本当に待ち遠しい

 神聖国・右宰相屋敷



「何? それは真か?」

「はい。報告によればですが」

「……」


 寝室を出て来た主人に片膝を着いて報告をする部下。

 何処にでもある普通のことであるが、報告を受けていた主はそうは思っていなかった。


 部下の報告は何故遅れたのか?


 理由は分かっているが、ただそれを主である自分が認めることはできない。

 支配者とは常に自分が正しく、そして下の者たちは自分の指示に従っていれば良いのだから。


 主が寝室で情事にふけっていたとしてもそれを伝えるのが正しい部下の姿だ。

 自分が『何があっても邪魔をするのではない』と命じていても死を覚悟で伝えるのが正しい部下の姿だ。


 そう考えれば最近の部下たちのなんと腰抜けな事か。


「それで小国の使者とやらは?」

「はい。昨晩迎賓館に入り……」


 歩き出した主に続きを促され、彼の後を追う部下はスラスラと淀みなく答える。


 まるで練習していたかのような言葉が主の心を逆なでる。

 練習している時間などあれば、決死の覚悟で告げに来れば良いものを……ふつふつと湧き上がる怒りの感情に彼は自分の顔を片手で押さえ廊下を行く。


「……先ほど女王宮の外へ」

「何?」


 流石に彼の足が止まった。そこまで移動してしまうと妨害のしようが無い。


 別に妨害などする必要もない。ちょっとした事故で不慮の死がかの国の使者たちの元に訪れたということにすれば良かっただけの話だ。だが今となればそれすらも出来ない。


 厄介なことに小国の使者たちはもう女王宮の前に居ると言う。

 今からこちらの兵を差し向けたとしても間に合わない。最強の切り札……クレオを向かわせたとしても間に合わないだろう。


「クレオは何をしている?」

「はい。現在自身の手勢を全てこの都に集めているところに御座います」

「ほう」


 あの哀れな老人は先に動いていた。

 先手を打つことはできなかったとしても……違う。これは絶好の機会だ。きっとあれもそれを理解し部下を集めているのだろう。


「集めよ」

「はっ……主よ?」


 頷き部下は気づいた。

 何を集めるのかが分からなかったのだ。


 だが立ち止まり大きく肩を震わせている主は、全てを理解しているかのようであった。

 分かり、笑っているようにすら見える。


「決まっておろう?」


 ゆっくりと自分の顔を覆っていた手を外し彼は笑う。


「左宰相派がここまで過激な行動を起こすとは“誰”も思わなかったのだから」


 はっきりと彼はそう告げた。

 決定事項だと言いたげにそう告げたのだ。


「はっ! でしたら全ての兵を」

「それはならん。神聖国軍を動かせるのは女王陛下の許可を得ねばならん」


 何よりそれは都の外……部族たちの協力が無ければ動かせない。


 神聖国軍とは名ばかりに大半は部族たちの私兵だ。

 そのような者たちが都の中に入れば何かの間違いが生じる可能性がある。厄介だ。実に面倒だ。


「分かっておろう?」

「はい」


 つまりは許可を得ずに動かせる者たちを動員する必要がある。


「実験動物とはこのような時に使うべきであろう? 違うか?」

「……畏まりました」


 主の言葉に彼は頷いた。


 都に居る私兵でも、都に巣くうスラム街の住人でもなく、主は『実験動物』と呼んだ者たちの動員を命じたのだ。


 ならば仕方ない。部下である自分は命令に従うしかないのだから。


「全ての“実験動物”たちを動員いたします」

「それで良い」


 離れていく部下を見送り彼はまた笑った。


 彼の心の中では今回のことはある程度完結していた。そしてその妄想は現実になるという自信もあった。自分よりも強い力を持つ者などこの国には居ないのだから。


 暴走した左宰相たちは非道な実験で生み出した“動物”たちを使い女王宮を攻める。

 何かしらの理由で女王宮に留まっていた小国の使者も巻き込み、女王を殺した左宰相派もまた、自分たちが生み出した“動物”たちの暴走に巻き込まれて亡くなってしまうのだ。


 後は自分がこの騒動を鎮圧する。

 大丈夫。問題は無い。


「現女王に血族は居ない。それがここに来て生きて来るとわな」


 彼は笑う。腹の底から声を上げて笑う。


 こんなに愉快なことがあるであろうか?


 最悪の寝起きかと思えば、最高の寝起きだった。

 こうも簡単にこの国を手中に収めることが出来るのだから。


 なんと最良の日であろうか?


「後に今日という日を何かしらの記念日にしなければならないな」


 まだ口の端々を歪めながら彼はそう決めた。

 自分が国王となることが決まった日……建国記念日と制定しても良い。


「ああ……何と長かったことか」


 彼は右手で自分の胸を掴み、左手は前へと突き出し虚空を握ろうとする。


 眼前に見えるモノは何なのであろう? これが権力というモノなのだろか?


 あと少し……それを掴みさえすればこの国を乗っ取ることができるのだ。


「待ち遠しい。本当に待ち遠しい」


 あと何日か?


 今日は無理だろう。ならば2日か? それとも3日か?


 実験動物たちを隠し飼育している場所を思うとそれも難しい。

 だが欲しい。早く欲しい。10日も待つことは難しい。

 今すぐにでも欲しいのだから。


 彼はまた笑う。

 ピシピシと自分の顔にヒビが走るのを気にせずに笑う。


 もう少しだ。もう直ぐだ。



 もう直ぐで『永遠』を手に出来るのだ。




 女王宮の入口



「どうしたのノイエ?」

「……」


 田舎のバス停のような待機場所に居たノイエが外に出て来た。


 先に出て寝ないよう軽く運動をしていた僕の横に来ると抱き着いてキスして……ノイエさん。ノイエさん。長くて濃厚ですなっ!


 たっぷりと僕を味わったノイエが顔を離してアホ毛をクルクルと回し出した。


 そのまま高速回転とかしたら空を飛びますか? 冗談です。ノイエの場合はそんなプロペラとか無くても空を飛んでいきそうだしね。つか実は飛べるでしょう?


「で、どうかしたの?」

「……臭い」


 何故か待機所の方から息を飲む悲鳴が。


 あ~ポーラさん。君に塗っている薬は臭くないから大丈夫だよ? 女医さんも言ってたよね? 『この薬は効きは良いのですが、とにかく臭くて薬師の中では嫌悪されています。今の主流はこちらです』と。


 まあ効き目重視っぽい悪魔なら臭いなんて気にしないだろう。

 最悪自分は奥に引っ込んでポーラに臭さの全てを押し付ければ良いんだから。


「で、何が臭いの? 一応聞くけどポーラ?」


 ガタガタと待機所から何かが転がる音が。

 これこれ妹よ。冗談が通じないガールだな?


「違う。あれ」

「どれ?」

「……あれ」

「あれか」

「はい」


 うん。ダメだ。ノイエの知っている風だけど実は知らないパターンと見た。

 つまりこれ以上追及してもウチのお嫁さんは何も答えてくれない。


「む~」


 ただ『あれ』が不快なのか、ノイエが何とも言えない声を発している。


 我慢も大切だよ?


「我慢嫌い」

「ノイエ」

「はい」

「それは普段我慢している人が言っていい言葉です」


 つまり僕ですね。確定です。


「私も我慢してる」

「ほほう」


 ノイエが僕を見てそう告げて来た。


 君の何が我慢していると? 最近暴走が酷いよね?


「アルグ様が気絶しないように我慢している」


 あれでかっ!


 衝撃の事実にビックリしていると、ゴゴゴゴゴと大変低く重そうな音を発しながら女王宮の扉が開きだした。




~あとがき~


 思っている以上に女王宮の門が高いのですw


 まさか中に入るまでに2話もかかるとは思わなかったよ。

 ただ書きたいことを書き忘れて無いかな~と確認していると色々と出て来るのよね。

 伏線だけは無駄に多い話なんで。回収忘れも多いけどさw


 ようやく中に入りま~す




© 2022 甲斐八雲

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