷かれると言う奴か?


「アルグさんはわたしのもの」

「ちょっとノイエ」

「だから負けない」

「ちょっと~!」


 3人を相手にしてからの貪欲なノイエとか僕の何かがもちませんから~!




「あはは~。大丈夫~?」

「……どう見える」

「精魂枯れ果て燃え尽きている感じかしら?」

「正解」


 シュシュとセシリーンの癒し系な2人が僕に癒しを与えてくれる。


 学校の教室、自分の机にもたれ掛かる僕の身を案じてくれるのはこの2人ぐらいだ。

 医者であるはずのリグなどは、登校した時に軽く手を取り脈を計って顔色を確認すると『はい元気』とか言って離れて行った。


 良いのか医者よ? それで?


 アイルローゼとファシーは本日お休みらしい。出来たら僕もと一瞬考えたが、そうするとノイエも学校を休む。結果として延長戦だ。僕が本当に死んでしまう。


「そんなにノイエが激しかったのかしら?」


『あらあら』という声が聞こえてきそうなほどの優しさを発揮するセシリーンは相も変わらずコスプレ感が半端ない。大卒のお姉さんがセーラー服を着て『私もまだまだ若いでしょ?』と言ってるくらいに違和感しか感じない。むしろ私服の上からエプロンをした方が似合うと思う。保母さんとかのコスプレが絶対に似合うと思う。


 シュシュは全く違和感がない。美人だけど癖の無いシュシュの顔は自己主張が激しくない。

 ある意味で優秀な美人なモブキャラ顔とも言えなくないが本人にそんなことは言えない。


「何か~不穏な~気配を~感じる~ぞ~?」

「気のせいです。シュシュは変わらずそのままの可愛い姿でいてください」

「あは~。ちょっと~照れる~ぞ~」


 本当に照れだしてシュシュが顔を真っ赤にする。


 ところで後のメンバーはどうした?


 ノイエはさきほど僕の財布を強奪すると購買部に向かった。

 あんなに朝食を食べたというのに2限終了時にキュルキュルとお腹を鳴らしだした。結果としてダッシュで購買だ。

 おかげでこうしてのんびり会話ができる訳だけど。


 アイルローゼとファシーは休みだから居ない。

 教室に残っているのはセシリーンとシュシュとリグだ。


 僕はリグが起きて授業を受けている姿を見たことが無い。ずっと寝ている。

 机の端に自分の胸を乗せてそれを枕に寝ている。時折体勢が悪いと呼吸を詰まらせて飛び起きる時があるが、それ以外はほとんど動かない。


 で、レニーラとホリーも居ない。


 ホリーは基本教室に来ないそうだ。あの人見知りと言うか孤高の存在は人との付き合いを極力嫌う。ただ家族相手だとデレデレなので、僕とノイエの前だと甘えが凄いけど。


「レニーラは?」

「ん~」


 話に聞くとレニーラと同じ場所で生活しているシュシュが、フワフワしながら眠そうな目を向けて来た。


「今夜に~備えて~万全な~状態を~作る~とか~言って~朝から~脱毛~サロンに~向かった~ぞ~」

「何の本気だ?」

「骨抜きに~するって~言ってた~ぞ~」


 何て恐ろしい。ホリーとレニーラも本気になってはいけない人間なのです。

 何より一番本気になってはいけない存在がノイエだが。


「ただいま」

「「……」」


 両手に菓子パンを抱えて戻って来たノイエが机の上にどさどさと戦利品を置いた。


 大量だ。大量すぎる。そんなに買ったらお昼に困る人が出て来るぞ……と言う不安はこの学校には存在していない。何故ならこの学校は朝とお昼前に菓子パンが運ばれてくるそうだ。


 大変だなパン屋さんと思ったが、作っているのは『メイド学科』の人たちらしい。

 この学校は世界に通じるメイドを育成する機関として大変有名らしい。


 うん。ツッコんだら色々と負けだ。だからツッコまない。中学ではポーラが主席らしいがツッコまない。幼学ではコロネとスズネが主席を競っているというのは何かの誤報だろう。

 スズネの一強だと僕は信じている。あのコロネが優秀とか嘘だ。


 ちなみに我が家のミネルバさんは歴代一位の逸材らしい。ただそのレコードもこのままのペースだとポーラが塗り替えること間違いなしらしい。


 あれ? ミネルバさんって僕らと同学年では?


 そう思っていたら廊下を静々と歩いて行くミネルバさんが居た。セーラー服姿ではなくメイド服姿で……あの人は本当に徹底しているな。


 その内メイド服以外を着せてやろう。


「……ごちそうさまでした」

「もうっ!」


 突然の言葉に僕は目を剥いた。


 確認すると机の上のパンは無い。セシリーンが食べているチョココロネが実質最後か? シュシュが持っているメロンパンは……こらこら。リグの胸のに何を挟んでいる?

 ホットドックを挟むな。男子生徒の何人かが自分の足の間に何かを挟んでモジモジしながら教室を出て行ったぞ?


 シュシュはメロンパンを咥えてフワフワしだした。

 何故かノイエがそれをロックオンして追いかけだす。


 今日はメロンパンが美味しかったのか? それとも舌がメロンパンを求めているのか?


 このまま止めずにノイエを野放しにすると、彼女はシュシュを捕まえ抱き寄せた。

 反対側からはむっと食べだし……ポッキーゲームではなくメロンパンゲームが開始された。


 これは圧倒的にシュシュの分が悪い。はむはむとメロンパンを食すノイエの圧にシュシュは圧倒されている。

 食べ進めることが出来ずに棒立ちだ。


「はむはむ……」

「ん~」

「はむ……」

「ん~!」


 ジタバタと暴れていたシュシュの動きが止まった。

 ノイエが根元までメロンパンを食したからだ。


 結果として僕らは何を見せられているのだろうか?


 何故か女子生徒たちが色めき立ち、男子生徒が恥ずかしそうに視線を逸らす。

 エロいことが大好きな男子も目の前でそれが展開されると、好奇心よりも恥ずかしさが勝るようだ。


 僕ほど達観していないと今の状況を眺め続けることはできない。


 シュシュとノイエのディープキスとか……凄いな。

 ノイエはシュシュの口の中のメロンパンまで食べ尽くす気か?


「ちょっと!」


 ガラッと教室の扉が開いてひと際ゴージャスな生徒が入って来た。

 敵だ。僕の敵である。


「私のノイエに何しているのよ!」


 否、違う。あれはどう見てもノイエが一方的にシュシュに何かをしている状況だ。




~あとがき~


 あれの登場です。主人公の天敵です。

 向こうも同じ風に思っていますがw


 現在オチに付いて悩んでいます。

 無事に終えるか続きにするか…どうしよう?




© 2023 甲斐八雲

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