No.6

 とある世界のとある場所



「はい?」


 アイルローゼの言葉に僕はゆっくりと首を傾げる。


 お風呂を出た僕とアイルローゼは、僕の部屋が存在している離れに来た。

 ノイエは脱水した猫を抱えて台所へと向かった。一緒にアイスを食べて回復を図るらしい。


 サウナに入った意味は? アイスを美味しく食べるためですか?


 そんな2人を見送りやって来たのがこの離れだ。

 何故か僕の部屋は屋敷の中にない。あるんだけどコロネとスズネが使っているのだそうだ。


 で、この離れは図面の上では茶室になっているらしい。


 ただ茶室にしては作りが変だ。

 まず部屋が2つある。ミニキッチンとトイレとシャワー室も完備されている。

 屋敷とは独立した作りだ。いざとなればこっちで生活できるだろう。

 そんな離れを僕は自室として使っているのだとか。


 秘密基地的な存在に憧れていたのか? 昨日までの僕よ?


 離れに来た僕は、アイルローゼに色々と聞き込み……現在進行形で危ない人を見るような視線を彼女から受けている。

 そんな目で見られるのも実は嫌いでは無い。美人の蔑むような視線はご褒美です。


 と言うか変な言動やリアクションも出よう。

 主な原因はアイルローゼの言葉がちゃんと飲み込めなかったことだけど。違うか。飲み込んでいるんだけど、余りにも都合の良すぎる話で僕の何かが警戒するのです。


『世の中そんなに甘くない』と。


「大丈夫? 頭?」

「頭は無事だと思うけど……」


 彼女の振る舞いは優しいんだけど、言葉の節々に棘を感じるのは気のせいか?


「なら記憶喪失? 健忘症の類?」


 違います。ぶっちゃけこの世界の設定を把握していないだけです。


 ただ心配して僕の頭を調べてくれるアイルローゼの手が気持ちいい。絶妙なタッチでマッサージを受けている感じだ。

 思わず声が出そうになって必死に飲み込む。


「外傷は無いみたいだし……一時的な記憶の混濁かしら?」


 畳の上で座る僕の前へ膝立ちの体勢で移動してきたアイルローゼは何故か黒いネグリジェだ。

 悪くない。僕的には赤と黒のコラボは好きだ。ノイエの瞳の色が好きなのもこれが理由かな?


 回りこんで来た彼女は膝立ちの姿勢をキープし、僕の頭を指で押す。本当に気持ちが良い。

 そして目の前には黒い……ボリュームを全く感じさせない壁がある。

 この薄布の向こうにはアイルローゼの胸が存在している。


 小振りで可愛らしい胸です。お風呂で見て確認しているから間違いないです。


「……何をジッと見ているのよ?」

「視線を何処にもっていけば良いのか悩んでいました」

「……」


 何故だろう? アイルローゼが僕の頭部を絶対零度の視線で睨みつけている様子が想像できるぞ?


 想像できるから顔は上げないけどね。


「ちょっとっ!」


 ならば実力行使だ。

 アイルローゼが声を上げるのも気にせず、相手に抱き着いてそのまま押し倒す。


「放しなさいよっ!」

「ん~」


 顔全体でアイルローゼの胸に顔を押し付けて……どうして女の人ってこう良い匂いがするんだろうな? フェロモンか? 女性は男を虜にするフェロモンでも常に放っているのだろうか?


「放しなさいよ……どうせ小さいとか思ってるんでしょ?」


 どうしてこの人は自虐に走るのだろう?


 そんな自虐は無視して僕はアイルローゼに抱き着いたまま、今仕入れた情報を整理する。


 どうやら僕の三兄弟の末っ子……厳密に言えば違うんだが、王位継承権を持つ3人の男子の1人としての設定が生きているらしい。で、上の2人……シュニット兄さんとハーフレンの馬鹿兄貴は学校で教師をしている。


 馬鹿は僕らのクラス担任だ。兄さんは教頭らしい。

 兄さんは中間管理職が好きなんだろう。

 そして学生をしているのは僕だけだ。


 ここまでに問題は無い。

 問題があるのは……僕が個人でこのような大きな屋敷を所持している現状だ。

 つまり親だ。パパンとママンの存在だ。


 2人はこの世界では国王と王妃では無いが、それに近い存在らしい。

 日本で言う天皇家っぽい感じかな?

 違うのは財力だ。ウチの実家はとにかく大変な金持ちらしい。

 どれほどと問えば世界の長者番付にノミネートするほどとか。


 世界クラスの金持ちの凄い所は、何もしなくても勝手にお金が増えて行くところだ。

 関連企業のトップとして名前を置いて居座っているだけで、毎日ジャブジャブとお金が増えて行く。

 結果としてウチはお金持ちなのだ。


 それは良い。それの何処に問題がある? 三兄弟の内、2人が教師をしていることか?


 教師に関してはパパンの意向で『儂が元気なうちは学ぶことを第一にしろ』と言う指示が出ていて、『学ぶこと=教師』という屈折した思考の元、あの2人は教師をしている。

 たぶんこの辺は叔母様の暗躍だろう。


 僕もまた兄たちと同じ人生が待っているらしい。

 このままエスカレーター式に大学まで進級し、教職の免許を取ることになっているのだ。


 現時点で教師になることが確定です。逆らうと一族から追放されてしまうそうなので、実家からのバックアップは受けられなくなるそうです。


 ならば僕は全力で従おう!


 逆らう? 歯向かう? そんなのは楽な人生を自ら放棄するドMの発想だ。

 僕ははっきりと言おう……楽をして生きたいのだと。


「何か言いなさいよ」

「……気持ち良いです」

「ばかっ」


 アイルローゼに抱き着いたままで居ると、そっと彼女が僕の頭を抱えてくれる。


 ボリュームが少なくとも胸はある。

 仰向けのせいかその気配をまったく感じられないがきっとある。

 僕の心の中にはアイルローゼの胸はある。

 そう思えば今頬に触れている布越しの存在が胸かもしれない。


 うん。ぶっちゃけ分からないんだけどね。


 で、僕の結婚相手はノイエで確定しているらしい。それは良い。逆らう気もない。


 なら傍に居るアイルローゼたちは?


 彼女たちは、僕の傍に居て防波堤の役割を得ている存在だ。

 全員が孤児で親との繋がりが無い。つまり親の意向で僕に干渉しない人たちだ。


『何故そんな人たちが?』と思ったが、2人の兄たちはもう結婚していて未婚なのは僕だけ。

 そしてこの世界では男女ともに18歳でなければ結婚が出来ない。

 周りから見ると今の僕は、金のねぎを背負ったとても美味しそうなカモの状態なのだ。

 有力な家柄の女性たちはどうにかして僕に近づき、押し倒して既成事実を作ろうと企んでいるとか。


 わ~い。どんなエロゲーですか?


 それを回避するために常にノイエが傍に居るし、アイルローゼたちがこうして夜になると僕の屋敷にやって来て、夜這いを画策する女性たちの防壁となり妨害もする。


 ちなみに猫が塀の上を歩いていたのは、見回りを兼ねた行動らしい。

 本音としては出入り口を使わずショートカットが出来るから良くするらしい。レニーラも塀の上で踊る姿が目撃されるとか。

 彼女たちが何故塀をやすやすと越えられるのかは簡単だ。この屋敷を囲うようにアイルローゼたちの家が点在していて、四方八方を完璧に守護しているのだとか。


 守護して貰っているのは有り難いが危ないことは……ちなみにポーラも孤児だ。

 ノイエとの血の繋がりはないが、ノイエに気に入られて義理の妹になっているらしい。

 もちろんコロネたちも孤児である。彼女たちはこの屋敷で働くために雇われているらしい。


 そんな人たちに対し僕がムラッとして手を出して何かが起こった場合は、すべてお金で解決できるようになっているとアイルローゼが教えてくれた。


 なんだかな~。


「ねえ?」

「ん~」

「ずっと太ももを撫でている手は何かしら?」


 ふっ……そんなの決まっているだろう?

 そこに太ももがあるからです。アイルローゼの特級品の太ももが、


「にゃん」

「ほふっ」


 思わず変な声を上げてしまった。


 サウナで脱水した猫が戻って来たのは良い。ただどうして僕のお尻に顔を埋めているのかね?


 軽くため息を吐いて抱き着いていたアイルローゼの胸から顔を上げる。


「あれ?」

「……」


 顔と体を起こしたら、何故か視線の先にノイエが居た。

『私、怒っています』と言いたげにアホ毛を揺らし仁王立ちしているノイエの気配がヤバい。


「アルグさん」

「……はい」


 僕のお尻に抱き着いている猫を引き剥がして膝の上に乗せる。猫は古来よりここが定位置だ。アイルローゼも顔を真っ赤にして起き上がると、いそいそと着崩れたネグリジェを直す。


 ちなみにノイエもファシーもネグリジェだ。ノイエは薄い黄色でファシーは白い。

 それは良い。ただの現実逃避だ。


「アルグさん」

「はい」


 何故かアイルローゼも僕の隣に来て一緒に正座し始める。膝の上の猫は……猫に徹することで自分は関係ないと自己主張しているようにも見える。

 裏切ったなファシー?


「アルグ、」

「失礼します」


 スッと僕らが居る部屋の戸が開き、廊下からコロネが軽く顔を覗かせた。

 流石だコロネ。僕を救助に来たのか? お前はやれば出来る子だと信じていたよ。


「……しんしつのご布団のよういが出来ました」


 時折舌足らずな口調で喋るコロネであるが、今はその口調に軽い殺意を覚えた。

 何故なら奴は笑っていた。口角を上げ『夕飯の恨み忘れていませんよ?』と言いたげに笑っていたのだ。


 何て心の狭いヤツだろう? 僕はとても悲しいよ。

 覚えておれ……このチビ助? 明日のお前の朝食は『納豆一キロ完食するまで許しません』だ。特別にオクラも追加してやろう。感謝しろよ。


 だが今宵はこちらの分が悪い。

『ごゆっくり~』と告げて戸を閉めたコロネへの恨みよりも目の前のノイエが問題だ。


「アルグさん」

「はい」

「来て」

「はい」


 逆らえない。相手が望むまま僕は隣室の寝室に向かうしかない。


 膝の上の猫を……あっさりと離れるのね? ノイエが怖いか?


 ただ立ち上がった僕の目の前でノイエは猫を捕まえて脇に抱える。

 一瞬目が合ったファシーは何とも言えない悲しそうな表情をしていた。


「お姉ちゃんも」

「……はい」


 ノイエに逆らえるわけもなく、アイルローゼも立ち上がり……僕らは隣の部屋へと向かう。


 屋敷の離れとして存在している僕の寝室は、防音に優れた場所らしい。ここではある程度騒いでも外に音が漏れたりしない。そう……ある程度騒いでも音が漏れないのだ。


 僕らに対し、ノイエは背中で雄弁に語ってくる。


『誰が本妻か分からせてやる』と。




~あとがき~


 どうにか9日までに終えられるかな? あと3話…大丈夫かな?


 ようやく体調が回復したところで正月休みも終わってしまった。

 結局貯金ゼロだよ。まったくストック作れてないよ。

 連載を始めた当初は50本とかストック在ったのに…懐かしい話だ。


 せめて何本かストックを作りたい。

 週末の三連休で…うち2日ほど予定埋まってますけどね。これが原因かっ!




© 2023 甲斐八雲

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