私の足を引っ張らないでよ

 神聖国・謁見の宮



 シャンシャンシャン……と鈴の音が静かに響く。

 雅楽とかで使いそうな棒に鈴をつけた道具で奏でられている音色だ。


 謁見の間らしい場所に入った僕らを待っていたのは、通路を挟むように左右に分かれた女性たちの姿だ。厳密に言うと後頭部から背中へのラインだ。ここでも頭が低い。

 ちなみに僕らを案内してくれた女性もスススススと足音1つ立てずに移動し、鈴なりの棒を持って奏でている。あちらも頭が低い。


「むう」

「どうかしたの?」


 不満げに揺れ出したノイエのアホ毛がヘナっとなった。


 どうしたアホ毛よ?


「あうっ」


 ズルズルとノイエが抱えていたポーラも床に滑り落ち、その衝撃で妹様から小さな悲鳴が。


 慌てて近づこうとするが、あれ? いつから世の中の重力が2割増しに?


 物凄く全身に重さを感じる。

 絶好調のノイエやホリーやファシーやレニーラに襲われた後のようだ。

 ここでプールを引き合いに出さないのが僕らしいと思う。もうプールに入った回数よりも姉たちに絞り取られた回数の方が絶対に多いのだよ! だからそっちの方がしっくりと来るのだよ!


 気のせいか腰まで痛くなって来たきがする。


「なんか体が重いな」

「はい」


 頷いたノイエが僕の腕に抱き着いて来て甘えだす。


 甘えているんですよね? 体が重くなったから横着してませんよね?


 お嫁さんが可愛いから許す。


 何より気づけばアホ毛がいつもの9割減だ。良く漫画などで見るひょこっとしたアホ毛になってしまった。


 どうしたアホ毛? 君は太くて長いアナコンダだろう?


 嫁の頭にアナコンダが乗っていると言ったら殺されかねないな。


「ん~」


 ただノイエが僕以上に体が重そうだ。


「ポーラ?」

「……」


 返事が無いと思ったら、妹様はしゃがんでいた。どうした?


「にいさまのうでに」

「ああ。身長差か」

「ぶ~」


 ノイエのように僕の腕に抱き着こうとして失敗したらしい。

 まあポーラは小さいから可愛いのです。


 妹の手を取り握りしめると、必死の抵抗を受けた。


 兄と恋人結びとかお嫁さんが怒りますよ?


 ただいつもなら妨害するはずのノイエが僕間腕に抱きついて動かない。反応しない。


「なに?」

「ノイエはどんな時でも美人だなって」

「はい」


 頷いちゃうんだ。ただノイエは間違いなく美人だから頷いても鼻に付いたりしない。

 きっと誰もがそれを事実として認めるだろう。


「で、ポーラさん」

「……」

「の中の悪魔よ」

「……何よ?」


 不機嫌そうに片目を閉じた妹が僕を見る。


「これは何?」

「……たぶんユーアの馬鹿が私の弟子に作らせた魔道具よ」

「はい?」


 魔道具って……そう言われたら、確か女王陛下の前だと魔法が使えないとか何とか。

 これが原因か?


「始祖が妹のお願いで作った『静寂の間』と呼ばれる魔法よ」

「シャンシャンシャンシャンとクリスマスかってツッコみたくなるほど煩いけど?」


 ジングルベールである。


「でもこの音の中だと魔法が使えないの」

「それは“魔女”でも?」

「ええ。そうよ。どんな“魔女”でもよ」


 つまりどこぞの悪魔も魔法が使えないらしい。厄介だな。


 ノイエの不調もこれが原因か?

 確かノイエの場合、魔眼やら何やらが複雑に干渉していて……はい質問。魔道具も?


「自分のプレートで確認すれば?」


 確かに。確認するから手を放せ、悪魔よ。


「暴走するかもだからおススメしないけど」

「それを先に言おうぜハニー」


 危うく悪魔に騙される所だった。


 ひと通り状況は確認できた。なら最後の質問だ。


「何かあったら無抵抗?」

「私を誰だと思っているの?」


 不機嫌を継続しつつ悪魔が息を吐いた。


「この私があの始祖如きに負けると?」

「全然」


 この悪魔はトラブル好きで刹那の何かで生きてはいるが、少なくとも無敗の王者だ。


「なら最悪鈴の音を止めてくれ。ノイエが動ける」

「了解。でもこんなサービス、今回だけなんだからね! 私の足を引っ張らないでよ」


 笑わすな。僕を誰だと思っている?


「ノイエの夫は足手まといにはなりません」


 予定変更だ。今回の前衛は悪魔。僕の盾はノイエだ。


 うん。この盾は良いぞ?

 装備していると全力で胸の間で腕を挟んでくれる。素晴らしきかな人生っ!




 打ち合わせを終えて僕らはゆっくりと歩き出す。


 シャンシャンと鈴の音は止まらない。けど効果を抜きにすれば良い音色だ。

 何気に僕はオルゴールとか好きである。あの音色はずっと聞いていられる。

 そう考えたらオルゴールとか欲しくなって来た。


「悪魔」

「何よ?」

「オルゴールとか持ってない?」


 見かけない物は悪魔に聞くに限る。


「昔あったけど捨てたわ」

「勿体ない。何でさ?」

「壊れて音が鳴らなくなったから」


 それは仕方ない。


「作れる?」

「絶対音感が無いから無理ね」

「あ~」

「何よ?」


 言っても怒りませんか?


「悪魔って音痴っぽい、足を踏もうとするな」

「煩い。このっこのっこのっ」


 全力で足を踏んで来る悪魔の攻撃を回避しつつ僕らはレッドカーペット……ではなく、ブルーカーペットの上を進んでいく。


 何故に青? 普通赤じゃない?


「リーアは青が好きだったのよ」

「左様で」


 ところでその近しい名前ってどうにかならんか? 本気で間違えそうになるんですが?


「無理を言わないでよ。文句はあの馬鹿な双子の両親に言ってくれる?」

「そっか。双子だったんだっけ?」

「そうよ。姿形は同じで……性格は全く違う厄介な姉妹だったわよ」


 もうそれ以上語りたくないと言いたげに悪魔は僕から顔を背けた。

 ただ恋人握りをしている手は放さない。気のせいかさっきより強くなったような?


 普段から静かなノイエは僕の腕に抱き着いたままだ。アホ毛が全く動かないから本当に静かだ。

 ただアホ毛確認が出来ないから、ノイエの今の心理状態は謎である。


 左右から静かな鈴の音に追い立てられるように歩き続けていると、カーテンと言うかレースのような姿隠しが天井から垂れ下がる場所がゴールらしい。


 と言うかあれって突然見えたような?


「魔道具よ」

「……」


 おいおいハニー? 怒るぞ?


「ツッコミなら弟子に言って。ただこの鈴の中でも使える魔道具はあるってことよ」

「それが切り札?」

「そう言う事よ」


 相手の言葉に納得する。

 少なくとも刻印の魔女と呼ばれただけのことはある珍獣だ。


「なら女王陛下のご尊顔でも拝みますか」


 ゴールが分かると足取りが若干軽くなる。


 ズンズンと進んで一段高くなっている場所の下まで来た。

 ただそれ以上の接近は出来ない。ズラリと槍の穂先が僕らに向かい列を作って待機している。


「神聖国の女王陛下は慈愛に満ちた御仁と伺っていたのですが?」


 頭を下げたままで槍を構えている女性たちの向こう側……レースの向こうに見えるシルエットに声をかける。

 相手は優雅に足を組み替えた。


「部下たちの非礼は詫びよう。だがこちらもか弱き女が1人のみでな」

「だから余り近づくなと?」

「そう言うことだ」


 何処か作った感じのする口調に、僕は悪魔に目を向ける。

 両目を閉じた彼女は特に何ら反応を寄こさない。受け答えと言うか交渉は僕に任せているのか、自分だけ楽をしようとしているのか……まあ良い。


「ではこちらの非礼もお許しいただけますか?」

「非礼とは?」

「はい」


 クスリと笑い僕は真っ直ぐ相手を見る。たぶんあの辺が顔かな?


「甘えん坊の嫁とその妹が居りますれば、立ちながらの挨拶とさせていただきたい」

「ふむ。それぐらいであれば許そう」


 パンと何かを叩くような音がし、僕の周りから何かしらの気配が消える。

 気持ち視線を向ければ足音を立てずに近づいていた女性たちが椅子などを運んでいたようだ。


 うむ。気にしたら負け。何より椅子に座ると逃げ出す時に『立ち上がる』という動作が足される。これは余り宜しくない気がする。


「それでお主たちがユニバンス王国からの使者で良いのか?」

「はい。現国王の異母弟……アルグスタと申します」

「そうか」


 楽しげに喉を鳴らすような笑い声が聞こえて来る。

 何処か狐の妖怪を思わせる笑い方だ。妖狐の類って美人が相場だ。そして巨乳がデフォだ。


 期待を裏切るなよ? ただしそれ以外だったら僕もノイエやポーラのように目を閉じるぞ?


「して」


 笑い声に何処か鋭さが増した。


「お前たちが“門”を動かしたと?」

「はい。そうですが何か?」




~あとがき~


 静寂の間なのにシャンシャンと煩いとはこれ如何に?

 まあ魔法の詠唱と言うか魔法が使えなくなるので『静寂』なんですけどね。


 女王陛下と主人公の馬鹿試合の始まりか?

 何より“魔法”を奪われたノイエは…あれ? ノイエさんって魔法使えないんだよね? あれれ?



 もう直ぐクリスマスです。

 何故か今年は実家の手伝いで延々とチキンを焼き続けることになりそうです。


 あの~休憩は? クリスマスが終われば休める? 月曜からは普通に仕事なんですが?


 作者は休まず続きを書けるのか? それは神のみぞ知る!




© 2022 甲斐八雲

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