No.5

 とある世界のとある場所



「ノイエ」

「……」


 かき揚げを分解した挙句に全てをパスして来たノイエに文句を言っても罰は当たらないはずだ。


 君はかき揚げの中に何があると思った?

 これはてんぷら粉と野菜で構成されているものだ。つまりお肉は入っていない。

 そう考えると天ぷらってノイエにとっては敵では無いのか?

 基本的な食材は野菜と魚のはずだしな。


「むう」


 咥え箸をしつつノイエは長方形の机の上に置かれている大皿を物色している。


 ちなみにその色の濃いのはナスです。肉ではありません。それはジャガイモです。そっちはサツマイモです。それは玉ねぎです。あれは春菊です。

 で、隣の皿はエビや白身の魚です。肉はありません。


「むぅぅぅぅぅぅ」


 加熱され丼の器に移された牛丼を抱えたノイエが寂しそうに箸を動かしだした。

 と言うか箸を綺麗に使うのね。変なところで補正を入れているな悪魔め。


「ねえさま」

「むぅ」

「とりてんです」

「!」


 ノイエのアホ毛が元気に立った。立った立った。ノイエのアホ毛が立った。


 絶望した雰囲気を何処かに吹き飛ばし、大皿で運ばれてきたとり天の山盛りをノイエは独占した。

 まあ良い。それでノイエ機嫌が直るなら良いだろう。


 でも……ナスとか玉ねぎとか美味しいんだけどな。

 ん? これは何だ? エリンギか……エリンギ?


「まいたけはとなりに」


 それは良い。エリンギ?

 何故だろう……てんぷらの中にカタカナ食材が入っていることが許せない僕が居る。


「で、ピーマンか」

「きらいですか?」

「カタカナが許せないだけです」

「はい?」


 ポーラは理解してくれないっぽい。代わりにエリンギとピーマンとパプリカと……君たち? ちょっと色々とチャレンジしていませんかね? 大丈夫ですか?


 無難な野菜を確保し、ちょっと挑戦的な食材は全てコロネに押し付ける。

 何だその胡瓜の親戚のようなヤツは?

 名前など聞きたくもない。全てコロネが食え。


 後は適当に魚を確保し、天つゆで食べる。

 僕的にはてんぷらは天つゆと大根おろしが好きだ。

 ノイエも天つゆだ。ただしょう油感覚で上から掛けている。情緒も何もない。


 そしてバクバクととり天を食べては牛丼をかき込むのはどうなんだろう? ノイエに情緒を求めるのが間違いなのか?


 うん。間違いだな。

 あれだあれ。腕白でも良い。健康に育ってくれれば……これ以上元気になったら僕が死ぬな。あはは。


 夕飯を食べてからお風呂に入ろうとしたが、その前にひと仕事があるらしい。

 僕は“男”だから手伝えないが、女性陣が総出でノイエの実の姉を全裸に剥いて拭くそうだ。


「うむ。除け者にされて悪意ある言葉が脳裏をよぎってしまったな」


 別に除け者にしたくてしているわけではない。分かっているさ。

 ただノイエの実のお姉さんってビックリするほど奇麗なんだよね。もう見てて飽きないレベルで。

 これほどの美人はそうは居ない。ノイエに匹敵する……もしかしたらそれ以上の逸材かもしれない。


「アルグさん」

「おう?」


 何かあった時は突入できるように廊下で待機していた僕の元にノイエが来る。


 どうやら事件は僕の脳内でしか起きず、現場は無事に終わったらしい。おかしいな……絶対にノイエがやらかすと思って期待していたのに。


「お風呂」

「はいはい」


 彼女が腕に抱き着いて来て『早く行こう』と促してくる。

 これはこれで悪くないから……あれ?


「ノイエ?」

「早く」

「今あっちに猫がね」

「気のせい」


 絶対に気のせいじゃない。塀の上にファシーが居たんだって。本当だよ?


「早くお風呂」

「なぜ急ぐ?」

「……」


 足を止めノイエがこっちを見た。


「内緒」


 言え~! 絶対に良からぬ何かを企んでいるんだろう? 知っているんだから言え~!


 抵抗する僕を引きずりノイエは真っ直ぐお風呂場に……ちょっと待て? 何故2人きりでお風呂場に向かっている?


「ノイエ。その腕を放しなさい」

「いや」


 はっきりと拒絶してノイエがズリズリと僕を引きずって行く。


 あはは。そう言うことか……自分のうっかりに腹が立つ。


「ノイエ?」

「お風呂も一緒」

「誰と?」

「……」


 沈黙が耳に痛い。


 そう言えば今日ノイエは学校で何と言ってましたか? 『今朝もアルグさんと……』とかそんなことを言ってましたね? 僕はその時に気づくべきだったのです。

 それ以外に誰か居たのかもしれないと言う可能性にだ。


 うん。気づけるかばかぁ~!




 檜のお風呂ってズルい気がします。

 それも無駄に大きくて……このお風呂のお湯ってこんな贅沢に使っても大丈夫なの?


「温泉だから平気なはずよ?」


 そっか~。ならかけ流し状態なのかな? むしろ贅沢に使用してあげないと勿体ないよね?


「そうね。本当にここのお風呂は広くて良いわ。私の部屋のユニットバスだと足は延ばせないし……アルグスタ?」

「すみません。条件反射です」


 だってそんな綺麗な足を伸ばしたらガン見しちゃうよね?


 笑って誤魔化し僕は視線を湯の中に存在する絶品の足から窓の外へと動かす。

 さっきノイエが猫を捕まえてサウナに向かっていたが……サウナ小屋から全裸で飛び出してきたファシーが、またノイエに捕まり引きずり込まれて行った。


 あんな邦画のホラー映画をその昔深夜に見たことがあるような気がする。ドラマだったかな?


「ノイエは無駄に元気ね」

「沢山食べていたから……ってアイルローゼの夕飯は?」

「菓子パンで十分よ」


 生活破綻者な声に視線を向けると、肌を桜色に染めた天才が居る。

 赤い髪の毛を結い上げている様子はとてもエロい。


「何よ?」

「ちゃんと湯船に浸かる作法は守るんだなって、うわ~。止めれ止めれ」


 怒った彼女がバシャバシャとお湯を僕にめがけて飛ばしてくる。


「どうせ小さいわよ」

「ですね。……冗談だって」


 両手に木桶を装備したのを確認したので、僕は必死に命乞いを開始する。


「ゆっくりと浸かっていたいのに」

「誰が邪魔してるよ!」

「僕? むが~。怒って首を絞めようとしないで」


 近づいてきたアイルローゼの細い指が僕の首を掴んで来た。


「で、アイルローゼ」

「何よ?」


 首を絞めようとしている彼女の腕を掴んで真っ直ぐ相手を見る。

 裸を隠す腕を失った彼女は、体をくねらせ僕の視線から逃れようと必死だ。


 本当に可愛いなこの人は。


「何でウチの湯船に居るの?」

「あん?」

「冗談です」


 余りにも凶悪な視線に誤魔化しスキルを発揮する。このままでは殺されかねない気がする。


「何よ? 猫の方が良かったの?」

「そんなことは無いけど」


 その猫はまた脱出を企んで逃げ出したが、ノイエに捕まりサウナ小屋へ連行中だ。


 どうしたんだノイエのヤツは? 突然ダイエットにでも目覚めたか?

 付き合わされるファシーも可哀想に。後でスポーツドリンクでも差し入れてやろう。

 経口補水液の方が良いんだっけ?


「それとも何? 胸の大きな方が良いの?」


 まだお怒りなアイルローゼが自ら地雷原に突き進む。


「リグでも呼びましょうか? それともホリー? レニーラ?」

「その辺は今夜は良いかな」


 ホリーは学校で強制的に味わったし。


「なら誰よ? エウリンカ? ファナッテ?」


 居るんだ。クラスに居なかったから……隣のクラスかな?


 ただあっちは僕の天敵である従姉が居るらしいから、こちらから向こうに出向くことは無い。向こうから来れば話は別だが、おおっと馬鹿従姉が来た場合は違う意味で別の話になる。

 絶対に許さん。良く分からんがとにかく許さん。


「なら誰よ? ジャルスや、」

「怒っていないアイルローゼが良いかな?」

「なっなっなっ」


 真っ直ぐ相手にそう告げたら慌ててどもり出した。

 不安げに辺りを見渡して、掴まれたままの腕を解放しようと努力する。でも放してあげないよ?


「……放しなさいよ」

「放して良いの?」

「……馬鹿。死ね」


 顔を真っ赤にして怒った口調で照れるアイルローゼが可愛いのです。


 で、結局この人たちは何でここに居るの?




~あとがき~


 どうにか軟着陸を模索中。

 出来れば無事に終わりたい。長くならないようにして終わりたい。

 それか続きになっても良いから長くならないように注意したい。


 つかこのシリーズ、あとがきで書くことがほとんどないなw




© 2023 甲斐八雲

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