No.3

 とある世界のとある場所



「むう」


 ポムポムとカウンターの内側に居る猫の頭を軽く叩きながら、ノイエは頬を膨らませていた。

 今夜は熟考に熟考を重ねた結果、牛丼に決めた。丼は良い。ずっと食べ続けられる。

 決定した晩ご飯のメニューを伝えようとしたが彼が居ない。目を離すと直ぐに消える。


 どうして消える? やはりずっと捕まえておくことが必要か?


 そもそも学校に来ていることがダメだ。みんなが彼を狙う。ならどうする?

 縛り付けて部屋で囲って自分以外の人を見ないようにするしかない。それしかない。それが良い。


「ノ、イエ」

「はい」

「ずっと、お腹は、恥ず、かしい」

「……」


 気づくと頭を撫でていたはずが猫のお腹を撫でていた。

 ぷにっとしていて柔らかくてつい撫でていた。


「……これは良いもの?」

「良く、ない。もっと、痩せ、たい」


 前髪で隠している顔を真っ赤にさせて猫はまた身を丸める。

 周りから『大丈夫。小さくて可愛いから!』との声が聞こえて来るが、図書館ではお静かにだ。軽く辺りを見渡したらみんな静かになってくれた。それが良い。


「猫のお腹。ぷにぷに」

「のい、え?」


 フワっと顔を持ち上げて怪しい気配を発する猫に対し、カウンターの様子を見守っていた人たちが一斉に本棚の向こう側に消える。

 全員で集まり棚を移動させて壁を作り出す。


「ぷにぷに」


 摘まんで揺すってノイエは相手のお腹を堪能する。


 決して相手が太っているわけではない。ただ体形が若干幼児体型なだけだ。

 そんな自分の体にファシーはコンプレックスを抱いていた。抱いていたが特に何も言わない。だって文句を言っても育たないのだから。


「シャー」


 お腹をプニプニされながら怒れる猫は手を伸ばして相手の胸に猫パンチを繰り出す。

 プニプニとポヨポヨの攻防がしばらく続き、2人とも疲労にとは似つかわしくない吐息を零すようになった頃……慌てながら制服を正しつつ彼が駆けて来た。


「ごめんノイエ。あれがこれしてそれしていたら、はい?」


 やって来た人物……アルグスタは、何故かそのままノイエとファシーに捕まり引きずられて行く。


 向かった先は、図書室の隣に存在する社会科準備室だ。

 普段から無施錠のこの場所は、社会科で使用する資料や道具が置かれている。教師の許可を取れば持ち出しは自由であり、部室を持たない文化部の仮部室として使われている。


 その場所に3人は入る。


「あら? ノイエ。どうかしたの?」


 そこには絵にも描けない美人が居た。

 椅子に腰かけ頬杖をついて本を読んでいた人物は、突然の来客に声を上げた。が、


「ちょっとノイエ? ちょっと待って。ちょっと?」


 全体的に白い妹分に抱き着かれ抱えられ……そのまま準備室から追い出される。


「……ちょっとノイエ? ねえ? ねえってば?」


 追い出された美人はしばらく呆然としてから閉じられた扉を叩いて中に問う。

 問いながらノックをしつつ扉を開けようとするが、中から施錠されているのか固く閉じられたままだ。


「ノイエ? ねえノイエ?」


 ドンドンと扉を叩いていたが、途中から中からの声に気づき……叩くのを止めて扉に耳を寄せる。

 とても口外できない3種の卑猥な声に美人は真っ赤になって慌てて扉から耳を離した。


 つまり中では……そう言うことだ。




「死ぬって!」


 一時間の攻防の後、僕は必死に廊下へ出た。


 慌てて制服を着たから色々とグチャグチャだが仕方ない。

 ノイエとあの猫は僕を獲物か何かと勘違いして弄ぶ傾向がある。と言うかあの2人は基本ネコ科の生き物だ。片方は完全に猫だ。


 2人で弄びおって……本当に死ぬぞ?


 どうにか廊下に出た僕は壁に寄り掛かりながら制服を正す。深呼吸をしながら立っていると、僕の横を完璧に制服を身に着けた猫がトコトコと歩いて図書室へ向かい姿を消した。


 一応図書委員の仕事を全うする気はあるらしい。

 まあ図書室を使う人たちは自主性の高い人たちだから図書委員が居なくても大丈夫だろう。


「ん?」


 何か音がして視線を巡らせたら僕の向こう側……扉を挟んだ反対側に全体的に赤い置物があった。

 違う長くて綺麗な赤い髪だ。それが膝を抱え込んで廊下に座って居た。


「あ~。アイルローゼ?」

「……」


 声をかけると相手がゆっくりと頭を上げ、能面のような無表情な顔を向けて来る。


「声をかけないで変態」

「……」


 何も言えない。


 まさかあれを全部聞いていましたか? ですが言い訳しても良いですか? あれを聞いていたのなら知っていますよね?


 僕が言ってたんじゃない。言わされていたのだと。


「アイルローゼ?」

「ふんっ」


 立ち上がった彼女はお尻を叩いて部屋の中に入って行く。


「ちょっとノイエ!」

「む?」

「そんな恰好で! って何を垂らしてるのよ!」

「アルグさんの、」

「あ~! 言わなくて良い! 聞きたくもない!」

「むう」

「拗ねないの! 癇癪起こして撒き散らさない!」

「ベタベタする」

「あ~も~。そっちに水道があるからそれで洗って」

「はい」

「もう!」


 中からアイルローゼのキレまくった声が聞こえて来た。

 これはあれだな。ここで顔を出すと僕もとばっちりを受けるに決まっている。


 軽くズボンの後ろを叩いて確認すれば財布の存在は夢では無いらしい。

 取り出して開いてみれば日本円だ。こういう部分はそのままらしい。設定が甘いぞ悪魔よ。まあ良い。


 廊下を歩き僕は自販を探す旅へと出た。


 どうせ今から怒られるにしても、後で怒られるにしても怒られるのは確定だ。だったら相手の気持ちを少しでも緩めた方が良い。僕的にはそっちが良い。


 これを賄賂と言うなかれ。ジュース1つで怒られる時間が短縮できるなら安い買い物だよ。




「全くあなた達は……」


 プリプリと怒っているアイルローゼがノイエの髪にブラシを通している。

 お互い髪が長いこともあって日々の手入れが大変そうだ。


 ん? 明日もお願いって……日々の僕はノイエの髪を梳かしているということか? 何と素晴らしいポジションでしょうか?


 愛しいお嫁さんの髪を弄ぶことができるだなんて。

 神に感謝だな。髪なだけに。


「ここを何処だと思っているの?」

「休憩室」

「教室よ!」


 厳密に言えば社会科準備室です。

 ただそんなツッコミを相手に入れれば間違いなく矛先がこっちを向くから言わないけど。

 何より折角の無糖紅茶様の効果が失せてしまう。


 ちなみにノイエは甘いのが良いだろうと思って買って来たイチゴオレを一気飲みした。そして黙って『もう1本』と甘えた視線を寄こしたので仕方なく2本買って来た。


 両手にペットボトルを持って交互に飲むノイエは椅子に腰かけ幸せそうだ。

 彼女の背後にはアイルローゼが居て黙々とブラシを動かしているしね。姉に甘えすぎだろう?


「で、2人して何しに来たのよ?」

「アルグさんと、もぐっ」


 ナイスだアイルローゼ。良くノイエの口を塞いでくれた。


「もしホテル代わりにとか言ったら」

「違う違う」


 ノイエの口を押えながら彼女が僕を睨んで来たので慌てて否定する。


「アイルローゼにプリントを届けに来たんだけど、そのプリントは何処に消えた?」

「ああ。さっき片付けていた時に汚れたプリントが……大切な連絡事項だったらどうするのよ!」


 確認しないで捨てた方が悪いと思いますが?


「ならHRくらい来いと言いたい」

「……面倒臭い」


 おい。


 ノイエの口から手を放してアイルローゼは持っていたブラシを机の上に置いた。


「別に良いでしょう?」

「良くないと思いますが?」


 良くないよね?


「平気よ。校長の許可は得ているし……と言うか私たちの大半はこの学校に所属して居れば良いんだから」


 何そのフリーダムな校風は?


「ズルい」


 ほら。ノイエも拗ねてるぞ?


「私もアルグさんとずっと部屋で、もごもご」


 はいノイエ。イチゴオレを片方空けちゃおうね。両手持ちは行儀が悪いから。


「そんなことばかり言ってるから、ノイエは私たちと同じ資格を得ているのに毎日学校に通うことになるのよ」

「むう。でもアルグさんと一緒」

「はいはい」


 どうやらノイエもフリーが認められているらしい。


 あれ? つまり僕がその資格を得たら……絶対にゲットしないようにしよう。死ぬ。間違いなく死ぬ。




~あとがき~


 ヤバい。終わる気がしなくなって来た。

 これはあれだな。キリが良い所まで書いてから決めよう。

 無理矢理終えるか、それとも一時中断し神聖国編が終わってから続けるか。


 作者さんの希望だと10日ぐらいから本編再開の予定です。

 それまでに本編のストックを作りたいんだけど、4日までの休みで全休が4日の一日しかないって言う生活が色々と間違っていると思います。


 まあそれまでは正月気分でお付き合いください。



 問題児たちのクラスとして2クラス存在しています。

 アルグスタたちが居るクラスとその隣のクラスです。もう片方はあれとかそれとかが居ます。分かりやすく言うと生徒会長が居ますw




© 2023 甲斐八雲

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