ちじょ?

 神聖国・女王宮の前



 特に妨害もなく僕らが乗った馬車は女王が住むと言う宮殿に来た。


「兄さま」

「皆まで言うな」

「はい」


 ポーラの言葉を遮ったのには理由がある。


 普通宮殿って都の中心にあるモノだと思っていたのです。ですが馬車は南へ南へと走り、都の南端にまで移動した。『何かの罠かな?』と揺れる馬車にうとうとしていた僕の目の前に広がったのがこの女王の住まいだ。


 馬鹿デカい。たぶんウチの王都と同じぐらいの規模だ。


 この大きなのが宮殿ですか? そうですか?


 入り口と言われた大きな門の前で馬車が止まり、現在宮殿内の専用馬車の到着を待っている。

『専用の馬車って何さ?』と思ったが、ここから先は何においても専用という単語が付いて回るらしい。

 そうして差別化をすることで他所からの侵入などを警戒しているとか。


 まあ良いんですけどね。


 待機所と言うか田舎のバス停みたいな小屋の中で、ポーラは座席に腰かけまた目を閉じている。


 だから寝て無いよね? 寝て無いと言ってよポーラ~。


「アルグ様」

「美味しい?」

「はい」


 そしてノイエはチュロスのような焼き菓子を食べている。

 パクパクパクと……止まりませんね。気に入りましたか?


「口が寂しいだけ」

「そうか」

「……」


 これ嫁よ。チュロスをパクパクしながら僕の何を見つめているのかね? これは食べ物では……口寂しいとはそういうことか?


 らめ~! ノイエはそっちに興味を持っちゃらめなの~!


「姉さま」

「はい」

「そこのソースを付けると甘くなるそうです」

「っ!」


 チュロスが盛られている皿の隣に置かれている小壺に、ノイエは迷うことなく手に持っていたチュロスを差し込んだ。


 流石我が妹だ。ナイス機転だ。


「どうでしょうか?」

「はい?」


 薄く開いた妹の右目に怪しげな模様が……まさかっ!


 ハッとしてノイエの方に視線を向ければ、彼女は手にしている極太のチュロスに白いソースをタップリと付けて頬張っていた。


 そして口の端から白いソースがっ!


「お前は悪魔かっ!」

「え~? わたしポーラ。幼いから良く分かんな~い」


 確信犯が迷うことなく嘘を付いて来た。


 この妹の姿をした悪魔め……そろそろ本格的にその尻を100叩きの刑に処してやろうか?


 取り急ぎノイエに頬張るようにして食べるのを止めさせる。


 今日の君は元王子様のお嫁さんなのです。淑女なのです。淑女たる者、そのような食べ方はダメです。分かりましたか?


「はい」


 もぐもぐしながらノイエが小さく頷いた。


「今日の私は、もぐ。ちじょ」

「淑女」

「もぐ。淑女」

「よろしい」


 何処を噛んだら淑女が痴女になると言うのか? 狙っているのか? 実は違う誰かがノイエの体を動かしているのか?


 容疑者は……ホリーとファシーはマニカを捜索しに行っているはずだから大丈夫のはずだ。


 大丈夫なのか? 実はそれが嘘で僕が騙されている?


 違う。ホリーとファシーは無茶苦茶な理論を振りかざすけど、この手の嘘は吐かない。


 そうだ。彼女らを信じられなくてどうする。


 つまり今のノイエは本来のノイエだ!


「もぐ。ちじょ?」

「……」


 本当にノイエだよね? ちょっとだけ自信が無くなって来たよ?




「ランリットは?」

「疲れたとか言って通路の方で寝てる」

「そう」


 大きくなったお腹を摩りながら歌姫は息を吐く。


 突然のことでどうも色々と慣れない。まず座りにくい。

 何度も体勢を変え、足の置き場を変えて……ようやく落ち着いて座れる場所を見つけたが、今度は自分の足を枕にする者たちの攻撃が始まった。


 猫は良い。あの子は『お腹がきついから優しくね』と言えばこちらを気遣ってくれる。

 本来は優しくて良い子なのだ。優しすぎて何かが半周して狂暴になっているだけだ。


 ただそんな猫のような優しさを持っていない存在も居る。医者だ。


「リグ。少し頭を動かしてくれると」

「平気。その体勢の方が楽なはず」

「……」


 医者の知識を振りかざして来るからこちらの説得を聞いてもらえない。


 何より機嫌が悪い。彼に甘えて戻っても機嫌が悪い。

 おかげで魔女……リグが自分に放った暴言を謝ってくれると信じていたのだろう魔女は、戻って来た彼女が何も言わずにふて寝したことに絶望し、今も拗ねて壁に向かい怪しげな言葉を呟いている。


 聞いたことの無い言葉だ。ただ様子からして呪いの類かもしれない。聞かない方が良い。


「それにしても、もうノイエたちは女王宮よ? 良いの? 協力しなくても?」


 この質問に対して返事は無い。


 今、魔眼の中枢に居るのは自分を含めて2人だけだ。医者のリグと両腕の肘から先を失っている魔女だけだ。


「セシリーン」

「何かしら?」


 自分の太ももを枕にしているリグが面倒臭そうに寝がえりをうつ。


「戦える人が居ない」

「でもアイルなら?」

「まあね」


 頬を膨らませてふて寝しているリグは魔女を見る。

 魔女に対して怒っているという様子は見えない。しいて言えばここに居ない何かに対して、


「それはあまりお勧めしないかな?」


 その声が不意に響いた。


 自分の耳にも捕まらずに歩いて来たそれに、横になっていたリグが飛び起きる。


「何しに来た魔女!」

「あら? 今日はそっちに用はないわよ」


 フード付きのローブで姿を隠した存在……刻印の魔女がゆっくりと中枢の中に入って来る。


 いつものようにその素顔は見えない。

 フードに隠れていることもあるが、決して外にその顔形を見せないのだ。


 歩みを止めた魔女は、ローブを揺らして指先を壁と友達になっている人物へと向けた。


「あの状態で外に出ると無駄に魔力を使うわよ?」

「無駄に?」

「ええ」


 クスクスと笑った刻印の魔女は、また再び歩き出した。


 目的は術式の魔女らしい。


「何よ?」

「ん~」


 気楽な声を発し、刻印の魔女は相手の腕を片手で掴んだ。


「痛いって」

「でしょうね」

「?」

「分からないの? 案外不感症ね」

「なっ!」


 顔を真っ赤にして狼狽えるアイルローゼに刻印の魔女は、空いている手をローブの中から出した。

 その手に短剣を握りしめてだ。


「ちょっとっ!」

「は~い。サクッと」


 軽い口調でサクッとアイルローゼの肘から先が床に転がり落ちた。

 刻印の魔女が掴んでいた彼女の腕を短剣で斬ったからだ。


「ほ~い。医者」

「……」


 蹴って寄こされたアイルローゼの左腕をリグは掴んだ。

 刻印の魔女を警戒しながら拾い上げた物を確認する。


「なにこれ?」

「それが答えよ」


 クスクスと笑い刻印の魔女は腕を断たれて脂汗を浮かべている魔女を解放した。


「なかなか厄介な魔法でしょう?」

「……」


 厄介と言うか醜悪だ。事実を知ったリグの素直な感想がそれだ。


 アイルローゼの断たれた腕の奥にそれは存在していた。細かく砕かれたような……千切りになったたぶん髪の毛だ。髪の毛と認識できたのは、魔眼というこの場所のおかげだろう。アイルローゼの腕と同様に魔法に使用されたマニカの髪の毛もまた治りだしているからだ。


 故に肉眼で確認できる大きさの髪の毛が何個か見つけられた。


「たぶんここでは無い場所で、そんな形で髪の毛という異物が入ったらどうなるのかしら?」

「……分からない。けどたぶん腐って」

「私も同じ答えよ」


 クスクスと笑い刻印の魔女は激痛に震えているアイルローゼの背を踏んだ。


「だからもう一本」

「いぃやぁ~」


 泣き叫ぶ声を無視し、短剣がもう片方をサクッと処理した。


「で、その髪の毛は取り除けそう?」


 短剣を片付けながら刻印の魔女は問う。

 リグは素直に顔を左右に振った。


「無理」

「ならその腕を貸して」

「……」


 黙って持っていた右腕をリグは魔女へと戻す。


 コロコロと転がって来たそれを踏んで止めて、ついでにもう片方も念力のような力で自分の足元へと運んだ。


「なら粉砕してしまいましょうか。そっちの方がお互いのためだしね」


 有言実行。


 刻印の魔女はアイルローゼの両腕……治りかけの肘から先を粉砕したのだった。




~あとがき~


 あれ? 中にまで入れなかったぞ?


 そしてアイルローゼの回復が遅かった理由がこれです。

 マニカの髪の毛が異物として腕の中に入っていたので回復が遅くなっていたのです。

 ただ実際、第三者の髪の毛が入ったらどうなるんだろう?




© 2022 甲斐八雲

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