ご開帳~
セルスウィン共和国・某所
「どうですか? 国家元首様?」
「……」
ギロリと睨んで来る相手にそれは指先で突いて笑う。
『この姿を見てお前はどう思う?』と言われた気がして笑ってしまったのだ。
もう一度二度指先で突いてから、それは離れた。
今の相手は瓶の中の住人だ。疑似フラスコを作るのに時間は掛かったが成功はした。
「私は貴方が望んだとおりにその傷を癒しているのですよ? 睨まないでください」
人払いがされたここでは、本性を隠す必要はない。
それはいつも纏っているフード付きのローブを脱ぎ捨て“実験”に没頭できる。
自分に課せられている“制約”は、巧みに誤魔化せば人体実験だって出来るのだ。三大魔女とて全知全能ではない。だからこそこうして誤魔化し研究の成果を確認できる。
「私は貴方を癒す。貴方は私に対価を払う。それがお互いで契約したことですよ」
クスクスと笑いそれは美しい姿を晒して疑似フラスコの前で軽く踊る。
今回の相手は特に良かった。国家元首だ。共和国は現在国家が傾いているが、それでも大国と呼ばれている国の1つだ。資金力が違う。
故に今回の研究資金……治療代は全て国家元首のポケットマネーで支払われている。
かなり高額になっているがそれでも相手はあっさりと支払いを済ませた。
おかげで今まで以上に実験ができる。
「ご安心ください。国家元首様。必ずや“その”傷は癒してさし上げます。本当ですよ?」
約束した通り国家元首が負っている傷は確実に癒す。
だがその方法はお任せだ。こちらに一任されている。
それもそのはず……この時代の“魔法使い”では治すことなどできないだろう。
それに話に聞く『異世界の治療』でも難しいはずだ。
唯一可能なのが刻印の魔女が作り出した“クローン”と呼ばれていた魔法だ。
三大魔女たちは“それ”が完成して大いに盛り上がっていたが“それ”が完成するまでにどれほどの犠牲が費やされていたのかなど覚えてもいないだろう。
『だからこの私が有意義に使ってあげる』
クスクスと笑いそれはフラスコから離れた。
半地下の実験室でそれは踊る。
クルクルとまるで社交ダンスでも踊るように1人で踊り……そして動きを止めて軽く一礼した。
ゆっくりと顔を上げてそれは自分を見つめるフラスコの中身と視線を重ねた。
「ご安心ください。国家元首様……この魔法は古くからこの地に、そして『異世界』でも広く伝わるモノです」
金色の長い髪。透き通るような青い瞳。新雪のような白い肌。それらの特徴と共に一番目立つのは長い耳だろう。
分かる者が見ればただ一言で言い表せる容姿……エルフだ。
「だからご安心ください。貴方の傷は完璧に癒すとお約束します」
善意と打算で人助けをする“振り”をして、この大陸中を巡り培ってきた技術は伊達ではない。
今のそれならばたとえ頭部だけで存在している人であっても救えると確信している。事実国家元首の失われた肉体の大半を作ったのだ。
「ですが前々から申している通り『人に戻る』ことは諦めてくださいね」
それが最低条件だ。生きるためにそれが彼に提示した最低の条件だ。
「まあ一国の主たる貴方様が、今更『詐欺だ』などと騒いだりはしないでしょう?」
生き残るためには必要な処置だったと納得してもらうしかない。
大半の肉体が別の物に変わっていても仕方ない。疑似フラスコと呼んでいるフラスコの中にさえいれば今は大丈夫なのだ。後は彼の部下たちが強い素材を集めてくれば、国家元首様は最強となりえるだろう。
ただ最強の“人”となりえることは無い。
何故ならこの魔法は人が人を辞めて強くなる魔法なのだから。
「この私が……旅人と名乗っているこの私が、貴方様を最強にして差し上げます」
「……」
フラスコの中の彼からコポコポと空気が吐き出された。
言葉を発したわけではないだろう。今の彼の肺は特殊な魔法液で満たされている。しいて言えばその魔法液が彼の血液みたいなものだ。空気のようなものだ。
「ですから私の実験に付き合ってくださいませ」
クスクスとどす黒い感情を溢れさせてそれは笑う。
「三大魔女を殺す手伝いを……私をこんな場所に呼び寄せ、弄び、そして放棄したあの3人を殺す手伝いを……どうかその手をお貸しくださいませ」
笑みを消しそれは真っ直ぐフラスコの中身を見つめた。
彼女の瞳にはただ……暗い暗い復讐の炎だけが宿っていた。
神聖国・謁見の宮
「面白い」
パンと何かを叩いた音がして女王が声を発した。
感じからしてどうやら僕とは違い最悪な選択肢を選ぶ気だろう。
勝手に自滅しろ。
「その方の、」
「お待ちください。女王陛下」
鈴の音が響き渡るこの場所でその声は凛と響いて来た。
何となく視線を巡らせれば、僕らが歩いて来た通路の端に人が居た。
大変頭が低い……僕らをこの場所に案内してくれた女性だ。
「何か?」
言葉を遮られたことを不快に思ったのか女王の苛立った声が聞こえて来る。
「ことを性急に決めてしまうのは女王陛下であったとしても許されません」
下を向いたままで彼女は言葉を続ける。
「この国は神聖国です。神聖なる陛下を頂きに起き、それを左右の宰相が支えることで国を成す国なのです。どうか性急なご判断をなさりませんよう」
「……」
参ったね。これは。
僕はガリガリと痒くもない頭を掻いた。
これで少なくとも風向きが変わってしまった。間違いなくね。
女王を諫める人が居るとは思っていなかったが……おかげでこの交渉はご破算だ。
何故なら彼女は2人居るらしい宰相がこの場に派遣している人材だろう。そして頭も切れる。
僕がこれからどんな挑発をしようが、彼女は女王の返答を遮る。
この場から追放されない限りし続けるだろう。
下手をすれば命がけの仕事だと言うのに……否。命がけで請け負っている仕事か。
つまりは僕としては打つ手がない。第三者が交渉の邪魔をしてくるのだから。
ホリーお姉ちゃーん。こんな時はどうすれば良いんですかね?
何個か対処法はある。ありはするが面倒臭い。下手をすれば厄介にもなる。
ならば思い切って話をすり替えてしまうか?
ノイエに目を向けるが彼女は元気が無さそうに僕の腕にしがみついている。
谷間に埋もれる腕が気持ち良いからそのまま抱き着いていてください。問題などありません。
それか悪魔をけしかけて……そっちに視線を向けたら、何故か悪魔さんは尻を掻きながら歩いていた。
真っ直ぐこちらに対して向けられている穂先を回避して『どうもどうも。通ります』とどこぞの酔っぱらいを思わせる仕草で護衛の人たちの間をすり抜け……何しているの? どさくさに紛れて? ねえ?
呆気に取られて見つめていた僕の目の前で、悪魔はそれをワシッと掴んだ。
女王の姿を隠している薄い布をだ。
「ご開帳~」
ブチブチブチブチと音を響かせ……僕らと女王の間に存在していた布が取り外された。
人はそれをご開帳とは言わないはずだ。
「そもそもお客さんに姿を隠して受け答えするのって失礼だと思うんだよね」
手にしていた布を投げ捨て何故かご立腹な悪魔さん。それは良い。それは別として、
「失礼って、断りもなく勝手にご開帳したお前がそれを言うの?」
「……あれ?」
僕のツッコミに悪魔が可愛らしく舌を出した。
「わたしぽーら。えいえんのごさい。むずかしいことはよくわからない……ありがとうございますっ!」
チビハリセンを馬鹿に投げつけ、とりあえず黙らせた。
~あとがき~
エルフっぽい旅人さんは共和国にて彼を魔改造中です。
この人を出し忘れていたから…色々とストーリーの変更が忙しくなってるんだすけどね。
うっかりって本当に怖いわ~。
そして刻印さん、大暴走。気持ちは分かるがやっちゃダメw
年内の活動予定
今年も残すところあと5日ほどですが…会社から無茶な仕事を振られて、てんてこ舞いです。無理ゲーです。『出来るもんなら出来るヤツ連れて来いや!』と会社でマジギレしました。ですが出来る人が居ないので自分の所で止まっています。何のイジメかと?
そんな訳でリアルを優先しないとアカンくなったおかげで、睡眠時間と執筆時間をごっそり削っています。
良くて年内2話も投稿出来たら褒めてください。1話でも許して欲しいラインです。
流石に三が日は会社の仕事などしないので、その辺りで少し纏めて執筆します。
飛ばしてしまった日数分は後日2話投稿などで補填する予定です。
はぁ~。マジ無茶振りにもほどがあるわ~
© 2022 甲斐八雲
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