これにあれ

 神聖国・迎賓館入り口



「こちらの馬車でご案内いたします」


 昨夜から僕のお世話をしてくれている文官さんが今日も居た。

 朝食を終え、着替えを済ませて待機している僕らの元に飛んで来たのだ。


 今朝も……もう昼前か。でも元気だね~。寝て無くてテンション上がっていますか?

 同じ条件の僕は下がりまくってます。はぁ……。


 玄関ホールから外に出て軽く挨拶を交わしてからそれに気づいた。


 あの~。迎賓館の外に居る物々しい武装をしている人たちは? 護衛ですか? そんなに大臣たちってば危ない感じなんですか? 違う? もう誰が敵か分からない状況?


 僕らは無事に女王宮にたどり着けるのか……かなり心配になってしまう。


「それでご細君と妹君は?」

「それでしたら」


 文官さんが居ない2人の心配をしてくれる。厳密に言えば扉の向こうに居るんだけどね。


 ゆっくりと玄関に視線をやれば、準備された椅子に腰かけているポーラが居ます。極力体力消費を押さえているポーラは……静かに立ち上がると外に出て来た。


 全体的に薄い黄色のドレスを纏っている彼女は大変に愛らしい。

 やれば出来るのに普段のポーラはメイド服だ。どうしてこうなった?

 お兄ちゃんとしてはドレス姿の妹様も捨てがたい。


「何か?」

「馬車にどうぞ」

「はい」


 格好から入っているせいか本日の妹様は舌足らずな口調ではない。

 ハキハキとした口調で……だからやれば出来るんだから普段からそうして欲しい。


 僕の手を借りて馬車に乗り込んだ妹様は着席して静かにたたずむ。


 実は寝てないよね? それは裏切りの行為だぞ? ポーラよ?


「どうかしましたか?」

「えっあっいいえ」


 間違いなくポーラに見入っていた文官さんが何かを誤魔化すように咳払いをした。


 確かに我が家の妹様は大変に愛らしい女の子なのである。

 そんな彼女が過去、田舎の集落でいじめられていたとか誰が考えようか?


「で……あれ?」


 ポーラと一緒に居たはずのノイエが出て来ない。


 覗き込んで確認すれば玄関ホールに居たはずのウチのお嫁さんは……居ませんね。


 あの~済みません。ウチのお嫁さんを知りませんか? お花を摘みに行ってそのままですと?


 ノイエってば方向感覚だけは天下一品だから迷子の心配は要らないんだけど仕方ない。


「ノイエ~」

「……はいっ」


 返事は届いた。ただ彼女の姿はどこにもない。

 何処だろうと首を傾げる僕の視線に、迎賓館の外で護衛して居る物々しい人たちのざわめきが。

 彼らの視線は上を向いている。つまり上に何か居るのだ。


 溢れ出たため息を流しつつ、僕は額を押さえながら外に出た。

 真っすぐ歩いてゆっくりと振り返る。


 視線は上へ上へ……はい発見。


「ノイエ~。行くよ~」

「……」


 迎賓館の屋根の上にウチのお嫁さんは立っていた。


 本日のノイエは薄い緑色のドレス姿だ。ヘアメイクから何から完璧なのでどこに出しても恥ずかしくないほどに美しく仕上がっている。


 そんな彼女は屋根の上だ。


「何か見えるの~?」

「……」


 ノイエは何も答えない。答えない代わりに一歩足を進めて屋根から降りて来た。

 フワリと広がるスカートは絶妙な角度で下着を見せない。


 まさか全て計算して落下して来ているのか? 普段からスカートなのは下着を見せない自信があっての行動だと言うのか?


 お嫁さんの人外な可能性に戦慄している間に、ノイエは僕の隣に舞い降りるとそのまま歩きだした。


 お嫁さんや? 何をどうしたらそんなハイヒールで無事に着地できるのかね?


 たぶん質問しても『出来るから』とか言われそうだから質問しないけどさ。


 で、ノイエさん? 何処へ?


 真っすぐ歩いて行ったノイエは花壇の傍で立ち止まると、花壇を形成しているレンガの1つを掴んで剥がした。

 周りの人たちが呆気にとられる中、真っすぐ僕の元へ戻って来る。


「アルグ様」

「はい?」

「これにあれ」

「……」


 僕の祝福を隠すための隠語では無いね?


 まあノイエに『滅竜』なんて単語は覚えられないか。


 差し出されたレンガに手を置いて適当に祝福を与える。


 で、これの意味は?


 質問をする前にノイエが振り返りながら全力でレンガを投げた。

 メジャーリーガーも真っ青なレーザービームだ。

 放物線では無くて直線でレンガが飛んで行ったのだから。


「むう」


 クラッシュしたレンガが発したのであろう土埃にノイエが不満げな声を上げた。


 たぶん外したな?


「もう一発行く?」

「いい」


 興味を無くしたとばかりにノイエは馬車の中へと入って行った。


 マイペースなお嫁さんを持つと本当に大変です。


「で、もしも~し?」

「えっあっはっえっあっはい」


 完全に脳内の処理が追いつかずにダウンしていた文官さんがこっちを見た。

 気持ちは分かるけどね。


「あれの修理費は後日ユニバンス王国にでも請求しといて」


 どうせ王国宛に請求しても、真っすぐ僕宛に請求書が回ってきますから。


 馬車に乗り込んだノイエは何故かポーラの隣に座ったので、僕は1人で座席に腰かけることになりそうだ。

 とりあえず馬車に乗り込みながら、今日は御者席に回ることになっている文官さんに声をかけておく。


「ちなみにウチのお嫁さんはあれが普通だけど、この国であれを制する人材ってたくさん居るの?」

「……数人は」

「そ」


 僕の言葉の意味を察したのか、文官さんの顔色が一気に悪くなった。


「ならそっちから喧嘩を売って来なければ買わないと約束するよ。今日に限りね」

「……」


 ぶっちゃけ僕は女王陛下とやらを信用していない。

 少しでも怪しい態度を取れば色んな意味で安全なんて保障しません。

 ええ。しません。


「喧嘩さえ売って来なければだけどね」


 間違いなく売って来るだろうな気はしてます。


 僕は馬車に乗り込み……ノイエと迎え合う形で腰を落ち着けた。

 ほどなくして馬車が動き出す。


「で、ノイエ」

「はい」

「さっきのは?」

「……?」


 何故首を傾げる。先ほど君は何をしましたか? もう忘れたの?


「逃がした」

「何を?」

「……嫌なもの」

「そっか」


 それは確かにイラっとするな。

 で、『その嫌なものは何?』とか質問すると、僕が大変な目に遭う訳だ。それか解読に数時間もかかるパターンかな?


「次は逃がさないようにね」

「はい」


 たぶんこれが正解です。




「なんだ……あのばけものは……」


 全身に傷を負ったそれは、命からがら路地裏の空間に身を潜めていた。


 自分の監視に気づいていたのか?


 その可能性はある。だがあの距離から攻撃を繰り出して来るとは思わなかった。それも物理的にだ。


 相手が投げて寄こしたレンガは普通の物だ。物のはずだ。

 だが石壁と衝突し、砕け散り、粉砕されたレンガの細かい破片を受けた自身の体は火に炙られたかのような痛みを得た。全身の皮膚が焼き焦げたかのようだ。ズキズキと痛んで仕方ない。


「何かしらの能力か?」


 隠れたことで安心を得たそれは震える口を何度かきつく開閉し……大きく息を吐いた。


 震えは止まった。未知の攻撃に一瞬怯えただけだ。

 決して相手に対し恐怖を抱いたなどと言う事実は無い。無いのだ。


「面白い。実に面白い……」


 それは大きく口を広げて笑う。

 その顔は人の物ではない。しいて言えば爬虫類……人の顔の形に無理矢理爬虫類の顔を押し込んだような形状をしていた。


「この国の馬鹿者を操りあれらを食らってやろう。そうすれば力が増すはずだ」


 そう自分はまだまだ強くなれるはずだ。

 今以上に強くなれば魔竜王の傍に行ける。傍に行けば、


「もっともっと強くなれる。強くなれば……くひひひひひひひひ~」


 笑いながらそれは歩き出した。まずは受けた傷の治療が必要だ。

 何でも良い。誰でも良い。まずは傷を癒すために“餌”が必要だ。

 出来れば子供が良い。子供は柔らかく食べやすいから……ああ。丁度良いのが居た。


『おねえちゃん、どこ?』などと呼びかけながら路地裏を走っていた少女を捕まえ、それは頭から食らった。


 こんな場所を1人で歩いている方が悪い。どうせ姉とて無事でいないから戻っていないのだ。


 バキバキと……それは全てを頬張り食らい尽くした。


 吐き捨てたのは少女が身に着けていた衣服だけだ。

 それはとある宿の……制服だった。




~あとがき~


 嫌なものに覗かれるのは嫌なので攻撃です。


 主人公の祝福込みのレンガ攻撃を食らって…砕け散った粉塵のような物で怪我を負う存在ですか? それも人を食らう存在ですか?


 食らわれた少女は姉を探していた様子です。とある宿屋の衣服を着て… 




© 2022 甲斐八雲

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